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「キャスリーン様、キャスリーン様がお出になる必要はございません。只今ロアンが応対しております。」
「けれどもフランツ、あちらは私に用件がお有りなのでしょう?」
「お聞きになる必要はございません。夕刻には旦那様がお戻りになります。旦那様からお話し頂きます。」
「もう邸内にいらっしゃるのでしょう?旦那様がお戻りになるまで待たせる訳にはいかないわ。私がお話しを伺いましょう。」
「キャスリーン様!」
キャスリーンはフランツの制止も受け流して客室へと向かった。
邸内の空気がいつもと違う。当然だろう。嵐の前触れを予感して使用人達は息を潜めて見守っている。
「初めまして。キャスリーン・シェフィールド・ノーマンと申します。お呼びと伺い参りました、モートン男爵令嬢様。」
蒼白な顔をしたロアンが佇むその横、客間のソファの上座には可の令嬢が座っていた。
アルフォンの恋人、アマンダである。
アルフォンが王城へ出仕して間もなく本邸に姿を現した。侍女も護衛も撒いて来たのか、単身で訪れた。
結い上げず降ろしたままの淡い金の髪がふわりと揺れる。大きな垂れ気味の翠の瞳が実年齢よりも彼女を幼く見せていた。
アルフォンの最愛、アマンダ嬢は乙女のあどけなさと儚さを漂わせた淡い色合いの可憐な女性であった。
初見でキャスリーンは納得した。
愛される訳である。これ程可憐な令嬢ならば、爵位も家柄も考えず、本妻も愛人も関係せずにただ只管囲い込んで愛したいと思うだろう。
年若のキャスリーンでも理解出来ることであった。
アマンダは眉根を僅かに顰めてキャスリーンを見ている。
そうして先程のキャスリーンの挨拶には答えず座したままで、早速本題に入った。緊張しているのだろうか、自身の名を名乗るのも失念している。その表情は硬い。
「わたくし、懐妊しましたのよ。アルフォンの子ですわ。侯爵家の後継がここにおりますの。」
そう言ってアマンダは腹部を撫でた。
声音まであどけなさが残って愛くるしい。
「それで申し上げたくて。わたくし、侯爵家の嫡子の母となりますでしょう?ですからこれからは、わたくしがアルフォンを支えようかと。聞けば貴女も家政は春から習ったばかりだと言うではないですか。であればわたくしも学べば家政くらいなら出来ますわ。」
ああ、成る程そう云う事なら仕方が無い。確かに可及の用件に違いない。
キャスリーンは納得したのであった。
「キャスリーン様、なりません。旦那様がお戻りになるまでお待ち下さい。」
「いいえ、フランツ。そう言う訳には行かないわ。お子が出来たのよ?嫡子よ?」
「しかし、だからと言ってキャスリーン様が出て行かれる必要はっ」
「出て行くのではないわ。移るだけよ。それよりフランツ。折角貴方から家政を教えてもらったのに、こんなに早く無駄になってしまってごめんなさいね。」
「そんな事は仰らないで下さい。どうか、どうかお待ち下さい!」
ロアンがアマンダの相手をしている間に、フランツはどうにかキャスリーンを説得しようと試みた。
けれども、キャスリーンは引かなかった。
「フランツ。アマンダ様は旦那様の最愛のお方です。私の婚姻と同時に離れに住まわせる程、深い愛をお受けになっているお方なのよ?アマンダ様の言葉は旦那様のお言葉だと理解しました。私はそれに従わねばなりません。それだけの立場でしかないのですもの。貴方なら解ってくれるでしょう?」
「そんな事はございません。旦那様はその様な非情なお方ではございません。」
「そうかしら。今迄も十分非情であったと思います。」
「それは..、」
「兎に角、早急に移動だけでもしなければ。後の事は旦那様とお話しして決めて頂戴。」
「キャスリーン様こそ当主夫人でいらっしゃいます。私がお仕えしているのは旦那様とキャスリーン様です。」
「ならばフランツ。私が邸を出るのを希んだなら貴方はそれに従ってくれる?」
フランツはそれに言葉を返す事が出来なかった。
「キャスリーン!何を考えている!」
王城から戻ったらしいアルフォンが、勢い余って転がるように入って来た。
ノックの一つも無いままに。
「何をと仰いますが、仕方がございませんでした。アマンダ様から、あっ、失礼致しました。」
キャスリーンはそこで居住まいを正す。
「旦那様、アマンダ様のご懐妊おめでとうございます。」
「だから君は何を言っている!何故君が離れにいるんだ!」
「ですから、アマン「アマンダは関係無い!」
「ですが今朝ほど本邸にアマンダ様がいらっしゃいまして私との会合をお求めになられたのです。」
「!!」
「旦那様のお子をご懐妊されたと伺いました。侯爵家の後継の母になるからと、これからはアマンダ様が旦那様をお支えするとお望みでした。家政も引き受けロアンとフランツから習うからと。それから仰いました。話は終わったから下がって良いと。」
アマンダはあの後、話はこれでお終いだから貴女はもう下がって良いわよと言ったのである。
「何を訳の分からんことを言っているのだ!」
「そう仰ったのはアマンダ様です。フランツ達も聞いておりました。」
「それは、」
「お義父様にはロアンが文を出しております。直にお許しが出るでしょう。」
「何故君が出て行く。」
「アマンダ様がそうお望みに「私は指示していない!」
「ですが、アマンダ様のお言葉は旦那様のお言葉だと理解しておりました。」
「何故君がアマンダを優先するんだ!」
「アマンダ様は旦那様の最愛のお方ですから。」
「...」
「私は本来在るべき場所へ移ったまでです。それで旦那様。ご相談したい事が。」
