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「ふうん。」
アダムは全く興味の無いような空返事を返した。
「それで、早産であったらしくて、とても小さな女のお子様なのだと。」
「ふうん。」
「聴いてらっしゃるの?アダム様。」
「聴いてるよ。」
「本当に?」
「他人の子に興味は無い。」
「まあ。」
「で、君、テレーゼ夫人の言に乗るのか?」
アダムは、テレーゼがキャスリーンの生む子を侯爵家の嫡子に据える事を指して言っている。
「ええ。お義母様がお望みで。」
「私は望んでいない。君の生む子は私の子だ。チェイスター、いやハイントリーの血族だ。」
「だからですわ、アダム様。」
「なんだって?」
「貴方の血だからこそです。貴方の高貴な血だからこそ新たな侯爵家に相応しいでしょう。」
「お家乗っ取りは大罪だ。覚悟があるのか?」
「アルフォン様がお望みなのです。当主が認めたのなら養子同様罪ではございません。」
「侯爵家は建国以来の名家だ。」
「ええ、腐り切った名家ですわね。ものの道理を履き違えて私欲に塗れた。」
「辛辣だな。君らしくもない。」
「随分と前にお話しになられたのでしょう?アルフォン様と。」
「あの家で君の立場がどうなるのかを計りかねていた。侯爵が嫡子は君の生む子だと誓ったから已む無く、」
「お嫌なの?」
「当たり前だろう。私の子だぞ。一度は譲歩したが、やはりあの時決着を付けるべきであった。あの青二才には妾の子がいるだろう。女児だか何だか知らぬが婿でも取って、一刻も早く君を開放してほしい。有耶無耶にさせる気など毛頭無い。君も、君の腹の子も、私の妻と子だ。」
ふんっ、とそっぽを向く愛しい男。
その赤く染まった耳を抓めば、ばっと音がしそうな勢いで振り返った。
「私の真実の夫は貴方だけ。アダム様。私は、私とお義母様は、あの侯爵家をぶっ壊すのです。貴方の血で新たな息吹を吹き込むのです。私達の子には、明るい未来を歩んでほしい。愛する事も愛される事も存分に味わって、この世に生まれることが幸福な事なのだと知ってほしい。
貴方は私に幸せになって良いと仰ったわ。私がその言葉にどれ程救われたとお思いで?
私は私の愛する子に、同じ事を教えたいのです。幸せになってほしいのです。」
「憶えていてほしい。その、君とテレーゼ夫人の破壊行動とやらが終結したなら、必ず私の下に戻って来ると。約束してほしい。」
「私は今も貴方の下におりますわ。」
「身も心もだよ。」
「...。約束します。この身でこの邸に戻って来ると。少しだけお待ち頂けますか?」
「ああ、一日も長く長生きして待っている。けれどキャスリーン。うっかり間違って寄り道するかも知れないな。」
「え?」
「彼処は本邸と別に馬車止めがあるだろう。ひょっこり立ち寄ったとして何処に不都合が?本妻を追いやった離れの邸宅だ。文句があるなら分を弁えられない妾を整理してから言って貰おう。恥晒しがどちらであるのか思い知らせてやるよ。私は口で負けた事は一度も無い。」
何処までも好戦的なアダムに、この話ははっきりとした結論を得ぬままになってしまった。
仕事の早いこの男が、それを早々に実現させるのを、キャスリーンはまだ解らずにいる。
貴族の社交シーズンはそろそろ終わりの時期を迎えていた。
キャスリーンは離れに移り住んでから、懐妊を理由に公の茶会や舞踏会には顔を出してはいなかった。身重でも茶会に出席する婦人は多いし招待状も途切れる事なく受け取ってはいたが、それも必要な場はテレーゼ夫人が肩代わりをして熟してくれた。
キャスリーンに代わってやり手の前侯爵夫人が出張って来た。それは現侯爵当主の夫人としての揺るがない地位を外に示す結果となった。
愛人にやり込められて、遂には離れに追い遣られた若年の夫人。それが社交で面白可笑しく囁かれるところであったのだが、その夫人が愛人に次いで懐妊してから、当主も前当主夫人もキャスリーンに対して格別の気遣いを見せており、その上嫡子はキャスリーンの子だと公言している。
それまで愛人アマンダを担いでキャスリーンを陰で中傷していたアマンダ寄りの低位貴族は、ここに来て漸く流れを見誤った事に気付くも時既に遅し。
