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「何でこんな事になっている。どうしてお前がこんな所に押しやられているのだ。」
長い足を持て余すように足組をして、相変わらず仰け反るようにソファに座りながらも、眉間は顰められて常より厳しい表情を浮かべている。
全くもって偉そうな態度であるが、本当に偉いのだから仕方が無い。
「アマンダ様がご懐妊なされたのです。」
「ああ、それなら聞き及んでいる。まあ、王都中の貴族が知ってるんじゃないか?」
アマンダが茶会の席で、アルフォンの子を懐妊していることを口外した。
それまでもアマンダは茶会に出席をしていたのだが、それらは男爵家や準男爵家に平民も混ざる様な下級貴族の催す会ばかりであった。
アマンダがアルフォンの最愛であろうとも正妻はキャスリーンであり、公の社交では高位貴族は皆キャスリーンを正式な侯爵夫人と見做していたから、アマンダが彼らの催しに招待されることは無かった。
その日の茶会も、いつもの下級貴族家の茶会で、そこでアマンダは、自身の懐妊とキャスリーンに替わってアマンダが侯爵夫人と認められた事、それ故キャスリーンは本邸から離れに移されアマンダが本邸に迎えられたことを面前の婦人らに話して聞かせた。
彼女との付き合いもこれまでと、アマンダと距離を置く事を決めた貴族家も確かにあったが、面白可笑しく吹聴する者の方が多かったらしく、瞬く間にその話は下級貴族のみならず高位貴族、遂にはアンソニーの耳に届く程広がってしまったのである。
アンソニーは訪問のその当日に先触れを出した。
約束の時間に侯爵邸を訪れれば、青い顔をした家令と執事、彼らを側に侍らせるアマンダに迎えられたのである。
アルフォンは既に出仕した後であるから、彼女を抑えられる者はいないのだろう。
アンソニーは先触れに際して「侯爵家夫人」を宛先とした。そこにキャスリーンの名を記さなかった。
勿論、ロアンもフランツもアンソニーの面会はキャスリーンへ求められたものと解っていても、王太子が侯爵家を訪うと何処で耳にしたのか、アマンダが迎えに出ると引き下がらない。
懐妊しているアマンダを無理矢理に退かせる事も出来ず、かと言ってここにキャスリーンを呼び寄せ態々修羅場を作る訳にも行かない。
アルフォンが何故にこれほどアマンダを甘やかすのか甚だ理解が出来ないが、アルフォンがアマンダの行動を黙認している内は使用人は彼女を優先せざるを得ない状況にあった。
アマンダの姿を一瞥したアルフォンは、
「貴様、誰だ。」
あの軽口ばかりペラペラ喋る彼とは思えぬ冷たい声を発した。
アマンダはカーテシーから面を上げることを許されぬまま放置されて、
「キャスリーンは何処だ」
その言葉にドレスを抓む手が震えた。
そうして離れに案内されたアンソニーは、絵に描いた様な貴族の非常識が目の前に展開されている様に、厳しい表情を見せたのである。
「アルフォンは私が少年の頃から仕えていた。」
アンソニーの声は温度を感じさせない。
「兄のように慕った時期もある。剣の稽古をしてもらったことも。
頼もしい腹心の側近だと信頼していた。有能であったし頼みにもしていた。
だから何度も目溢ししたのは、彼奴にも何か考えている事があるのだろうと信じたかったからだ。
残念だ。
私は見誤った様だな。
どうやら彼奴は何も考えてはいなかったらしい。唯の阿呆に成り下がった。釣り上げた魚で程度が知れた。
しかしキャスリーン。私と公は分けねばならない。私生活がどうしようも無いとしても政に才があるのを認めぬ訳には行かないのだ。お前に利を齎さない夫でも私の部下に変わりはない。分かってくれるな?」
キャスリーンには何も言えない。
全てはアルフォンとアマンダの心ひとつで決まるのだから、キャスリーンに口出し出来る事は何も無い。
ロアンはこの件に関して確かに義父母に知らせた筈だが、彼らが動いた気配は無い。
それは生家も同じで、とうとう愛人に負かされて追いやられたか位にしか父は思っていないのだろう。
「それでお前、どうするんだ。これで良いのか。」
「良いも何も、私には何も権限がございませんから。」
「家政も執務もお前が執り行っていると聞くが。」
