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貴族院の議会が終了し、社交のシーズンもファイナルを迎えた。
王家主催の舞踏会はそのクライマックスを飾るもので、これより後は次の社交シーズンまで貴族の多くは領地へ戻る。
アテーシアは、辺境伯領にいる間、アンドリューへ毎日文を出す事を強要されていたから、折角の王都への早馬を無駄足にするまいと、西の辺境伯夫妻を通して東西南北辺境伯らで結成する『辺境伯労働組合』に掛け合って嘆願事項を取り纏めて申請した。
辺境伯領はそれぞれ国境に面しているから互いの領地とは当然ながら距離がある。
そこへ王都で養生をして艶々になって帰って来た早馬を順次投入して、早馬による交通網『辺境伯宅急馬』を立ち上げた。お陰で辺境伯間の風通しが良くなり、良好な意思疎通が図られるようになった。
国防の要である辺境伯らを、王太子の婚約者が中心となって連携を図り、辺境伯領全体の要望を汲んで嘆願書として纏め、それを王太子自らが現地に足を運んで裏付けを確認しながら改革へ乗り出した。
王太子とその婚約者の功績は議会にも報告されて、その実績より、王家は社交シーズンのファイナルに催される王家主催の舞踏会の場で、二人の婚約を正式に発表する事を決めた。
本来は、聖夜の月に執り行われるデヴュタントの際に発表する予定であったのを前倒しにしたのであった。
全てがアンドリューの思う壺であった。
結局、アテーシアは自由に動いているようで実際は、いつだってアンドリューの手の内にいる。けれども、それを悪くないなとも思ってる。
アンドリューは、アテーシアに劣らず勤勉である。コツコツ積み重ね草の根的な活動への努力も厭わない。
西の辺境伯領を訪れていた目的の一つは、各辺境伯等から齎された嘆願事項の実際を確認する為であったし、他の辺境伯領地に関してもエドモンドやリチャード、それにパトリックを派遣して調査をさせていた。
このひと夏でアンドリューは、婚約者と側近候補も含めて、自身の次代の為政者としての実力を王国内外に示したのであった。
艷やかな金の髪をすっきりと撫で付けて、額を顕にするアンドリューはアテーシアから見ても輝いて見えた。
その隣にいるのが、ブルネットに紺碧色の瞳という、地味で小柄な自身であるのをアンバランスに思うも、もうお互いに好意を認め合ってしまったのだから、釣り合いなんて気にしても仕方が無い。
何より国王陛下から、二人の婚約が正式に発表されるや否や、割れんばかりの拍手を浴びて祝福を受けたのだから、ここは殊勝に大人しく令嬢の仮面を被る事にした。
まあそれも、学園でのアテーシアを知る学園生とその家族等には、アテーシアがとんだ狂犬姫であるのはとっくの昔にバレているのだけれど。
「アテーシア。」
アンドリューが差し伸べる手に右手を重ねれば、すかさず指先を握られた。キュッと力を込めるアンドリューに、もう既に翻弄されている。
舞踏会の始りに、これから二人はダンスを披露するのだが、つい最近まで没交渉であったが為に、付け焼刃的にここ数日は、毎日一緒にダンスレッスンに勤しんだ。
元々リズム感が良く器用な質のアテーシアは、直ぐにアンドリューと息の合ったダンスを会得した。
今も、楽団が演奏する軽やかなワルツに合わせて、アンドリューのリードに身を委ねる。
アンドリューに誘われるままプロ厶ナードポジションからクローズドポジションへ、そこからアンドリューが力を添えてアテーシアはゆったりとオーバースウェイで胸を反らせた。
二人が見つめ合う甘い空気が緩やかな波のとなって伝播する。令嬢ばかりでなく御婦人方からも溜め息が漏れて、アンドリューはそんな周囲を知ってか知らずか、アテーシアの耳元に顔を寄せて何やら囁いた。それがまるで頬に接吻したように見えたから、またまた小さな悲鳴が起こる。
なんてことは無い。アンドリューは「ちょっと揶揄ってみようか」と言ったのであって、彼はこんな場面でも周囲の反応を楽しんでいるのであった。