キャスリーンから自身らが選別されていたらしい事を知り、高位貴族からの冷遇と言う憂き目を見る事となった。
だからであろうか。
「キャスリーン様はお忙しいのです。」
「貴方、私に指図するの?黙って呼んでくればよいのよ。」
「なりません。此処はキャスリーン様のお住まいです。」
「ふん、ちょっと前まで私が主だったのよ。名ばかりの妻なんて「お言葉にお気をつけて下さいませ。」
「お前、フランツとか言ったわね。アルフォンに言うわよ、私に無礼を働いたと。」
「どうぞお好きになさって下さいませ。私は旦那様のご指示に従いキャスリーン様に仕えております。」
「ごちゃごちゃと五月蝿いのよ。ええ、もう良いわ、自分で行くから!」
「お止め下さい、「良いわよ、フランツ。」
「キャスリーン様、」
階下が騒々しいと思って侍女に聞けば、お部屋から出ないで下さいと言われて、ああ、これは何時ぞやと同じパターンであるとキャスリーンは理解した。
今度は何を駄々を捏ねているのやら。
身重の身体も当然重いが気も重くなる。
やれやれと思い階下へ続く階段まで来れば、キンキン金切り声が響いている。
「アマンダ様。何かご用でしょうか。」
キャスリーンは前回の事もあり、アマンダ嬢には挨拶不要と考えた。
彼女に挨拶したとしてまともな返答は望めないことが十分解った。
出産祝いなら既に贈っている。
女児だと聞いたからレースの産着に大粒の翡翠のブローチを贈った。女児の瞳がアマンダ似の翠色だと聞いていた。
果たして、それに対しての礼状なら未だ貰っていない。
贈り物が気に入らなかったのかしら?
それなりに価値ある品を選んだつもりであったのだけれど。気に入らないとして、それを態々言いに来るかしら。それもあり得るから面倒くさい。
あれこれ頭の中でお喋りしていたキャスリーンに、アマンダは食って掛かる勢いで捲し立てた。
「貴女、私を馬鹿にしてるの?!お茶会のお誘いも夜会の案内も来ないじゃない!貴女が邪魔をしてるんでしょう!見苦しいわよ!!」
見苦しいのはお前だ。
アダムは全く興味の無いような空返事を返した。
「それで、早産であったらしくて、とても小さな女のお子様なのだと。」
「ふうん。」
「聴いてらっしゃるの?アダム様。」
「聴いてるよ。」
「本当に?」
「他人の子に興味は無い。」
「まあ。」
「で、君、テレーゼ夫人の言に乗るのか?」
アダムは、テレーゼがキャスリーンの生む子を侯爵家の嫡子に据える事を指して言っている。
「ええ。お義母様がお望みで。」
「私は望んでいない。君の生む子は私の子だ。チェイスター、いやハイントリーの血族だ。」
「だからですわ、アダム様。」
「なんだって?」
「貴方の血だからこそです。貴方の高貴な血だからこそ新たな侯爵家に相応しいでしょう。」
「お家乗っ取りは大罪だ。覚悟があるのか?」
「アルフォン様がお望みなのです。当主が認めたのなら養子同様罪ではございません。」
「侯爵家は建国以来の名家だ。」
「ええ、腐り切った名家ですわね。ものの道理を履き違えて私欲に塗れた。」
「辛辣だな。君らしくもない。」
「随分と前にお話しになられたのでしょう?アルフォン様と。」
「あの家で君の立場がどうなるのかを計りかねていた。侯爵が嫡子は君の生む子だと誓ったから已む無く、」
「お嫌なの?」
「当たり前だろう。私の子だぞ。一度は譲歩したが、やはりあの時決着を付けるべきであった。あの青二才には妾の子がいるだろう。女児だか何だか知らぬが婿でも取って、一刻も早く君を開放してほしい。有耶無耶にさせる気など毛頭無い。君も、君の腹の子も、私の妻と子だ。」
ふんっ、とそっぽを向く愛しい男。
その赤く染まった耳を抓めば、ばっと音がしそうな勢いで振り返った。
「私の真実の夫は貴方だけ。アダム様。私は、私とお義母様は、あの侯爵家をぶっ壊すのです。貴方の血で新たな息吹を吹き込むのです。私達の子には、明るい未来を歩んでほしい。愛する事も愛される事も存分に味わって、この世に生まれることが幸福な事なのだと知ってほしい。
貴方は私に幸せになって良いと仰ったわ。私がその言葉にどれ程救われたとお思いで?
