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その後アルフォンは是非とも晩餐を本邸でと食い下がったが、アマンダ嬢を前に無理だと言えば渋々引き下がった。
アルフォンが本邸に戻り、キャスリーンは漸く私室で独りとなった。
「お帰りなさい。アマンダ。漸く貴女を取り戻したわ。」
私室に飾られた肖像画に向かってキャスリーンは語りかけた。
キャスリーンはアルフォンに、アマンダの肖像画を離れの私室に移すことを願った。そんな事、本来ならば許されそうもないのだが、どうやらアルフォンもアマンダの出自に疑惑があるのを知っていたらしく、一族の肖像画が並ぶホールから離れに移すのにそれ程躊躇はしなかった。
アマンダの虜となった義父は既に別邸に移り住み、肖像画がどちらにあろうが彼の手は及ばない。
「貴女の為に設えられたこの素晴らしい邸に、貴女と私とジェントルと、これからは三人で暮らすのよ。ねぇ、ジェントル。」
「ぴこ!」
「ジェントル、お利口さんね、ちゃんとお返事が出来るだなんて。貴女もそう思うでしょう?」
キャスリーンには心残りが一つ有った。
アマンダが儚くなった後、アマンダの青い鳥は、ジェントルはどうなったのか。
それは義母に聞けば解るのかも知れないが、義母にはもうこれ以上アマンダに関する事に触れさせる必要は無いと思った。彼女はもう、アマンダから解放されても良いだろう。
何より自身の復讐にキャスリーンを巻き込んだ事には、キャスリーンも良い感情を抱けそうに無かった。
モートン男爵令嬢アマンダを本邸に残すのだから、それで精々気を晴らしてほしい。侯爵家の男共が軒並みアマンダに入れ揚げるのを、別邸から楽しんでくれればそれで良いと思った。
「本物のアマンダは、貴女は今もここにいる。私が貴女の知り得なかった先の人生を生きるから、貴女も私と一緒にこれからの人生を楽しみましょう。」
アマンダの漆黒の瞳がきらりと光って見えた。まるで在りし日を思い出して流す涙の様にキャスリーンには見えた。
翌朝、ノーマン侯爵家の離れの邸に早馬で文が届けられた。
差出人は時の外務大臣、チェイスター伯爵であった。
フランツから文を受け取り、キャスリーンはその文を胸に抱き締めるように押し当てた。
「ああ、アマンダ。願いが聞き届けられたわ。アダム様が面会をお許し下さったわ。さあ、アマンダ。美しく装いましょう。貴女と二人、アダム様の下へ参りましょう。」
離れに移り住んでから、キャスリーンはアルフォンの見送りをしていない。けれども、この部屋の窓からも馬車が行き来するのは見えており、夫が出仕したのを確かめてからフランツを呼んだ。
「チェイスター伯爵邸へ行って参ります。」
フランツに向かってそう言ったキャスリーンの背後には、嘗てのこの部屋の主人である赤髪の令嬢が、僅かにはにかんだ笑みを見せていた。
キャスリーンはそれから単身で伯爵邸を訪れた。侍女も護衛も付けぬまま。フランツには翌日戻るが迎えは要らないと伝えていた。フランツはその言葉に表情を硬くしたが直ぐに頷いた。
伯爵邸の玄関ポーチには、アダムが外まで出てキャスリーンの到着を待っていた。
馬車の扉が開かれると、開いたのはアダムで、キャスリーンに向けて手を差し伸べた。
その掌にキャスリーンが手を乗せれば、直後にその指先が握り締められた。
瞬間、アダムを見つめたキャスリーンとアダムの視線が絡み合う。どちらともなく引き合う様に近づいて、キャスリーンは馬車から降ろされた。
玄関ホールには伯爵邸の執事と侍女頭が控えており、彼らとはジェントルの飼育の際にすっかり馴染んでいたから、キャスリーンは心の強張りが解けて、彼らに向けて笑みを浮かべた。
それからアダムに連れられて、部屋に通された。
そこは客室ではなくて、彼の私室であった。
誘(いざな)われる様にソファに腰を掛ければ、直ぐに飲み物が饗された。
「まあ、悪魔の飲み物ですわね。」
「今日は冷えるからね。紅茶の方が良かったかな?」
「いいえ、これで良いのです。貴方様のココアが何より私は好きなのです。」
キャスリーンがそう言うと、アダムは白い歯を見せて破顔した。若々しい笑顔。アマンダ見えた?貴女が知る学園でのアダム様も、こんな素敵な笑みを見せて下さったのでしょう?