「...何だ。」
キャスリーンはここが交渉の要だと、この機会を逃すまいと慎重に話を始める。
「けれどもフランツ、あちらは私に用件がお有りなのでしょう?」
「お聞きになる必要はございません。夕刻には旦那様がお戻りになります。旦那様からお話し頂きます。」
「もう邸内にいらっしゃるのでしょう?旦那様がお戻りになるまで待たせる訳にはいかないわ。私がお話しを伺いましょう。」
「キャスリーン様!」
キャスリーンはフランツの制止も受け流して客室へと向かった。
邸内の空気がいつもと違う。当然だろう。嵐の前触れを予感して使用人達は息を潜めて見守っている。
「初めまして。キャスリーン・シェフィールド・ノーマンと申します。お呼びと伺い参りました、モートン男爵令嬢様。」
蒼白な顔をしたロアンが佇むその横、客間のソファの上座には可の令嬢が座っていた。
アルフォンの恋人、アマンダである。
アルフォンが王城へ出仕して間もなく本邸に姿を現した。侍女も護衛も撒いて来たのか、単身で訪れた。
結い上げず降ろしたままの淡い金の髪がふわりと揺れる。大きな垂れ気味の翠の瞳が実年齢よりも彼女を幼く見せていた。
アルフォンの最愛、アマンダ嬢は乙女のあどけなさと儚さを漂わせた淡い色合いの可憐な女性であった。
初見でキャスリーンは納得した。
愛される訳である。これ程可憐な令嬢ならば、爵位も家柄も考えず、本妻も愛人も関係せずにただ只管囲い込んで愛したいと思うだろう。
年若のキャスリーンでも理解出来ることであった。
アマンダは眉根を僅かに顰めてキャスリーンを見ている。
そうして先程のキャスリーンの挨拶には答えず座したままで、早速本題に入った。緊張しているのだろうか、自身の名を名乗るのも失念している。その表情は硬い。
「わたくし、懐妊しましたのよ。アルフォンの子ですわ。侯爵家の後継がここにおりますの。」
そう言ってアマンダは腹部を撫でた。
声音まであどけなさが残って愛くるしい。
「それで申し上げたくて。わたくし、侯爵家の嫡子の母となりますでしょう?ですからこれからは、わたくしがアルフォンを支えようかと。聞けば貴女も家政は春から習ったばかりだと言うではないですか。であればわたくしも学べば家政くらいなら出来ますわ。」
ああ、成る程そう云う事なら仕方が無い。確かに可及の用件に違いない。
キャスリーンは納得したのであった。
「キャスリーン様、なりません。旦那様がお戻りになるまでお待ち下さい。」
「いいえ、フランツ。そう言う訳には行かないわ。お子が出来たのよ?嫡子よ?」
「しかし、だからと言ってキャスリーン様が出て行かれる必要はっ」
「出て行くのではないわ。移るだけよ。それよりフランツ。折角貴方から家政を教えてもらったのに、こんなに早く無駄になってしまってごめんなさいね。」
「そんな事は仰らないで下さい。どうか、どうかお待ち下さい!」
ロアンがアマンダの相手をしている間に、フランツはどうにかキャスリーンを説得しようと試みた。
けれども、キャスリーンは引かなかった。
「フランツ。アマンダ様は旦那様の最愛のお方です。私の婚姻と同時に離れに住まわせる程、深い愛をお受けになっているお方なのよ?アマンダ様の言葉は旦那様のお言葉だと理解しました。私はそれに従わねばなりません。それだけの立場でしかないのですもの。貴方なら解ってくれるでしょう?」
「そんな事はございません。旦那様はその様な非情なお方ではございません。」
「そうかしら。今迄も十分非情であったと思います。」
「それは..、」
「兎に角、早急に移動だけでもしなければ。後の事は旦那様とお話しして決めて頂戴。」
「キャスリーン様こそ当主夫人でいらっしゃいます。私がお仕えしているのは旦那様とキャスリーン様です。」
「ならばフランツ。私が邸を出るのを希んだなら貴方はそれに従ってくれる?」
フランツはそれに言葉を返す事が出来なかった。
「キャスリーン!何を考えている!」
王城から戻ったらしいアルフォンが、勢い余って転がるように入って来た。
ノックの一つも無いままに。
「何をと仰いますが、仕方がございませんでした。アマンダ様から、あっ、失礼致しました。」
キャスリーンはそこで居住まいを正す。
「旦那様、アマンダ様のご懐妊おめでとうございます。」
「だから君は何を言っている!何故君が離れにいるんだ!」
「ですから、アマン「アマンダは関係無い!」
「ですが今朝ほど本邸にアマンダ様がいらっしゃいまして私との会合をお求めになられたのです。」
「!!」
「旦那様のお子をご懐妊されたと伺いました。侯爵家の後継の母になるからと、これからはアマンダ様が旦那様をお支えするとお望みでした。家政も引き受けロアンとフランツから習うからと。それから仰いました。話は終わったから下がって良いと。」
アマンダはあの後、話はこれでお終いだから貴女はもう下がって良いわよと言ったのである。
「何を訳の分からんことを言っているのだ!」
「そう仰ったのはアマンダ様です。フランツ達も聞いておりました。」
「それは、」
「お義父様にはロアンが文を出しております。直にお許しが出るでしょう。」
「何故君が出て行く。」
「アマンダ様がそうお望みに「私は指示していない!」
「ですが、アマンダ様のお言葉は旦那様のお言葉だと理解しておりました。」
「何故君がアマンダを優先するんだ!」
「アマンダ様は旦那様の最愛のお方ですから。」
「...」
「私は本来在るべき場所へ移ったまでです。それで旦那様。ご相談したい事が。」
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