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キャスリーンはそのまま、聖夜の夜から新年の年明けまでをアダムの邸にいて過ごした。
初めての纏まった長い滞在であるから、今度は侍女に護衛とメイドも付けていた。今回はジェントルを連れていたからである。
寒風に晒されぬ様、鳥籠を毛布で包み更に木箱に入れて、湯を中に入れたアルミの缶を湯たんぽ替わりに暖を取り、万全の体制で移動した。
侯爵邸から伯爵邸までは僅かな距離なのだが、熱帯生まれの鳥類であるジェントルには冬の外気は脅威でしかない。
ジェントルは元々伯爵邸にて生まれた雛である。親も兄弟姉妹もここには沢山いる。陽気なジェントルは人見知りならぬ鳥見知りもしないだろうから、他の小鳥達と一緒の部屋に置く事も可能であった。
小鳥の部屋は暖かく清潔に整えられていのだが、キャスリーンはここでもジェントルを自身の側に置きたがった。
夫人の部屋にあるサイドボードは幅が広くゆったりとした造りであった。東南から入る日差しのお陰で室内は冬でも暖かい。暖炉も近く、鳥籠の下部分を毛布でゆったり包めばそれだけで冷気を防ぐ事が出来る。
サイドボードの上にジェントルの鳥籠を置いて、ついでに放鳥する際に遊べる玩具を置いておく。ジェントルは小さなボールを転がすのが大好きであった。
言葉を憶え始めたジェントルにキャスリーンが単語や童謡を教えているらしく、夫人の部屋からはジェントルとキャスリーンのお喋りが漏れ聞こえて、側を通る使用人達の笑みを誘った。
聖夜の休暇を取ったアダムも、夫人の部屋に入り浸りとなった。
邸にはラウンジもあるしティールームもある。どちらも陽当りが良く、冬の最中であってもぽかぽかと眠りを誘う暖かな部屋なのだが、ジェントルと離れたがらないキャスリーンに引っ付いて、アダムもまた夫人の部屋に籠もるのであった。
アダムにすれば、それは僥倖以外の何ものでもなかった。
夫人の部屋は、隣に続く夫婦の部屋に浴室とも隣接しているのだから何をか言わんやである。
懐妊したばかりのキャスリーンを、ただ抱き締めるだけで満たされる。この時ばかりは己が壮年であるのに感謝した。若い盛りであったなら、こんな我慢はさぞ辛い事であったろう。現に、アダムは今も自身の欲を辛うじて抑えているのだから。
窓から見える風景は、チラチラと白い雪が舞っている。白亜の邸宅である伯爵邸は、その白銀の中にあってさぞ美しい事だろう。
残念ながら、キャスリーンを過剰なほどに案ずるアダムからは、外を散策する事は禁じられていた。
年が明ければ侯爵家へ戻らねばならない。来る時にはジェントルばかりが気になって車窓からの風景を眺める事は無かったから、戻りの際には雪景色の邸宅を見て楽しもう。キャスリーンはそんな事を思いながら、曇天の空を見上げた。
「そんな窓際にいては冷える。」
窓からの眺めに見入るキャスリーンにアダムが肩掛けを掛ける。
こんな些細な優しさすらアルフォンから得たことは無かったから、キャスリーンはアダムから一つ一つ愛情を受け取り愛を憶えていくのだった。
母となったキャスリーンは周囲からは情が深いと言われるのだが、それは折々でアダムから与えられた愛をキャスリーンが雛鳥の様に憶えて行った末の姿なのであった。
アダムと出会ってから、キャスリーンは身の内に一本芯が出来た様に心が定まり気持ちが落ち着くのを感じていた。
でなければ若く未熟な夫人が気鋭の大臣職にある高位貴族のアダムと、世間一般で言うところの不貞の関係を持つなど出来よう筈も無い。
キャスリーンは既にアダムの子を孕んでいる。それは貴族の夫人として、認められる筈も許される筈もない行為であった。
キャスリーンは若い。しかし彼女は、しっかりとした教育を施され常識を弁えた貴族令嬢であった。侯爵家に輿入れしてからも、勤勉に家政に務めて夫が不在がちの邸を守って来た。どちらかと言えば生真面目で自身を律することに長けた女性である。
そのキャスリーンが、夫の他に愛を得た。それを隠すことなく夫に告げて、その上婚外の子を孕んだ。
「旦那様。態々お呼び立てしてしまい申し訳ございません。本来なら私が伺うべきなのですが。」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。」
聖夜の夜から年明けまでをアダムと過ごしたキャスリーンは、侯爵家の離れに戻っ直ぐにフランツを通してアルフォンに面会を求めた。
本妻の立場にありながら、本邸にはアルフォンの子を宿したアマンダ嬢がおり、家政は変わらずキャスリーンが取り仕切っていたが、それも以前程の量ではなくなっていた。
家令のロアンが肩代りをしているのだろうが、お陰でキャスリーンはアダムの邸に通う時間を得ていたから、彼には感謝をしている。
「何か不足があるのか?」
アルフォンは離れの邸にキャスリーンを追いやった負い目を感じるのか、以前からは考えられない格段の気遣いを見せていた。
年の離れた新妻に夫らしい優しさを見せなかったのは、愛人アマンダに全てを傾けていたからであろうが、キャスリーンに対して冷遇と思われる程はっきりと線引をして接していたのであった。
それが、そのアマンダによってキャスリーンが離れに移ってからは、本当にあの冷ややかな夫であろうかと思われる程、キャスリーンに細やかな心配りを見せている。
「本日は旦那様にご報告がありますの。」
離れの客間に二人はいた。
