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「貴女に初めて会った日に、私はいつかこの日が来ると思っていた。」
真っ白な神官服に抜ける様な白い肌。透き通る銀髪に瞳の鮮やかな青。
クリストファー大神官は、その真実を見通す様な澄んだ瞳でキャスリーンを見つめた。
「貴女は不思議なほど彼女に似ている。髪色も瞳の色も姿も形も何一つ似てはいないというのに。それに彼女はそんな風に強い視線を真っ直ぐに向けたりしなかった。いつもこちらの心情を酌み取る様な、慎ましい眼差しであったよ。」
「キャスリーン夫人。知ってどうする。知ってどうなる。貴女が真実を知ったとして、それが今の貴女の身上を救う事は無いだろう。それでも知りたいのは何故?
いや、意地悪な事を言ったね。試した訳では無いんだ。ただ、
ただ、私は畏れを感じずにいられないのだよ。やはり神は全てを見通し、見逃す事など無いのだと。」
「アマンダの事なら良く知っている。彼女は私の数少ない友人であった。私と彼女は共に学園に通う学友であったのだよ。
彼女が世間でなんと言われているか、私は誰よりもその気持ちが解ると自負していた。私も王宮で同じ様な事を囁かれていたからね。父とも兄とも異なるこの見目に、幼い頃から違和感を抱いていたのは誰でも無い、私自身であった。
だから、彼女の事は学園に入る前から知っていた。不義の娘、カッコウの娘と囁かれる鮮やかな赤髪に、私は同類の匂いを感じていた。」
「貴女が何故アマンダを知り得たのか、それ以前に何故今更彼女の人生を追っているのかは聞かないでおこう。全てが神の采配ならば私の意志など無用であろう。
貴女が真実を知ったとして、それをどうするのかは貴女の心に委ねる事を誓おう。
ここで話す事、聴くことは、私と貴女と神だけが知る事だ。」
「アマンダの事なら、あの学園で私ほど彼女を知る者はいなかっただろう。私は何時だって彼女を見ていた。
人の噂がどうであれ、彼女は名門ノーマン侯爵家の令嬢で、侯爵が誰よりも愛する愛娘である事は周知の事実であったから、彼女が学園で肩身の狭い思いをする事は無かっただろう。貴族家の子女達はそれ程常識外れでは無いからね。親御達からも重々注意をする様に言い含められていた筈だ。」
「新興貴族や分を弁えない貴族の中には愚かしい言を発する者も居たにはいたが、彼らに未来は無かったろうよ。何処で聴き知るのか、侯爵は全てを知って必ず報復していたからね。彼女は尊われると同時に恐れられていた。だから必然的に近しく接する友というのは少なかったと思うよ。そんなところまで私達はよく似ていた。」
「彼女の視線の先に一人の男子生徒が映るのを、最初に気付いたのも私だろう。
彼は当時から目立つ男であった。恵まれた体躯だけでも目立つのを、学にも剣にも秀でていたし、何より語学が堪能なのは有名であった。その上美しい男であった。私の口から言うのもなんだが、男が見惚れる男であったよ。
漆黒の髪に湖の様に澄んだ青い瞳。私と同じ瞳の色であるのに、そんな暗い色を持ちながら彼は明るく気さくで温かな人柄で、人見知りな私でさえ彼になら心を許す事が出来た。」
「君はもう解るだろう?アダムだよ。アマンダはアダムに惹かれていた。
当然私は寂しく思った。彼女の友人であると思っていたのに、彼女は一言もその事を私に明かしてはくれなかった。あの宵闇の瞳の中にアダムを映しながら、いつも遠目で見つめるばかり。そうしてアダムへの憧れからか、ある時から語学に興味を示し始めた。
語学の教師を頼んだがそれを侯爵に反対されて、仕方無く図書室に通っていた。
その頃私は既に、将来は神籍に入る事を決めて神殿に通っていたから、彼女が放課後の図書室でどんな風であったかは知らない。
