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「まあ、美味しい。」
「でしょう?気に入って頂けたのなら何よりよ。」
嫁と姑、離れの邸にある夫人の私室にいて、初摘みのグリーンティーを楽しんでいる。
どこも気の合う要素の無い二人だが、何ならキャスリーンの婚姻生活の苦労事はこの夫人の企ての結果であるのだが、現在二人は共同戦線を張る同志である。
「それで、アダム様は承知なさっているの?」
「ええ。渋々。」
「でしょうね。まあ、あの方ならいざとなれば何とでもなさるでしょう。奪われない様に注意しなくちゃ。」
後半は独り言の様に呟くテレーゼ夫人。
アダムは、キャスリーンがほんの僅かでも軽んじられるのなら、キャスリーンごと伯爵家に囲うつもりでいる。
それを意外な事に、アルフォンはのらりくらりと躱して、キャスリーンにも相応の気遣いを見せていた。
「ねえ、キャスリーン。」
「はい。なんでしょう、お義母様。」
改めて名を呼ばれて、キャスリーンは面を上げた。
「貴女に折り入って頼みがあるの。」
「それは何でしょうか。」
そこでテレーゼ夫人はアマンダの肖像画を見つめた。
「義母を、お義母様をこちらへ移してくれないかしら。」
「それは、」
「ああ、アルフォンなら大丈夫よ。あの子は肖像画などにはこれっぽっちも興味は無いから。」
「確かにそうですわね。」
「それからキャスリーン。」
「ええ。」
「私もこちらに居たいわ。」
「え?」
「私の肖像画もこちらに仲間入りして頂戴な。」
「宜しいのですか?」
「大丈夫よ。本邸の誰も気にしちゃあいないわよ。」
貴族婦人らしからぬ蓮っ葉な物言いに、キャスリーンはテレーゼ夫人が思った以上に面白味のある人物なのではなかろうかと思った。
「ならば私もこちらに並べてもらいます。」
「ほほほ、それなら本邸は直にガラ空きになってしまうわね。」
「あのホールは既に満席ですわ。」
「それもそうね。大層賑やかですもの。」
本邸の西にある大階段の上、そこに広がる小ホールには歴代侯爵家縁(ゆかり)のの面々が顔を連ねて飾られている。初見の者はその圧巻の風景に驚かされる。
「貴女と私と義母にアマンダ。随分派手な色になりそうね。」
濃いチョコレートと白金に燃える赤髪。
瞳の色も、青・金・黒とまちまちであるから、四人並べばそれなりに賑やかな眺めだろう。
「面白そうですわね。」
「でしょう?」
侯爵家に縁のある四人の女性が、過去に愛され囚われた令嬢の部屋に集結する。
全てが過去の事。流れた涙もそろそろ癒える頃だろう。
貴族社会に男社会に翻弄されながら、命を掛けてあがらった。高潔な令嬢とそれに続く歴代侯爵家の夫人達。
その行く末は、この陽当りの良い部屋に女ばかり集まって、姦しく在りし日の話で笑い合いたい。
「イイコ!ぴっ、ぴっ、アマンダ!」
「まあまあまあ、ジェントル!貴女アマンダと言えるの?!」
「ええ。少し前から言えるようになりました。」
「貴女って、ホントに空恐ろしいわね。」
「え?何処がでしょう。」
「全部よ、全部!」
「ねえ、キャスリーン。そろそろ白状なさいな。貴女、どうしてアマンダを知ったの?」
「前にも申しました通りです、お義母様。大階段の肖像画ですわ。」
「ふん、白々しい。ならば聞くわ。何故小鳥を?何故ジェントルと?」
「小鳥は欲しかったのです。偶々王太子殿下に伝がございましたの。
ジェントルですか?どこをどう見てもこの子は紳士ですもの、当然ですわ。」
「その偶々から突っ込みどころが満載ですけど、まあ良いでしょう。本題はこちらよ。ねえ、キャスリーン。どうしてアダム様だったのかしら。」