「貴方様にお願いがあって参りました。」
キャスリーンの言葉に、アダムはひとつ頷いた。彼は、キャスリーンの心中を解って今日の訪いを迎え入れてくれたのだろう。でなければ、多忙なアダムが王城への参内を後回しにして、キャスリーンとの面会を承知してくれる筈が無い。
「我が儘な私の願いをお聞き頂けますでしょうか。」
「君の願いを聞こう。」
「本当に?」
「ああ。」
キャスリーンは、そこで膝の上で握った両手に力を込めた。神様、どうか私に勇気を下さい。この破天荒な願いを口にする罪をお許し下さい。
「アダム様。どうか、どうか私を貴方様の真実の妻にして下さいませ。」
部屋の中に沈黙が訪れる。
物音ひとつしないのは、人払いがされている為だけではない。
キャスリーンは、身動(みじろ)ぎ出来ずに俯いてアダムの言葉を待った。
「貴女は既に人の妻だろう。」
キャスリーンは俯いた顔を上げた。
彼に心の内を知って欲しかった。
「ええ、形ばかりの。夫には真実愛する最愛のお方が既においでです。ですから私には真実の夫はおりません。」
「私は貴女のお父上と同世代だ。とても若い君には似合わない。」
「私をお嫌いなのですか?」
「そうではない。君の人生を壊したく無いのだ。私の様な草臥れた男の為に。」
「草臥れてなどいらっしゃいません!アダム様は素敵なお方です。でなければ私は貴方様に心を惹かれなど致しません!」
キャスリーンは想いの丈を打ち明ける。我が身だけでは無い力が、後押しをしてくれるのを感じた。
アルフォンが本邸に戻り、キャスリーンは漸く私室で独りとなった。
「お帰りなさい。アマンダ。漸く貴女を取り戻したわ。」
私室に飾られた肖像画に向かってキャスリーンは語りかけた。
キャスリーンはアルフォンに、アマンダの肖像画を離れの私室に移すことを願った。そんな事、本来ならば許されそうもないのだが、どうやらアルフォンもアマンダの出自に疑惑があるのを知っていたらしく、一族の肖像画が並ぶホールから離れに移すのにそれ程躊躇はしなかった。
アマンダの虜となった義父は既に別邸に移り住み、肖像画がどちらにあろうが彼の手は及ばない。
「貴女の為に設えられたこの素晴らしい邸に、貴女と私とジェントルと、これからは三人で暮らすのよ。ねぇ、ジェントル。」
「ぴこ!」
「ジェントル、お利口さんね、ちゃんとお返事が出来るだなんて。貴女もそう思うでしょう?」
キャスリーンには心残りが一つ有った。
アマンダが儚くなった後、アマンダの青い鳥は、ジェントルはどうなったのか。
それは義母に聞けば解るのかも知れないが、義母にはもうこれ以上アマンダに関する事に触れさせる必要は無いと思った。彼女はもう、アマンダから解放されても良いだろう。
何より自身の復讐にキャスリーンを巻き込んだ事には、キャスリーンも良い感情を抱けそうに無かった。
モートン男爵令嬢アマンダを本邸に残すのだから、それで精々気を晴らしてほしい。侯爵家の男共が軒並みアマンダに入れ揚げるのを、別邸から楽しんでくれればそれで良いと思った。
「本物のアマンダは、貴女は今もここにいる。私が貴女の知り得なかった先の人生を生きるから、貴女も私と一緒にこれからの人生を楽しみましょう。」
アマンダの漆黒の瞳がきらりと光って見えた。まるで在りし日を思い出して流す涙の様にキャスリーンには見えた。
翌朝、ノーマン侯爵家の離れの邸に早馬で文が届けられた。
差出人は時の外務大臣、チェイスター伯爵であった。
フランツから文を受け取り、キャスリーンはその文を胸に抱き締めるように押し当てた。