まるでアテーシアと一緒に悪戯を楽しむ様なアンドリューに、婚約したばかりの頃の少年だったアンドリューも、きっとこんなふうにやんちゃな悪戯をしていたのだろうかと思った。
同時に、きっと彼こそ幼い頃からの、アテーシア以上に学びや教育に追われて息苦しい毎日を過ごしていたのかも知れないと、そんなふうにも考えた。
こうして社交シーズンは、王家の華やかな婚約に彩られて幕を閉じた。この舞踏会の夜以降、前髪が短めなご令嬢が激増するのだが、それは『週刊貴婦人』の影響か、それともブルネットの髪を結い上げた公爵令嬢が可憐であったからか。何故か学園でも前髪ぱっつん令嬢が増えるのであった。
「ええっと、今夜はもう帰ります。」
「駄目だね。」
「...。ですが、両親が心配します。」
「公爵夫妻なら、まだ陛下達と歓談中だよ。」
アテーシアにとっての初めての夜会は王家主催の舞踏会で、しかも自身の婚約発表の場であった。鉄の心臓を誇るアテーシアも、早くお家に帰って休みたい。なのに頑固な婚約者殿がしつこい。
「ほら、兄が見てますよ。」
兄が「早くこちらへおいで」と目線で語っている。
「兄は怒ると怖いのですよ。」
「へえ、君は怒られたことがあるのかい?」
「ある訳ないじゃないですか。兄は私に甘々ですからね。」
「恋人同士の邪魔をするとは、随分野暮な兄上だね。」
「殿下、痛い目に会いたいの?」
「君こそいつまで敬称呼びするんだ。」
「え?」
「私の名前は『殿下』ではないよ。」
「え、」
「ほら。」
「...」
「ほら、呼んでごらん。」
アンドリューが腰を屈めてアテーシアの顔を覗き込む。
「言うんだ、アテーシア。」
脅迫か?
「ア、アンドリュー様、」
「いいね、それ。君に名を呼ばれると自分の名前がぐっと来るね。」
「へえ、アンドリュー王太子殿下。御自分の御名に聞き惚れるとは可怪しな性癖をお持ちだな。さあ、アテーシア。可怪しな殿下は置いといて帰ろうか。」
にこやかな笑みを浮かべた兄が現れ、目出度くアテーシアは回収された。
後には胡乱な眼差しで小公爵を見つめる王太子が残された。
王家主催の舞踏会はそのクライマックスを飾るもので、これより後は次の社交シーズンまで貴族の多くは領地へ戻る。
アテーシアは、辺境伯領にいる間、アンドリューへ毎日文を出す事を強要されていたから、折角の王都への早馬を無駄足にするまいと、西の辺境伯夫妻を通して東西南北辺境伯らで結成する『辺境伯労働組合』に掛け合って嘆願事項を取り纏めて申請した。
辺境伯領はそれぞれ国境に面しているから互いの領地とは当然ながら距離がある。
そこへ王都で養生をして艶々になって帰って来た早馬を順次投入して、早馬による交通網『辺境伯宅急馬』を立ち上げた。お陰で辺境伯間の風通しが良くなり、良好な意思疎通が図られるようになった。
国防の要である辺境伯らを、王太子の婚約者が中心となって連携を図り、辺境伯領全体の要望を汲んで嘆願書として纏め、それを王太子自らが現地に足を運んで裏付けを確認しながら改革へ乗り出した。
王太子とその婚約者の功績は議会にも報告されて、その実績より、王家は社交シーズンのファイナルに催される王家主催の舞踏会の場で、二人の婚約を正式に発表する事を決めた。
本来は、聖夜の月に執り行われるデヴュタントの際に発表する予定であったのを前倒しにしたのであった。
全てがアンドリューの思う壺であった。
結局、アテーシアは自由に動いているようで実際は、いつだってアンドリューの手の内にいる。けれども、それを悪くないなとも思ってる。
アンドリューは、アテーシアに劣らず勤勉である。コツコツ積み重ね草の根的な活動への努力も厭わない。
西の辺境伯領を訪れていた目的の一つは、各辺境伯等から齎された嘆願事項の実際を確認する為であったし、他の辺境伯領地に関してもエドモンドやリチャード、それにパトリックを派遣して調査をさせていた。
このひと夏でアンドリューは、婚約者と側近候補も含めて、自身の次代の為政者としての実力を王国内外に示したのであった。
艷やかな金の髪をすっきりと撫で付けて、額を顕にするアンドリューはアテーシアから見ても輝いて見えた。