姑に夫以外の男性を愛した理由を聞かれている。それは不貞を問い質されるのではなくて、心の底からの疑問に答えろと追求をされている。
キャスリーンは愛しい男を思い浮かべた。
壮年を迎えて未だ艶のある黒い髪。青空より青く海より深いサファイアブルーの瞳。
「舞踏会で、舞踏会でお見掛けして、それで、一目で。一目で恋に落ちました。
ええ、お義母様。私、一目でアダム様な恋してしまいましたの。」
途中から惚気出した嫁を前に、
「もう良いわ。」
夫人は苦い物を噛んだ様な顔をして追求を諦めた。
「さあ、そろそろお暇しようかしら。ちょっとあちらにも寄らねばならない事だし。」
本邸の方へちらりと視線をやってから、テレーゼ夫人は帰って行った。
その日の午後、珍しく慌てた風のフランツが使用人らを引き連れて、
「キャスリーン様。少しばかり模様替えをせねばなりません。壁を、」
と言いながら夫人の私室を見渡した。
そこで大体の空間を目算したようで、程なくしてそれらは運ばれて来た。
「いらっしゃいませ、皆様。」
アマンダを真ん中に、右に前々侯爵夫人、左にテレーゼが並んでいる。
壁の圧と言ったら。
「ねえ、フランツ。」
「はい、何でしょう、キャスリーン様。」
「絵師を呼んでくれないかしら。私の肖像画を描いて欲しいの。」
「承知致しました。直ぐに手配致します。」
キャスリーンは輿入れして月日も浅く、未だ肖像画を描かれてはいなかった。
アルフォンにその心づもりが有ったのかさえ定かで無い。
アマンダを囲む夫人らの笑みが楽しそうで、キャスリーンは一刻も早くその仲間入りを果たそうと絵師を呼ぶ事にしたのである。
「アマンダ、嬉しそうだわ。」
はにかみを深めた様なアマンダの肖像画に、キャスリーンは思わず独り言を漏らした。
「でしょう?気に入って頂けたのなら何よりよ。」
嫁と姑、離れの邸にある夫人の私室にいて、初摘みのグリーンティーを楽しんでいる。
どこも気の合う要素の無い二人だが、何ならキャスリーンの婚姻生活の苦労事はこの夫人の企ての結果であるのだが、現在二人は共同戦線を張る同志である。
「それで、アダム様は承知なさっているの?」
「ええ。渋々。」
「でしょうね。まあ、あの方ならいざとなれば何とでもなさるでしょう。奪われない様に注意しなくちゃ。」
後半は独り言の様に呟くテレーゼ夫人。
アダムは、キャスリーンがほんの僅かでも軽んじられるのなら、キャスリーンごと伯爵家に囲うつもりでいる。
それを意外な事に、アルフォンはのらりくらりと躱して、キャスリーンにも相応の気遣いを見せていた。
「ねえ、キャスリーン。」
「はい。なんでしょう、お義母様。」
改めて名を呼ばれて、キャスリーンは面を上げた。
「貴女に折り入って頼みがあるの。」
「それは何でしょうか。」
そこでテレーゼ夫人はアマンダの肖像画を見つめた。
「義母を、お義母様をこちらへ移してくれないかしら。」
「それは、」
「ああ、アルフォンなら大丈夫よ。あの子は肖像画などにはこれっぽっちも興味は無いから。」
「確かにそうですわね。」
「それからキャスリーン。」
「ええ。」
「私もこちらに居たいわ。」
「え?」
「私の肖像画もこちらに仲間入りして頂戴な。」
「宜しいのですか?」
「大丈夫よ。本邸の誰も気にしちゃあいないわよ。」
貴族婦人らしからぬ蓮っ葉な物言いに、キャスリーンはテレーゼ夫人が思った以上に面白味のある人物なのではなかろうかと思った。
「ならば私もこちらに並べてもらいます。」
「ほほほ、それなら本邸は直にガラ空きになってしまうわね。」
「あのホールは既に満席ですわ。」