私は私の愛する子に、同じ事を教えたいのです。幸せになってほしいのです。」
「憶えていてほしい。その、君とテレーゼ夫人の破壊行動とやらが終結したなら、必ず私の下に戻って来ると。約束してほしい。」
「私は今も貴方の下におりますわ。」
「身も心もだよ。」
「...。約束します。この身でこの邸に戻って来ると。少しだけお待ち頂けますか?」
「ああ、一日も長く長生きして待っている。けれどキャスリーン。うっかり間違って寄り道するかも知れないな。」
「え?」
「彼処は本邸と別に馬車止めがあるだろう。ひょっこり立ち寄ったとして何処に不都合が?本妻を追いやった離れの邸宅だ。文句があるなら分を弁えられない妾を整理してから言って貰おう。恥晒しがどちらであるのか思い知らせてやるよ。私は口で負けた事は一度も無い。」
何処までも好戦的なアダムに、この話ははっきりとした結論を得ぬままになってしまった。
仕事の早いこの男が、それを早々に実現させるのを、キャスリーンはまだ解らずにいる。
貴族の社交シーズンはそろそろ終わりの時期を迎えていた。
キャスリーンは離れに移り住んでから、懐妊を理由に公の茶会や舞踏会には顔を出してはいなかった。身重でも茶会に出席する婦人は多いし招待状も途切れる事なく受け取ってはいたが、それも必要な場はテレーゼ夫人が肩代わりをして熟してくれた。
キャスリーンに代わってやり手の前侯爵夫人が出張って来た。それは現侯爵当主の夫人としての揺るがない地位を外に示す結果となった。
愛人にやり込められて、遂には離れに追い遣られた若年の夫人。それが社交で面白可笑しく囁かれるところであったのだが、その夫人が愛人に次いで懐妊してから、当主も前当主夫人もキャスリーンに対して格別の気遣いを見せており、その上嫡子はキャスリーンの子だと公言している。
それまで愛人アマンダを担いでキャスリーンを陰で中傷していたアマンダ寄りの低位貴族は、ここに来て漸く流れを見誤った事に気付くも時既に遅し。
キャスリーンから自身らが選別されていたらしい事を知り、高位貴族からの冷遇と言う憂き目を見る事となった。
だからであろうか。
「キャスリーン様はお忙しいのです。」
「貴方、私に指図するの?黙って呼んでくればよいのよ。」
「なりません。此処はキャスリーン様のお住まいです。」
「ふん、ちょっと前まで私が主だったのよ。名ばかりの妻なんて「お言葉にお気をつけて下さいませ。」
「お前、フランツとか言ったわね。アルフォンに言うわよ、私に無礼を働いたと。」
「どうぞお好きになさって下さいませ。私は旦那様のご指示に従いキャスリーン様に仕えております。」
「ごちゃごちゃと五月蝿いのよ。ええ、もう良いわ、自分で行くから!」
「お止め下さい、「良いわよ、フランツ。」
「キャスリーン様、」
階下が騒々しいと思って侍女に聞けば、お部屋から出ないで下さいと言われて、ああ、これは何時ぞやと同じパターンであるとキャスリーンは理解した。
今度は何を駄々を捏ねているのやら。
身重の身体も当然重いが気も重くなる。
やれやれと思い階下へ続く階段まで来れば、キンキン金切り声が響いている。
「アマンダ様。何かご用でしょうか。」
キャスリーンは前回の事もあり、アマンダ嬢には挨拶不要と考えた。
彼女に挨拶したとしてまともな返答は望めないことが十分解った。
出産祝いなら既に贈っている。
女児だと聞いたからレースの産着に大粒の翡翠のブローチを贈った。女児の瞳がアマンダ似の翠色だと聞いていた。
果たして、それに対しての礼状なら未だ貰っていない。
贈り物が気に入らなかったのかしら?
それなりに価値ある品を選んだつもりであったのだけれど。気に入らないとして、それを態々言いに来るかしら。それもあり得るから面倒くさい。
あれこれ頭の中でお喋りしていたキャスリーンに、アマンダは食って掛かる勢いで捲し立てた。
「貴女、私を馬鹿にしてるの?!お茶会のお誘いも夜会の案内も来ないじゃない!貴女が邪魔をしてるんでしょう!見苦しいわよ!!」
見苦しいのはお前だ。
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