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キャスリーンはアダムの澄んだ青い瞳を見つめた。
ジェントルの事を忘れずに気に掛けてくれるアダム。
先程フランツに向けた厳しさと打って変わって、今キャスリーンを見つめる眼差しは沁み入る慈愛に溢れて、視線を受けるだけでキャスリーンの心を温かく包みこんだ。
「ええ。アダム様のお教えのお陰でジェントルはとても元気にしております。今の住まいは日当たりが良くて暖かいのです。隙間風も入りませんから冬を迎えるのに心配していた冷え込みも少なく安心しております。」
キャスリーンがそう言えば、アダムは少し考える風を見せた後「そうか」とだけ答えた。
程なくするとチェイスター伯爵邸の門扉が見えて来た。
元々ハイントリー公爵家の所有する邸宅であるから、伯爵邸は美しく整えられた邸である。
邸はエレガントな白亜の館である。庭園は、この頃の流行が自然の野趣味を感じさせるものであるのに対して、古典的な造形で徹底して細部まで手が加えられており、公爵家の流行に左右されない様式美に対するプライドが伺われる。
以前、ジェントルの飼育を習う為にこの邸に通っていた際にも、こんな男やもめが住むには気恥ずかしい住まいだなどとアダムは落ち着かない風を見せていた。
冬を迎えて益々その白さが引き立って、冬の女王を思わせる美しい邸宅である。
馬車を降り玄関ホールに入ると、懐かしさを感じた。ここへ通っていたのはついこの前の事であるのに、どこかノスタルジックな感傷を覚えて、キャスリーンは立ち止まってしまう。
「こちらへ。キャスリーン。」
どこまでも甘やかすつもりのアダムが、邸の中だというのにキャスリーンの手を腕に掛けさせエスコートをする。
「お仕事は宜しいのですか?」
「ああ、今日は休暇を取っていたんだよ。それでクリストファー大神官にお会いしていたんだ。君が先に寄進に訪れて、丁度礼拝堂で祈りを捧げている最中だと聞いて、それで、君が戻るのを待っていた。」
キャスリーンの胸が熱を感じる。間違いようのない喜びの熱だ。
貴賓室に案内されてソファに座る。
程なくして飲み物が饗された。
「ココアをご存知かな?」
「ええ。心を蕩かす悪魔の飲み物だとお茶会の席で聞いたことがございます。」
「ははは、上手いことを言うね。全くその通りだ。ミルクと砂糖たっぷりの甘い罠を仕掛ける悪魔の飲み物だ。さあ、冷めないうちに、」
アダムに勧められてカップを口元に寄せると、既に甘い香りが鼻腔を擽る。ひと口そっと啜ると熱い液体が流れ込む。
甘くて苦くてまろやかで、心も身体も蕩けてしまう。
「なんて美味しいのかしら。」
つい独り言を漏らしてしまった。
「君の口に合って嬉しいよ。良ければ土産に持って帰って欲しい。」
「そんな、宜しいのですか?とても貴重な飲み物だと聞いております。」
「うん、まあ、そうだね。君に飲ませてあげたくてね、それで取り寄せた。」
「え?」
「帝国からね。」
「まあ!態々?」
「うん。その、口に合ったかね?」
「ええ!どうしましょう、勿体なくて飲めませんわ。」
「それは困るな。であれば我が邸に毎日お誘いせねばならなくなるよ。」
紳士らしい鷹揚な話しぶり。温かな眼差し。
ここ最近、身辺が慌ただしく神経を削られる様な場面もあったりで、キャスリーンは自分が思う以上に疲弊していた様である。
キャスリーンを思いやり、遠路貴重な品を取り寄せてくれるその気持ちが、カサカサに乾いていた心を潤し優しく撫でて慰める。
「キャスリーン。」
甘い甘いココアを恋する男の面前で堪能していたキャスリーンは、名を呼ばれてお面を上げた。
アダムはジャケットの内側に手を入れハンカチを取り出した。