ただ、アダムの口からアマンダが帝国語を独学で学んでいて、それで教本を貸しただの、解らないところを教えてあげただのと聞いて、胸が締め付けられるのを覚えた。」
「キャスリーン。解ってくれるか?私はアマンダに恋心を抱いていた。けれども何れ神殿に入る身で彼女にそれを伝える事は憚られた。何より私は臆病であった。彼女に拒絶されたなら、恋ばかりでは無く友情すら失ってしまう。それは私にとって死の宣告よりも辛い事に思えた。
結局、私は心の想いを胸の奥深くに仕舞い込んで、アマンダとアダムの距離が近付くのにも見えないふりを通した。」
「だからあの夏に、彼女の身に何が起こっていたのかを気付くのが遅れてしまった。私が彼女から目を離さなければ、彼女を救う事が出来ただろうか。何度も何度も考えて、それが到底無理なことであったのを知ったのだよ。」
「アマンダの居なくなってしまった学園に、私は通わなくなった。大方の単位は既に得ていたし、足りない単位を得てからは神殿に通う口実の下、卒業まで学園へ足を向ける事は無かった。私の世界からアマンダが消えて、私の世俗はそれで終焉を迎えた。」
「あの時ほどこの身分を神に感謝した事は無かったよ。神殿は私の逃げ場であった。アマンダを失った世界から逃げる事を許されたのは、父にも兄にも似ない扱いに困る第二王子であったからだ。
ここに祈りを捧げる人々は、皆少なからず心に傷を得て、亡くした魂に囚われている。私と同じ様な人々が神に赦され慰めを得ようと祈りを捧げる。」
「その中に、侯爵夫人を見つけた。
当時の私は新米神官でしか無かったが、有り難い事に告解の役目を仰せつかっていた。そうだよ、告白の部屋で神の赦しを得る為の罪の告白を聴く役目だよ。
私は待った。毎日毎日待っていた。
彼女が、ノーマン侯爵夫人が、告解に訪れるのを。」
真っ白な神官服に抜ける様な白い肌。透き通る銀髪に瞳の鮮やかな青。
クリストファー大神官は、その真実を見通す様な澄んだ瞳でキャスリーンを見つめた。
「貴女は不思議なほど彼女に似ている。髪色も瞳の色も姿も形も何一つ似てはいないというのに。それに彼女はそんな風に強い視線を真っ直ぐに向けたりしなかった。いつもこちらの心情を酌み取る様な、慎ましい眼差しであったよ。」
「キャスリーン夫人。知ってどうする。知ってどうなる。貴女が真実を知ったとして、それが今の貴女の身上を救う事は無いだろう。それでも知りたいのは何故?
いや、意地悪な事を言ったね。試した訳では無いんだ。ただ、
ただ、私は畏れを感じずにいられないのだよ。やはり神は全てを見通し、見逃す事など無いのだと。」
「アマンダの事なら良く知っている。彼女は私の数少ない友人であった。私と彼女は共に学園に通う学友であったのだよ。
彼女が世間でなんと言われているか、私は誰よりもその気持ちが解ると自負していた。私も王宮で同じ様な事を囁かれていたからね。父とも兄とも異なるこの見目に、幼い頃から違和感を抱いていたのは誰でも無い、私自身であった。
だから、彼女の事は学園に入る前から知っていた。不義の娘、カッコウの娘と囁かれる鮮やかな赤髪に、私は同類の匂いを感じていた。」
「貴女が何故アマンダを知り得たのか、それ以前に何故今更彼女の人生を追っているのかは聞かないでおこう。全てが神の采配ならば私の意志など無用であろう。
貴女が真実を知ったとして、それをどうするのかは貴女の心に委ねる事を誓おう。
ここで話す事、聴くことは、私と貴女と神だけが知る事だ。」
「アマンダの事なら、あの学園で私ほど彼女を知る者はいなかっただろう。私は何時だって彼女を見ていた。