キャスリーンにとってのアルフォンは、客間に通す間柄となっていた。
初めての纏まった長い滞在であるから、今度は侍女に護衛とメイドも付けていた。今回はジェントルを連れていたからである。
寒風に晒されぬ様、鳥籠を毛布で包み更に木箱に入れて、湯を中に入れたアルミの缶を湯たんぽ替わりに暖を取り、万全の体制で移動した。
侯爵邸から伯爵邸までは僅かな距離なのだが、熱帯生まれの鳥類であるジェントルには冬の外気は脅威でしかない。
ジェントルは元々伯爵邸にて生まれた雛である。親も兄弟姉妹もここには沢山いる。陽気なジェントルは人見知りならぬ鳥見知りもしないだろうから、他の小鳥達と一緒の部屋に置く事も可能であった。
小鳥の部屋は暖かく清潔に整えられていのだが、キャスリーンはここでもジェントルを自身の側に置きたがった。
夫人の部屋にあるサイドボードは幅が広くゆったりとした造りであった。東南から入る日差しのお陰で室内は冬でも暖かい。暖炉も近く、鳥籠の下部分を毛布でゆったり包めばそれだけで冷気を防ぐ事が出来る。
サイドボードの上にジェントルの鳥籠を置いて、ついでに放鳥する際に遊べる玩具を置いておく。ジェントルは小さなボールを転がすのが大好きであった。
言葉を憶え始めたジェントルにキャスリーンが単語や童謡を教えているらしく、夫人の部屋からはジェントルとキャスリーンのお喋りが漏れ聞こえて、側を通る使用人達の笑みを誘った。
聖夜の休暇を取ったアダムも、夫人の部屋に入り浸りとなった。
邸にはラウンジもあるしティールームもある。どちらも陽当りが良く、冬の最中であってもぽかぽかと眠りを誘う暖かな部屋なのだが、ジェントルと離れたがらないキャスリーンに引っ付いて、アダムもまた夫人の部屋に籠もるのであった。
アダムにすれば、それは僥倖以外の何ものでもなかった。
夫人の部屋は、隣に続く夫婦の部屋に浴室とも隣接しているのだから何をか言わんやである。
懐妊したばかりのキャスリーンを、ただ抱き締めるだけで満たされる。この時ばかりは己が壮年であるのに感謝した。若い盛りであったなら、こんな我慢はさぞ辛い事であったろう。現に、アダムは今も自身の欲を辛うじて抑えているのだから。
窓から見える風景は、チラチラと白い雪が舞っている。白亜の邸宅である伯爵邸は、その白銀の中にあってさぞ美しい事だろう。
残念ながら、キャスリーンを過剰なほどに案ずるアダムからは、外を散策する事は禁じられていた。
年が明ければ侯爵家へ戻らねばならない。来る時にはジェントルばかりが気になって車窓からの風景を眺める事は無かったから、戻りの際には雪景色の邸宅を見て楽しもう。キャスリーンはそんな事を思いながら、曇天の空を見上げた。
「そんな窓際にいては冷える。」
窓からの眺めに見入るキャスリーンにアダムが肩掛けを掛ける。
こんな些細な優しさすらアルフォンから得たことは無かったから、キャスリーンはアダムから一つ一つ愛情を受け取り愛を憶えていくのだった。
母となったキャスリーンは周囲からは情が深いと言われるのだが、それは折々でアダムから与えられた愛をキャスリーンが雛鳥の様に憶えて行った末の姿なのであった。
アダムと出会ってから、キャスリーンは身の内に一本芯が出来た様に心が定まり気持ちが落ち着くのを感じていた。
でなければ若く未熟な夫人が気鋭の大臣職にある高位貴族のアダムと、世間一般で言うところの不貞の関係を持つなど出来よう筈も無い。
キャスリーンは既にアダムの子を孕んでいる。それは貴族の夫人として、認められる筈も許される筈もない行為であった。
キャスリーンは若い。しかし彼女は、しっかりとした教育を施され常識を弁えた貴族令嬢であった。侯爵家に輿入れしてからも、勤勉に家政に務めて夫が不在がちの邸を守って来た。どちらかと言えば生真面目で自身を律することに長けた女性である。
そのキャスリーンが、夫の他に愛を得た。それを隠すことなく夫に告げて、その上婚外の子を孕んだ。
「旦那様。態々お呼び立てしてしまい申し訳ございません。本来なら私が伺うべきなのですが。」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。」
聖夜の夜から年明けまでをアダムと過ごしたキャスリーンは、侯爵家の離れに戻っ直ぐにフランツを通してアルフォンに面会を求めた。
本妻の立場にありながら、本邸にはアルフォンの子を宿したアマンダ嬢がおり、家政は変わらずキャスリーンが取り仕切っていたが、それも以前程の量ではなくなっていた。
家令のロアンが肩代りをしているのだろうが、お陰でキャスリーンはアダムの邸に通う時間を得ていたから、彼には感謝をしている。
「何か不足があるのか?」
アルフォンは離れの邸にキャスリーンを追いやった負い目を感じるのか、以前からは考えられない格段の気遣いを見せていた。
年の離れた新妻に夫らしい優しさを見せなかったのは、愛人アマンダに全てを傾けていたからであろうが、キャスリーンに対して冷遇と思われる程はっきりと線引をして接していたのであった。
それが、そのアマンダによってキャスリーンが離れに移ってからは、本当にあの冷ややかな夫であろうかと思われる程、キャスリーンに細やかな心配りを見せている。
「本日は旦那様にご報告がありますの。」
離れの客間に二人はいた。
キャスリーンにとってのアルフォンは、客間に通す間柄となっていた。
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