47 / 68
【47】
しおりを挟む
その後アルフォンは是非とも晩餐を本邸でと食い下がったが、アマンダ嬢を前に無理だと言えば渋々引き下がった。
アルフォンが本邸に戻り、キャスリーンは漸く私室で独りとなった。
「お帰りなさい。アマンダ。漸く貴女を取り戻したわ。」
私室に飾られた肖像画に向かってキャスリーンは語りかけた。
キャスリーンはアルフォンに、アマンダの肖像画を離れの私室に移すことを願った。そんな事、本来ならば許されそうもないのだが、どうやらアルフォンもアマンダの出自に疑惑があるのを知っていたらしく、一族の肖像画が並ぶホールから離れに移すのにそれ程躊躇はしなかった。
アマンダの虜となった義父は既に別邸に移り住み、肖像画がどちらにあろうが彼の手は及ばない。
「貴女の為に設えられたこの素晴らしい邸に、貴女と私とジェントルと、これからは三人で暮らすのよ。ねぇ、ジェントル。」
「ぴこ!」
「ジェントル、お利口さんね、ちゃんとお返事が出来るだなんて。貴女もそう思うでしょう?」
キャスリーンには心残りが一つ有った。
アマンダが儚くなった後、アマンダの青い鳥は、ジェントルはどうなったのか。
それは義母に聞けば解るのかも知れないが、義母にはもうこれ以上アマンダに関する事に触れさせる必要は無いと思った。彼女はもう、アマンダから解放されても良いだろう。
何より自身の復讐にキャスリーンを巻き込んだ事には、キャスリーンも良い感情を抱けそうに無かった。
モートン男爵令嬢アマンダを本邸に残すのだから、それで精々気を晴らしてほしい。侯爵家の男共が軒並みアマンダに入れ揚げるのを、別邸から楽しんでくれればそれで良いと思った。
「本物のアマンダは、貴女は今もここにいる。私が貴女の知り得なかった先の人生を生きるから、貴女も私と一緒にこれからの人生を楽しみましょう。」
アマンダの漆黒の瞳がきらりと光って見えた。まるで在りし日を思い出して流す涙の様にキャスリーンには見えた。
翌朝、ノーマン侯爵家の離れの邸に早馬で文が届けられた。
差出人は時の外務大臣、チェイスター伯爵であった。
フランツから文を受け取り、キャスリーンはその文を胸に抱き締めるように押し当てた。
「ああ、アマンダ。願いが聞き届けられたわ。アダム様が面会をお許し下さったわ。さあ、アマンダ。美しく装いましょう。貴女と二人、アダム様の下へ参りましょう。」
離れに移り住んでから、キャスリーンはアルフォンの見送りをしていない。けれども、この部屋の窓からも馬車が行き来するのは見えており、夫が出仕したのを確かめてからフランツを呼んだ。
「チェイスター伯爵邸へ行って参ります。」
フランツに向かってそう言ったキャスリーンの背後には、嘗てのこの部屋の主人である赤髪の令嬢が、僅かにはにかんだ笑みを見せていた。
キャスリーンはそれから単身で伯爵邸を訪れた。侍女も護衛も付けぬまま。フランツには翌日戻るが迎えは要らないと伝えていた。フランツはその言葉に表情を硬くしたが直ぐに頷いた。
伯爵邸の玄関ポーチには、アダムが外まで出てキャスリーンの到着を待っていた。
馬車の扉が開かれると、開いたのはアダムで、キャスリーンに向けて手を差し伸べた。
その掌にキャスリーンが手を乗せれば、直後にその指先が握り締められた。
瞬間、アダムを見つめたキャスリーンとアダムの視線が絡み合う。どちらともなく引き合う様に近づいて、キャスリーンは馬車から降ろされた。
玄関ホールには伯爵邸の執事と侍女頭が控えており、彼らとはジェントルの飼育の際にすっかり馴染んでいたから、キャスリーンは心の強張りが解けて、彼らに向けて笑みを浮かべた。
それからアダムに連れられて、部屋に通された。
そこは客室ではなくて、彼の私室であった。
誘(いざな)われる様にソファに腰を掛ければ、直ぐに飲み物が饗された。
「まあ、悪魔の飲み物ですわね。」
「今日は冷えるからね。紅茶の方が良かったかな?」
「いいえ、これで良いのです。貴方様のココアが何より私は好きなのです。」
キャスリーンがそう言うと、アダムは白い歯を見せて破顔した。若々しい笑顔。アマンダ見えた?貴女が知る学園でのアダム様も、こんな素敵な笑みを見せて下さったのでしょう?