その隣にいるのが、ブルネットに紺碧色の瞳という、地味で小柄な自身であるのをアンバランスに思うも、もうお互いに好意を認め合ってしまったのだから、釣り合いなんて気にしても仕方が無い。
何より国王陛下から、二人の婚約が正式に発表されるや否や、割れんばかりの拍手を浴びて祝福を受けたのだから、ここは殊勝に大人しく令嬢の仮面を被る事にした。
まあそれも、学園でのアテーシアを知る学園生とその家族等には、アテーシアがとんだ狂犬姫であるのはとっくの昔にバレているのだけれど。
「アテーシア。」
アンドリューが差し伸べる手に右手を重ねれば、すかさず指先を握られた。キュッと力を込めるアンドリューに、もう既に翻弄されている。
舞踏会の始りに、これから二人はダンスを披露するのだが、つい最近まで没交渉であったが為に、付け焼刃的にここ数日は、毎日一緒にダンスレッスンに勤しんだ。
元々リズム感が良く器用な質のアテーシアは、直ぐにアンドリューと息の合ったダンスを会得した。
今も、楽団が演奏する軽やかなワルツに合わせて、アンドリューのリードに身を委ねる。
アンドリューに誘われるままプロ厶ナードポジションからクローズドポジションへ、そこからアンドリューが力を添えてアテーシアはゆったりとオーバースウェイで胸を反らせた。
二人が見つめ合う甘い空気が緩やかな波のとなって伝播する。令嬢ばかりでなく御婦人方からも溜め息が漏れて、アンドリューはそんな周囲を知ってか知らずか、アテーシアの耳元に顔を寄せて何やら囁いた。それがまるで頬に接吻したように見えたから、またまた小さな悲鳴が起こる。
なんてことは無い。アンドリューは「ちょっと揶揄ってみようか」と言ったのであって、彼はこんな場面でも周囲の反応を楽しんでいるのであった。
まるでアテーシアと一緒に悪戯を楽しむ様なアンドリューに、婚約したばかりの頃の少年だったアンドリューも、きっとこんなふうにやんちゃな悪戯をしていたのだろうかと思った。
同時に、きっと彼こそ幼い頃からの、アテーシア以上に学びや教育に追われて息苦しい毎日を過ごしていたのかも知れないと、そんなふうにも考えた。
こうして社交シーズンは、王家の華やかな婚約に彩られて幕を閉じた。この舞踏会の夜以降、前髪が短めなご令嬢が激増するのだが、それは『週刊貴婦人』の影響か、それともブルネットの髪を結い上げた公爵令嬢が可憐であったからか。何故か学園でも前髪ぱっつん令嬢が増えるのであった。
「ええっと、今夜はもう帰ります。」
「駄目だね。」
「...。ですが、両親が心配します。」
「公爵夫妻なら、まだ陛下達と歓談中だよ。」
アテーシアにとっての初めての夜会は王家主催の舞踏会で、しかも自身の婚約発表の場であった。鉄の心臓を誇るアテーシアも、早くお家に帰って休みたい。なのに頑固な婚約者殿がしつこい。
「ほら、兄が見てますよ。」
兄が「早くこちらへおいで」と目線で語っている。
「兄は怒ると怖いのですよ。」
「へえ、君は怒られたことがあるのかい?」
「ある訳ないじゃないですか。兄は私に甘々ですからね。」
「恋人同士の邪魔をするとは、随分野暮な兄上だね。」
「殿下、痛い目に会いたいの?」
「君こそいつまで敬称呼びするんだ。」
「え?」
「私の名前は『殿下』ではないよ。」
「え、」
「ほら。」
「...」
「ほら、呼んでごらん。」
アンドリューが腰を屈めてアテーシアの顔を覗き込む。
「言うんだ、アテーシア。」
脅迫か?
「ア、アンドリュー様、」
「いいね、それ。君に名を呼ばれると自分の名前がぐっと来るね。」
「へえ、アンドリュー王太子殿下。御自分の御名に聞き惚れるとは可怪しな性癖をお持ちだな。さあ、アテーシア。可怪しな殿下は置いといて帰ろうか。」
にこやかな笑みを浮かべた兄が現れ、目出度くアテーシアは回収された。
後には胡乱な眼差しで小公爵を見つめる王太子が残された。
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