「それは、」
キャスリーンが青い小鳥を刺繍した、あのハンカチであった。
「有難う。礼状を書きたかったが侯爵邸は騒々しいようであったし、何より君には直接礼を伝えたかった。
有難う、嬉しいよ。その、」
アダムは有難うを繰り返した後、言葉に詰まっている。
「その、とても懐かしかったんだ。」
「懐かしい?」
「ああ。大切な思い出があってね。」
アダムはそう言って、小鳥の刺繍をそっと撫でた。
本邸には正面から入るのが正式であるが、それどころではなかった。
キャスリーンは離れの玄関ホールに着くなり、駆け上がる勢いで階段を上り自室へ向かった。
出迎えた侍女らが慌てて後を追うも、キャスリーンの足の方が速くて追いつかなかった。
自室に入って文机の引き出しから鍵を取り出す。それを握りしめてキャスリーンはメイドを呼んだ。
「ソフィア、使用人の通路を案内して頂戴!」
そのまま元来た道を引き返し、本邸へ向かう。
「西の図書室へ、」
「承知致しました、こちらです!」
本邸の正面玄関は人目に付くし距離がある。何より今キャスリーンが本邸に入ったならそこそこ邪魔が入りそうであった。
何者にも邪魔をされずに一刻も早く辿り着きたかった。
本邸の裏側は使用人達のエリアとなっている。離れに面する西側もそうで、出入口は昼のうちは鍵が掛かっていない。そこをソフィアが先になって扉を開ける。物品庫の脇を通り抜け、細い通路を更に奥に小走りで進む。
途中、キャスリーンの存在に気付いた使用人達が驚きながら脇に退ける。
使用人達の休憩室や貯蔵庫らしい部屋、後はよく分らない部屋の扉が続くのも通り越すと、先導していたソフィアが、
「キャスリーン様、こちらですっ」
扉の前で立ち止まったソフィアがキャスリーンを呼ぶ。
乱れた呼吸が整うのも待たずに、キャスリーンはドアノブに手を掛けて、それから音を立てぬようゆっくりと扉を開けた。
ジェントルの事を忘れずに気に掛けてくれるアダム。
先程フランツに向けた厳しさと打って変わって、今キャスリーンを見つめる眼差しは沁み入る慈愛に溢れて、視線を受けるだけでキャスリーンの心を温かく包みこんだ。
「ええ。アダム様のお教えのお陰でジェントルはとても元気にしております。今の住まいは日当たりが良くて暖かいのです。隙間風も入りませんから冬を迎えるのに心配していた冷え込みも少なく安心しております。」
キャスリーンがそう言えば、アダムは少し考える風を見せた後「そうか」とだけ答えた。
程なくするとチェイスター伯爵邸の門扉が見えて来た。
元々ハイントリー公爵家の所有する邸宅であるから、伯爵邸は美しく整えられた邸である。
邸はエレガントな白亜の館である。庭園は、この頃の流行が自然の野趣味を感じさせるものであるのに対して、古典的な造形で徹底して細部まで手が加えられており、公爵家の流行に左右されない様式美に対するプライドが伺われる。
以前、ジェントルの飼育を習う為にこの邸に通っていた際にも、こんな男やもめが住むには気恥ずかしい住まいだなどとアダムは落ち着かない風を見せていた。
冬を迎えて益々その白さが引き立って、冬の女王を思わせる美しい邸宅である。
馬車を降り玄関ホールに入ると、懐かしさを感じた。ここへ通っていたのはついこの前の事であるのに、どこかノスタルジックな感傷を覚えて、キャスリーンは立ち止まってしまう。
「こちらへ。キャスリーン。」
どこまでも甘やかすつもりのアダムが、邸の中だというのにキャスリーンの手を腕に掛けさせエスコートをする。
「お仕事は宜しいのですか?」
「ああ、今日は休暇を取っていたんだよ。それでクリストファー大神官にお会いしていたんだ。君が先に寄進に訪れて、丁度礼拝堂で祈りを捧げている最中だと聞いて、それで、君が戻るのを待っていた。」