「貴方様にお願いがあって参りました。」
キャスリーンの言葉に、アダムはひとつ頷いた。彼は、キャスリーンの心中を解って今日の訪いを迎え入れてくれたのだろう。でなければ、多忙なアダムが王城への参内を後回しにして、キャスリーンとの面会を承知してくれる筈が無い。
「我が儘な私の願いをお聞き頂けますでしょうか。」
「君の願いを聞こう。」
「本当に?」
「ああ。」
キャスリーンは、そこで膝の上で握った両手に力を込めた。神様、どうか私に勇気を下さい。この破天荒な願いを口にする罪をお許し下さい。
「アダム様。どうか、どうか私を貴方様の真実の妻にして下さいませ。」
部屋の中に沈黙が訪れる。
物音ひとつしないのは、人払いがされている為だけではない。
キャスリーンは、身動(みじろ)ぎ出来ずに俯いてアダムの言葉を待った。
「貴女は既に人の妻だろう。」
キャスリーンは俯いた顔を上げた。
彼に心の内を知って欲しかった。
「ええ、形ばかりの。夫には真実愛する最愛のお方が既においでです。ですから私には真実の夫はおりません。」
「私は貴女のお父上と同世代だ。とても若い君には似合わない。」
「私をお嫌いなのですか?」
「そうではない。君の人生を壊したく無いのだ。私の様な草臥れた男の為に。」
「草臥れてなどいらっしゃいません!アダム様は素敵なお方です。でなければ私は貴方様に心を惹かれなど致しません!」
キャスリーンは想いの丈を打ち明ける。我が身だけでは無い力が、後押しをしてくれるのを感じた。
アルフォンが本邸に戻り、キャスリーンは漸く私室で独りとなった。
「お帰りなさい。アマンダ。漸く貴女を取り戻したわ。」
私室に飾られた肖像画に向かってキャスリーンは語りかけた。
キャスリーンはアルフォンに、アマンダの肖像画を離れの私室に移すことを願った。そんな事、本来ならば許されそうもないのだが、どうやらアルフォンもアマンダの出自に疑惑があるのを知っていたらしく、一族の肖像画が並ぶホールから離れに移すのにそれ程躊躇はしなかった。
アマンダの虜となった義父は既に別邸に移り住み、肖像画がどちらにあろうが彼の手は及ばない。
「貴女の為に設えられたこの素晴らしい邸に、貴女と私とジェントルと、これからは三人で暮らすのよ。ねぇ、ジェントル。」
「ぴこ!」
「ジェントル、お利口さんね、ちゃんとお返事が出来るだなんて。貴女もそう思うでしょう?」
キャスリーンには心残りが一つ有った。
アマンダが儚くなった後、アマンダの青い鳥は、ジェントルはどうなったのか。
それは義母に聞けば解るのかも知れないが、義母にはもうこれ以上アマンダに関する事に触れさせる必要は無いと思った。彼女はもう、アマンダから解放されても良いだろう。
何より自身の復讐にキャスリーンを巻き込んだ事には、キャスリーンも良い感情を抱けそうに無かった。
モートン男爵令嬢アマンダを本邸に残すのだから、それで精々気を晴らしてほしい。侯爵家の男共が軒並みアマンダに入れ揚げるのを、別邸から楽しんでくれればそれで良いと思った。
「本物のアマンダは、貴女は今もここにいる。私が貴女の知り得なかった先の人生を生きるから、貴女も私と一緒にこれからの人生を楽しみましょう。」
アマンダの漆黒の瞳がきらりと光って見えた。まるで在りし日を思い出して流す涙の様にキャスリーンには見えた。
翌朝、ノーマン侯爵家の離れの邸に早馬で文が届けられた。
差出人は時の外務大臣、チェイスター伯爵であった。
フランツから文を受け取り、キャスリーンはその文を胸に抱き締めるように押し当てた。
「ああ、アマンダ。願いが聞き届けられたわ。アダム様が面会をお許し下さったわ。さあ、アマンダ。美しく装いましょう。貴女と二人、アダム様の下へ参りましょう。」
離れに移り住んでから、キャスリーンはアルフォンの見送りをしていない。けれども、この部屋の窓からも馬車が行き来するのは見えており、夫が出仕したのを確かめてからフランツを呼んだ。
「チェイスター伯爵邸へ行って参ります。」
フランツに向かってそう言ったキャスリーンの背後には、嘗てのこの部屋の主人である赤髪の令嬢が、僅かにはにかんだ笑みを見せていた。