「はい。その様に夫から命じられましたから。」
「お前、奴隷に成り下がったのか。」
「奴隷?」
「今のお前を世間では奴隷と言うのだ。」
「まあ。」
「はああぁぁぁ~。」
「殿下、どうなされました?どこかお加減でも、」
「私の心配した時間を返せ。」
「え?」
「何でそんなに顔色が良い。ついでに楽しそうにしている。」
「楽しそう?そう見えますか?」
「そうとしか見えん。」
「ではそうなのですね。確かにそうかも知れません。此処は日当たりも良くて暖かくて、ご覧下さいませ、何処も彼処も美しく心地良いのです。ジェントルがご機嫌なのですから私もご機嫌ですわ。」
「小鳥を肩に乗せて言われると真実味が増すな。」
「ぴこっ」
「まあ!ジェントル、お返事したのね。偉いわ、賢い子ね。」
「とんだ親馬鹿だな。」
人払いのされた離れの一室、キャスリーンの私室で、アンソニーとキャスリーンは二人きりで語り合った。
客室へ案内しようするフランツを手で制して、アンソニーは頭を垂れていた侍女に離れのキャスリーンの部屋まで案内させた。
入り口の扉は王太子を護衛する近衛騎士達に立ち塞がれて、侯爵家の人間は誰一人として入室を許されていない。お茶すら饗す事を断られた。
「なあ、キャスリーン。お前、城に上がらないか。」
「それはどういう?」
「マルガリーテに仕えないか。」
「まあ。」
「お前を案じている。此処にいても先は無いぞ。」
「ええ、確かに。殿下に古書と目録をお納めするまではここにいる事は許されておりますが。」
「今、何と言った。」
「ふふ」
「ええい、焦らすな!早く言え!」
「古書の修復と併せて目録を作ります。既にレオナルドへは依頼済です。そちらを殿下に奉上させて頂きます。チェイスター伯爵様をご紹介頂き小鳥を斡旋下さいました殿下へ私からの御礼にございます。夫からは許しを得ておりますのでご心配には及びません。」
「...真か、」
「真でございます。」
「やはりお前、マルガリーテの元に来い。お前の面倒くらい幾らでも見てやる。こんな所、今直ぐ出るんだ。その肩の小鳥も一緒に連れてこい。」
わちゃわちゃと戯れる声が微かに扉の外に漏れ聞こえて、近衛騎士達も漸く胸を撫で下ろした。
長い足を持て余すように足組をして、相変わらず仰け反るようにソファに座りながらも、眉間は顰められて常より厳しい表情を浮かべている。
全くもって偉そうな態度であるが、本当に偉いのだから仕方が無い。
「アマンダ様がご懐妊なされたのです。」
「ああ、それなら聞き及んでいる。まあ、王都中の貴族が知ってるんじゃないか?」
アマンダが茶会の席で、アルフォンの子を懐妊していることを口外した。
それまでもアマンダは茶会に出席をしていたのだが、それらは男爵家や準男爵家に平民も混ざる様な下級貴族の催す会ばかりであった。
アマンダがアルフォンの最愛であろうとも正妻はキャスリーンであり、公の社交では高位貴族は皆キャスリーンを正式な侯爵夫人と見做していたから、アマンダが彼らの催しに招待されることは無かった。
その日の茶会も、いつもの下級貴族家の茶会で、そこでアマンダは、自身の懐妊とキャスリーンに替わってアマンダが侯爵夫人と認められた事、それ故キャスリーンは本邸から離れに移されアマンダが本邸に迎えられたことを面前の婦人らに話して聞かせた。
彼女との付き合いもこれまでと、アマンダと距離を置く事を決めた貴族家も確かにあったが、面白可笑しく吹聴する者の方が多かったらしく、瞬く間にその話は下級貴族のみならず高位貴族、遂にはアンソニーの耳に届く程広がってしまったのである。
アンソニーは訪問のその当日に先触れを出した。
約束の時間に侯爵邸を訪れれば、青い顔をした家令と執事、彼らを側に侍らせるアマンダに迎えられたのである。
アルフォンは既に出仕した後であるから、彼女を抑えられる者はいないのだろう。
アンソニーは先触れに際して「侯爵家夫人」を宛先とした。そこにキャスリーンの名を記さなかった。
勿論、ロアンもフランツもアンソニーの面会はキャスリーンへ求められたものと解っていても、王太子が侯爵家を訪うと何処で耳にしたのか、アマンダが迎えに出ると引き下がらない。