人の噂がどうであれ、彼女は名門ノーマン侯爵家の令嬢で、侯爵が誰よりも愛する愛娘である事は周知の事実であったから、彼女が学園で肩身の狭い思いをする事は無かっただろう。貴族家の子女達はそれ程常識外れでは無いからね。親御達からも重々注意をする様に言い含められていた筈だ。」
「新興貴族や分を弁えない貴族の中には愚かしい言を発する者も居たにはいたが、彼らに未来は無かったろうよ。何処で聴き知るのか、侯爵は全てを知って必ず報復していたからね。彼女は尊われると同時に恐れられていた。だから必然的に近しく接する友というのは少なかったと思うよ。そんなところまで私達はよく似ていた。」
「彼女の視線の先に一人の男子生徒が映るのを、最初に気付いたのも私だろう。
彼は当時から目立つ男であった。恵まれた体躯だけでも目立つのを、学にも剣にも秀でていたし、何より語学が堪能なのは有名であった。その上美しい男であった。私の口から言うのもなんだが、男が見惚れる男であったよ。
漆黒の髪に湖の様に澄んだ青い瞳。私と同じ瞳の色であるのに、そんな暗い色を持ちながら彼は明るく気さくで温かな人柄で、人見知りな私でさえ彼になら心を許す事が出来た。」
「君はもう解るだろう?アダムだよ。アマンダはアダムに惹かれていた。
当然私は寂しく思った。彼女の友人であると思っていたのに、彼女は一言もその事を私に明かしてはくれなかった。あの宵闇の瞳の中にアダムを映しながら、いつも遠目で見つめるばかり。そうしてアダムへの憧れからか、ある時から語学に興味を示し始めた。
語学の教師を頼んだがそれを侯爵に反対されて、仕方無く図書室に通っていた。
その頃私は既に、将来は神籍に入る事を決めて神殿に通っていたから、彼女が放課後の図書室でどんな風であったかは知らない。
ただ、アダムの口からアマンダが帝国語を独学で学んでいて、それで教本を貸しただの、解らないところを教えてあげただのと聞いて、胸が締め付けられるのを覚えた。」
「キャスリーン。解ってくれるか?私はアマンダに恋心を抱いていた。けれども何れ神殿に入る身で彼女にそれを伝える事は憚られた。何より私は臆病であった。彼女に拒絶されたなら、恋ばかりでは無く友情すら失ってしまう。それは私にとって死の宣告よりも辛い事に思えた。
結局、私は心の想いを胸の奥深くに仕舞い込んで、アマンダとアダムの距離が近付くのにも見えないふりを通した。」
「だからあの夏に、彼女の身に何が起こっていたのかを気付くのが遅れてしまった。私が彼女から目を離さなければ、彼女を救う事が出来ただろうか。何度も何度も考えて、それが到底無理なことであったのを知ったのだよ。」
「アマンダの居なくなってしまった学園に、私は通わなくなった。大方の単位は既に得ていたし、足りない単位を得てからは神殿に通う口実の下、卒業まで学園へ足を向ける事は無かった。私の世界からアマンダが消えて、私の世俗はそれで終焉を迎えた。」
「あの時ほどこの身分を神に感謝した事は無かったよ。神殿は私の逃げ場であった。アマンダを失った世界から逃げる事を許されたのは、父にも兄にも似ない扱いに困る第二王子であったからだ。
ここに祈りを捧げる人々は、皆少なからず心に傷を得て、亡くした魂に囚われている。私と同じ様な人々が神に赦され慰めを得ようと祈りを捧げる。」
「その中に、侯爵夫人を見つけた。
当時の私は新米神官でしか無かったが、有り難い事に告解の役目を仰せつかっていた。そうだよ、告白の部屋で神の赦しを得る為の罪の告白を聴く役目だよ。
私は待った。毎日毎日待っていた。
彼女が、ノーマン侯爵夫人が、告解に訪れるのを。」
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