「ああ、アマンダ。願いが聞き届けられたわ。アダム様が面会をお許し下さったわ。さあ、アマンダ。美しく装いましょう。貴女と二人、アダム様の下へ参りましょう。」
離れに移り住んでから、キャスリーンはアルフォンの見送りをしていない。けれども、この部屋の窓からも馬車が行き来するのは見えており、夫が出仕したのを確かめてからフランツを呼んだ。
「チェイスター伯爵邸へ行って参ります。」
フランツに向かってそう言ったキャスリーンの背後には、嘗てのこの部屋の主人である赤髪の令嬢が、僅かにはにかんだ笑みを見せていた。
キャスリーンはそれから単身で伯爵邸を訪れた。侍女も護衛も付けぬまま。フランツには翌日戻るが迎えは要らないと伝えていた。フランツはその言葉に表情を硬くしたが直ぐに頷いた。
伯爵邸の玄関ポーチには、アダムが外まで出てキャスリーンの到着を待っていた。
馬車の扉が開かれると、開いたのはアダムで、キャスリーンに向けて手を差し伸べた。
その掌にキャスリーンが手を乗せれば、直後にその指先が握り締められた。
瞬間、アダムを見つめたキャスリーンとアダムの視線が絡み合う。どちらともなく引き合う様に近づいて、キャスリーンは馬車から降ろされた。
玄関ホールには伯爵邸の執事と侍女頭が控えており、彼らとはジェントルの飼育の際にすっかり馴染んでいたから、キャスリーンは心の強張りが解けて、彼らに向けて笑みを浮かべた。
それからアダムに連れられて、部屋に通された。
そこは客室ではなくて、彼の私室であった。
誘(いざな)われる様にソファに腰を掛ければ、直ぐに飲み物が饗された。
「まあ、悪魔の飲み物ですわね。」
「今日は冷えるからね。紅茶の方が良かったかな?」
「いいえ、これで良いのです。貴方様のココアが何より私は好きなのです。」
キャスリーンがそう言うと、アダムは白い歯を見せて破顔した。若々しい笑顔。アマンダ見えた?貴女が知る学園でのアダム様も、こんな素敵な笑みを見せて下さったのでしょう?
「貴方様にお願いがあって参りました。」
キャスリーンの言葉に、アダムはひとつ頷いた。彼は、キャスリーンの心中を解って今日の訪いを迎え入れてくれたのだろう。でなければ、多忙なアダムが王城への参内を後回しにして、キャスリーンとの面会を承知してくれる筈が無い。
「我が儘な私の願いをお聞き頂けますでしょうか。」
「君の願いを聞こう。」
「本当に?」
「ああ。」
キャスリーンは、そこで膝の上で握った両手に力を込めた。神様、どうか私に勇気を下さい。この破天荒な願いを口にする罪をお許し下さい。
「アダム様。どうか、どうか私を貴方様の真実の妻にして下さいませ。」
部屋の中に沈黙が訪れる。
物音ひとつしないのは、人払いがされている為だけではない。
キャスリーンは、身動(みじろ)ぎ出来ずに俯いてアダムの言葉を待った。
「貴女は既に人の妻だろう。」
キャスリーンは俯いた顔を上げた。
彼に心の内を知って欲しかった。
「ええ、形ばかりの。夫には真実愛する最愛のお方が既においでです。ですから私には真実の夫はおりません。」
「私は貴女のお父上と同世代だ。とても若い君には似合わない。」
「私をお嫌いなのですか?」
「そうではない。君の人生を壊したく無いのだ。私の様な草臥れた男の為に。」
「草臥れてなどいらっしゃいません!アダム様は素敵なお方です。でなければ私は貴方様に心を惹かれなど致しません!」
キャスリーンは想いの丈を打ち明ける。我が身だけでは無い力が、後押しをしてくれるのを感じた。
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