懐妊しているアマンダを無理矢理に退かせる事も出来ず、かと言ってここにキャスリーンを呼び寄せ態々修羅場を作る訳にも行かない。
アルフォンが何故にこれほどアマンダを甘やかすのか甚だ理解が出来ないが、アルフォンがアマンダの行動を黙認している内は使用人は彼女を優先せざるを得ない状況にあった。
アマンダの姿を一瞥したアルフォンは、
「貴様、誰だ。」
あの軽口ばかりペラペラ喋る彼とは思えぬ冷たい声を発した。
アマンダはカーテシーから面を上げることを許されぬまま放置されて、
「キャスリーンは何処だ」
その言葉にドレスを抓む手が震えた。
そうして離れに案内されたアンソニーは、絵に描いた様な貴族の非常識が目の前に展開されている様に、厳しい表情を見せたのである。
「アルフォンは私が少年の頃から仕えていた。」
アンソニーの声は温度を感じさせない。
「兄のように慕った時期もある。剣の稽古をしてもらったことも。
頼もしい腹心の側近だと信頼していた。有能であったし頼みにもしていた。
だから何度も目溢ししたのは、彼奴にも何か考えている事があるのだろうと信じたかったからだ。
残念だ。
私は見誤った様だな。
どうやら彼奴は何も考えてはいなかったらしい。唯の阿呆に成り下がった。釣り上げた魚で程度が知れた。
しかしキャスリーン。私と公は分けねばならない。私生活がどうしようも無いとしても政に才があるのを認めぬ訳には行かないのだ。お前に利を齎さない夫でも私の部下に変わりはない。分かってくれるな?」
キャスリーンには何も言えない。
全てはアルフォンとアマンダの心ひとつで決まるのだから、キャスリーンに口出し出来る事は何も無い。
ロアンはこの件に関して確かに義父母に知らせた筈だが、彼らが動いた気配は無い。
それは生家も同じで、とうとう愛人に負かされて追いやられたか位にしか父は思っていないのだろう。
「それでお前、どうするんだ。これで良いのか。」
「良いも何も、私には何も権限がございませんから。」
「家政も執務もお前が執り行っていると聞くが。」
「はい。その様に夫から命じられましたから。」
「お前、奴隷に成り下がったのか。」
「奴隷?」
「今のお前を世間では奴隷と言うのだ。」
「まあ。」
「はああぁぁぁ~。」
「殿下、どうなされました?どこかお加減でも、」
「私の心配した時間を返せ。」
「え?」
「何でそんなに顔色が良い。ついでに楽しそうにしている。」
「楽しそう?そう見えますか?」
「そうとしか見えん。」
「ではそうなのですね。確かにそうかも知れません。此処は日当たりも良くて暖かくて、ご覧下さいませ、何処も彼処も美しく心地良いのです。ジェントルがご機嫌なのですから私もご機嫌ですわ。」
「小鳥を肩に乗せて言われると真実味が増すな。」
「ぴこっ」
「まあ!ジェントル、お返事したのね。偉いわ、賢い子ね。」
「とんだ親馬鹿だな。」
人払いのされた離れの一室、キャスリーンの私室で、アンソニーとキャスリーンは二人きりで語り合った。
客室へ案内しようするフランツを手で制して、アンソニーは頭を垂れていた侍女に離れのキャスリーンの部屋まで案内させた。
入り口の扉は王太子を護衛する近衛騎士達に立ち塞がれて、侯爵家の人間は誰一人として入室を許されていない。お茶すら饗す事を断られた。
「なあ、キャスリーン。お前、城に上がらないか。」
「それはどういう?」
「マルガリーテに仕えないか。」
「まあ。」
「お前を案じている。此処にいても先は無いぞ。」
「ええ、確かに。殿下に古書と目録をお納めするまではここにいる事は許されておりますが。」
「今、何と言った。」
「ふふ」
「ええい、焦らすな!早く言え!」
「古書の修復と併せて目録を作ります。既にレオナルドへは依頼済です。そちらを殿下に奉上させて頂きます。チェイスター伯爵様をご紹介頂き小鳥を斡旋下さいました殿下へ私からの御礼にございます。夫からは許しを得ておりますのでご心配には及びません。」
「...真か、」
「真でございます。」
「やはりお前、マルガリーテの元に来い。お前の面倒くらい幾らでも見てやる。こんな所、今直ぐ出るんだ。その肩の小鳥も一緒に連れてこい。」
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