「それもそうね。大層賑やかですもの。」
本邸の西にある大階段の上、そこに広がる小ホールには歴代侯爵家縁(ゆかり)のの面々が顔を連ねて飾られている。初見の者はその圧巻の風景に驚かされる。
「貴女と私と義母にアマンダ。随分派手な色になりそうね。」
濃いチョコレートと白金に燃える赤髪。
瞳の色も、青・金・黒とまちまちであるから、四人並べばそれなりに賑やかな眺めだろう。
「面白そうですわね。」
「でしょう?」
侯爵家に縁のある四人の女性が、過去に愛され囚われた令嬢の部屋に集結する。
全てが過去の事。流れた涙もそろそろ癒える頃だろう。
貴族社会に男社会に翻弄されながら、命を掛けてあがらった。高潔な令嬢とそれに続く歴代侯爵家の夫人達。
その行く末は、この陽当りの良い部屋に女ばかり集まって、姦しく在りし日の話で笑い合いたい。
「イイコ!ぴっ、ぴっ、アマンダ!」
「まあまあまあ、ジェントル!貴女アマンダと言えるの?!」
「ええ。少し前から言えるようになりました。」
「貴女って、ホントに空恐ろしいわね。」
「え?何処がでしょう。」
「全部よ、全部!」
「ねえ、キャスリーン。そろそろ白状なさいな。貴女、どうしてアマンダを知ったの?」
「前にも申しました通りです、お義母様。大階段の肖像画ですわ。」
「ふん、白々しい。ならば聞くわ。何故小鳥を?何故ジェントルと?」
「小鳥は欲しかったのです。偶々王太子殿下に伝がございましたの。
ジェントルですか?どこをどう見てもこの子は紳士ですもの、当然ですわ。」
「その偶々から突っ込みどころが満載ですけど、まあ良いでしょう。本題はこちらよ。ねえ、キャスリーン。どうしてアダム様だったのかしら。」
姑に夫以外の男性を愛した理由を聞かれている。それは不貞を問い質されるのではなくて、心の底からの疑問に答えろと追求をされている。
キャスリーンは愛しい男を思い浮かべた。
壮年を迎えて未だ艶のある黒い髪。青空より青く海より深いサファイアブルーの瞳。
「舞踏会で、舞踏会でお見掛けして、それで、一目で。一目で恋に落ちました。
ええ、お義母様。私、一目でアダム様な恋してしまいましたの。」
途中から惚気出した嫁を前に、
「もう良いわ。」
夫人は苦い物を噛んだ様な顔をして追求を諦めた。
「さあ、そろそろお暇しようかしら。ちょっとあちらにも寄らねばならない事だし。」
本邸の方へちらりと視線をやってから、テレーゼ夫人は帰って行った。
その日の午後、珍しく慌てた風のフランツが使用人らを引き連れて、
「キャスリーン様。少しばかり模様替えをせねばなりません。壁を、」
と言いながら夫人の私室を見渡した。
そこで大体の空間を目算したようで、程なくしてそれらは運ばれて来た。
「いらっしゃいませ、皆様。」
アマンダを真ん中に、右に前々侯爵夫人、左にテレーゼが並んでいる。
壁の圧と言ったら。
「ねえ、フランツ。」
「はい、何でしょう、キャスリーン様。」
「絵師を呼んでくれないかしら。私の肖像画を描いて欲しいの。」
「承知致しました。直ぐに手配致します。」
キャスリーンは輿入れして月日も浅く、未だ肖像画を描かれてはいなかった。
アルフォンにその心づもりが有ったのかさえ定かで無い。
アマンダを囲む夫人らの笑みが楽しそうで、キャスリーンは一刻も早くその仲間入りを果たそうと絵師を呼ぶ事にしたのである。
「アマンダ、嬉しそうだわ。」
はにかみを深めた様なアマンダの肖像画に、キャスリーンは思わず独り言を漏らした。
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