キャスリーンの胸が熱を感じる。間違いようのない喜びの熱だ。
貴賓室に案内されてソファに座る。
程なくして飲み物が饗された。
「ココアをご存知かな?」
「ええ。心を蕩かす悪魔の飲み物だとお茶会の席で聞いたことがございます。」
「ははは、上手いことを言うね。全くその通りだ。ミルクと砂糖たっぷりの甘い罠を仕掛ける悪魔の飲み物だ。さあ、冷めないうちに、」
アダムに勧められてカップを口元に寄せると、既に甘い香りが鼻腔を擽る。ひと口そっと啜ると熱い液体が流れ込む。
甘くて苦くてまろやかで、心も身体も蕩けてしまう。
「なんて美味しいのかしら。」
つい独り言を漏らしてしまった。
「君の口に合って嬉しいよ。良ければ土産に持って帰って欲しい。」
「そんな、宜しいのですか?とても貴重な飲み物だと聞いております。」
「うん、まあ、そうだね。君に飲ませてあげたくてね、それで取り寄せた。」
「え?」
「帝国からね。」
「まあ!態々?」
「うん。その、口に合ったかね?」
「ええ!どうしましょう、勿体なくて飲めませんわ。」
「それは困るな。であれば我が邸に毎日お誘いせねばならなくなるよ。」
紳士らしい鷹揚な話しぶり。温かな眼差し。
ここ最近、身辺が慌ただしく神経を削られる様な場面もあったりで、キャスリーンは自分が思う以上に疲弊していた様である。
キャスリーンを思いやり、遠路貴重な品を取り寄せてくれるその気持ちが、カサカサに乾いていた心を潤し優しく撫でて慰める。
「キャスリーン。」
甘い甘いココアを恋する男の面前で堪能していたキャスリーンは、名を呼ばれてお面を上げた。
アダムはジャケットの内側に手を入れハンカチを取り出した。
「それは、」
キャスリーンが青い小鳥を刺繍した、あのハンカチであった。
「有難う。礼状を書きたかったが侯爵邸は騒々しいようであったし、何より君には直接礼を伝えたかった。
有難う、嬉しいよ。その、」
アダムは有難うを繰り返した後、言葉に詰まっている。
「その、とても懐かしかったんだ。」
「懐かしい?」
「ああ。大切な思い出があってね。」
アダムはそう言って、小鳥の刺繍をそっと撫でた。
本邸には正面から入るのが正式であるが、それどころではなかった。
キャスリーンは離れの玄関ホールに着くなり、駆け上がる勢いで階段を上り自室へ向かった。
出迎えた侍女らが慌てて後を追うも、キャスリーンの足の方が速くて追いつかなかった。
自室に入って文机の引き出しから鍵を取り出す。それを握りしめてキャスリーンはメイドを呼んだ。
「ソフィア、使用人の通路を案内して頂戴!」
そのまま元来た道を引き返し、本邸へ向かう。
「西の図書室へ、」
「承知致しました、こちらです!」
本邸の正面玄関は人目に付くし距離がある。何より今キャスリーンが本邸に入ったならそこそこ邪魔が入りそうであった。
何者にも邪魔をされずに一刻も早く辿り着きたかった。
本邸の裏側は使用人達のエリアとなっている。離れに面する西側もそうで、出入口は昼のうちは鍵が掛かっていない。そこをソフィアが先になって扉を開ける。物品庫の脇を通り抜け、細い通路を更に奥に小走りで進む。
途中、キャスリーンの存在に気付いた使用人達が驚きながら脇に退ける。
使用人達の休憩室や貯蔵庫らしい部屋、後はよく分らない部屋の扉が続くのも通り越すと、先導していたソフィアが、
「キャスリーン様、こちらですっ」
扉の前で立ち止まったソフィアがキャスリーンを呼ぶ。
乱れた呼吸が整うのも待たずに、キャスリーンはドアノブに手を掛けて、それから音を立てぬようゆっくりと扉を開けた。
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