キャスリーンはそれから単身で伯爵邸を訪れた。侍女も護衛も付けぬまま。フランツには翌日戻るが迎えは要らないと伝えていた。フランツはその言葉に表情を硬くしたが直ぐに頷いた。
伯爵邸の玄関ポーチには、アダムが外まで出てキャスリーンの到着を待っていた。
馬車の扉が開かれると、開いたのはアダムで、キャスリーンに向けて手を差し伸べた。
その掌にキャスリーンが手を乗せれば、直後にその指先が握り締められた。
瞬間、アダムを見つめたキャスリーンとアダムの視線が絡み合う。どちらともなく引き合う様に近づいて、キャスリーンは馬車から降ろされた。
玄関ホールには伯爵邸の執事と侍女頭が控えており、彼らとはジェントルの飼育の際にすっかり馴染んでいたから、キャスリーンは心の強張りが解けて、彼らに向けて笑みを浮かべた。
それからアダムに連れられて、部屋に通された。
そこは客室ではなくて、彼の私室であった。
誘(いざな)われる様にソファに腰を掛ければ、直ぐに飲み物が饗された。
「まあ、悪魔の飲み物ですわね。」
「今日は冷えるからね。紅茶の方が良かったかな?」
「いいえ、これで良いのです。貴方様のココアが何より私は好きなのです。」
キャスリーンがそう言うと、アダムは白い歯を見せて破顔した。若々しい笑顔。アマンダ見えた?貴女が知る学園でのアダム様も、こんな素敵な笑みを見せて下さったのでしょう?
「貴方様にお願いがあって参りました。」
キャスリーンの言葉に、アダムはひとつ頷いた。彼は、キャスリーンの心中を解って今日の訪いを迎え入れてくれたのだろう。でなければ、多忙なアダムが王城への参内を後回しにして、キャスリーンとの面会を承知してくれる筈が無い。
「我が儘な私の願いをお聞き頂けますでしょうか。」
「君の願いを聞こう。」
「本当に?」
「ああ。」
キャスリーンは、そこで膝の上で握った両手に力を込めた。神様、どうか私に勇気を下さい。この破天荒な願いを口にする罪をお許し下さい。
「アダム様。どうか、どうか私を貴方様の真実の妻にして下さいませ。」
部屋の中に沈黙が訪れる。
物音ひとつしないのは、人払いがされている為だけではない。
キャスリーンは、身動(みじろ)ぎ出来ずに俯いてアダムの言葉を待った。
「貴女は既に人の妻だろう。」
キャスリーンは俯いた顔を上げた。
彼に心の内を知って欲しかった。
「ええ、形ばかりの。夫には真実愛する最愛のお方が既においでです。ですから私には真実の夫はおりません。」
「私は貴女のお父上と同世代だ。とても若い君には似合わない。」
「私をお嫌いなのですか?」
「そうではない。君の人生を壊したく無いのだ。私の様な草臥れた男の為に。」
「草臥れてなどいらっしゃいません!アダム様は素敵なお方です。でなければ私は貴方様に心を惹かれなど致しません!」
キャスリーンは想いの丈を打ち明ける。我が身だけでは無い力が、後押しをしてくれるのを感じた。
2,422
お気に入りに追加
2,146
あなたにおすすめの小説
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう
凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。
私は、恋に夢中で何も見えていなかった。
だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か
なかったの。
※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。
2022/9/5
隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。
お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m
アリシアの恋は終わったのです。
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる