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アンソニーの突撃訪問を受けた翌日に、レオナルドより書簡が届いた。
内容は、確認出来た古書の状態、修復工程の説明、仕上がりの日数、修復に掛かる費用等の詳細が記されていた。
そしてやはりアンソニーが言ったように、目録を作成する事を勧める旨が記されていた。目録には、書名・著者名・出版年代・書籍の形態など書誌に関する項目に加えて、所蔵がノーマン侯爵家によるものを明記する。
これらの経過報告は、昨日の段階では既に書簡に記されていたと思われた。それを偶々工房を訪れたアンソニーが目にして、態々書簡が侯爵家へ届く前に邸に突入したのだと容易く予想された。
イタズラを仕掛けるアンソニーの顔が思い浮かぶ。暇なのか?
眉を顰めていたらしいキャスリーンにフランツが案じたしく、
「キャスリーン様、何か不都合でも?」
と尋ねて来た。
「いいえ、問題無いわ。費用も思った程ではなかったから旦那様にお伝えしましょう。」
そう答えれば安心した様であった。
その日は、久しぶりにアルフォンと夫妻の部屋で夜を共にした。
アルフォンは、愛人以外には愛を捧げない。元より寡黙であるのに、愛する人以外には無言のままに距離を置く。しかし、だからと言ってキャスリーンを粗末に扱う訳では無かった。
キャスリーンにとって、アルフォンは初めて身を任せた男であったし、硬い身体を解して快楽を教え込んだのはアルフォン唯一人である。
一般的な夫婦の睦事がどうであるのかキャスリーンは誰かに確かめた事など無いのだから、夫に組みしだかれる行為にどんな心情の交流があるのか分らない。
しかし確かに言えるのは、この行為に愛情は存在しないと云う事だった。
これは後継を得る為だけの行為であって、若しくはアルフォンの生理的な欲求を解消する為の行為であって、キャスリーンの心や身体を愛でたり慈しむものではない。
キャスリーンも、そこに愛を求めた事は無かった。
愛人がいたとして、それがキャスリーンの目の届かない所に秘されていたとしたなら、百歩譲って愛人を離れに住まわせたとしても、アルフォンがそれとは別にキャスリーンに対してもそれなりの愛を示してくれたなら、キャスリーンはアルフォンに同等の愛を返しただろう。
一切の心の交わらない身体だけの行為を、キャスリーンは瞼を閉じて夫を瞳に映す事なく、齎される快楽を逃しながら只管終わりを待つのである。
「キャスリーン」
その日、閨で名を呼ばれて驚いたキャスリーンは思わず瞼を開いた。
覆いかぶさるアルフォンの顔が思った以上に近くて、キャスリーンは戸惑った。
行為の最中である。まだどちらも頂点を極めていない。作業の途中であるのに声を掛けられるだなんて。
この行為は作業である。完成品は子であって、その子を妊む為の務めである。
キャスリーンにはそれが夫人として迎えられた最大の目的であり課題であったから、これをクリアせねば生家に戻される事となる。
キャスリーンの顔を覗き込んでいたらしい夫が深く身を沈め、キャスリーンの身もいっぱいに埋め尽くされて、キャスリーンは思わず小さく唸った。
キャスリーンが頭を預ける枕にアルフォンが額を寄せる。
身体は何処もかしこも密着していて僅かな隙間も無い。
そんな状態で揺らされるからアルフォンの動きがダイレクトに伝わって、キャスリーンはいつもと異なる快楽に翻弄された。思わず我を忘れて漏れる声すら抑えられない。
その鳴き声を面白がる様に、アルフォンは緩急で益々キャスリーンを追い詰める。
耳元に唇を寄せて「キャスリーン」「キャスリーン」と繰り返し名を囁いた。
互いの息が乱れてもそれは途切れる事なく、最後の最後にアルフォンはキャスリーンに深い口付けを与えながら今宵の務めを終えた。
汗と諸々の液に塗れた身体は、いつもアルフォンが清めてくれる。それがこの行為のマナーであるらしかった。
その日もアルフォンが清めてくれるのを待っていた。
けれどその先は何時もと違っていた。
それはキャスリーンには到底想像出来ることではなかった。
アルフォンは、キャスリーンの両の太腿に手を添えたまま動かない。どうしたのかと閉じていた瞼を開いて、キャスリーンは息を飲んだ。
アルフォンは、キャスリーンの秘された場所を見つめていた。まるで初めて目にする様に、凝視と言ってよい見つめ方をしていた。
「だ、」旦那様と声を掛けようとして、キャスリーンは言葉を発する事が出来なかった。
アルフォンが徐ろに蹲りそこに口付けを落とした。
清める前であるから酷く汚れているのがキャスリーンにも分かっていた。だから突然の夫の行為に驚き以上に羞恥を覚えた。
そんなキャスリーンを更に辱めたのは、夫がそこを親指の腹で押さえた事であった。
子を宿す種が流れてしまわない様に。まるで栓をする様な行為である。
キャスリーンは絶望した。
あれほど望んで、夫人の責務だと受け入れていた行為に軽蔑を覚えた。
アダム様の子が欲しい。それ以外は欲しくない。
絶望の根拠が直ぐさま解って、キャスリーンは更に絶望を深めた。
この薄い身体には黒髪の彼の子を宿したい。青い瞳の彼の子を孕みたい。
白金でもなくシトリンでもなく。ああ、アマンダ。私は絶望してるのね。助けて頂戴。私をこの奈落の穴から引き上げてほしい。
キャスリーンは絶望の涙を零した。
内容は、確認出来た古書の状態、修復工程の説明、仕上がりの日数、修復に掛かる費用等の詳細が記されていた。
そしてやはりアンソニーが言ったように、目録を作成する事を勧める旨が記されていた。目録には、書名・著者名・出版年代・書籍の形態など書誌に関する項目に加えて、所蔵がノーマン侯爵家によるものを明記する。
これらの経過報告は、昨日の段階では既に書簡に記されていたと思われた。それを偶々工房を訪れたアンソニーが目にして、態々書簡が侯爵家へ届く前に邸に突入したのだと容易く予想された。
イタズラを仕掛けるアンソニーの顔が思い浮かぶ。暇なのか?
眉を顰めていたらしいキャスリーンにフランツが案じたしく、
「キャスリーン様、何か不都合でも?」
と尋ねて来た。
「いいえ、問題無いわ。費用も思った程ではなかったから旦那様にお伝えしましょう。」
そう答えれば安心した様であった。
その日は、久しぶりにアルフォンと夫妻の部屋で夜を共にした。
アルフォンは、愛人以外には愛を捧げない。元より寡黙であるのに、愛する人以外には無言のままに距離を置く。しかし、だからと言ってキャスリーンを粗末に扱う訳では無かった。
キャスリーンにとって、アルフォンは初めて身を任せた男であったし、硬い身体を解して快楽を教え込んだのはアルフォン唯一人である。
一般的な夫婦の睦事がどうであるのかキャスリーンは誰かに確かめた事など無いのだから、夫に組みしだかれる行為にどんな心情の交流があるのか分らない。
しかし確かに言えるのは、この行為に愛情は存在しないと云う事だった。
これは後継を得る為だけの行為であって、若しくはアルフォンの生理的な欲求を解消する為の行為であって、キャスリーンの心や身体を愛でたり慈しむものではない。
キャスリーンも、そこに愛を求めた事は無かった。
愛人がいたとして、それがキャスリーンの目の届かない所に秘されていたとしたなら、百歩譲って愛人を離れに住まわせたとしても、アルフォンがそれとは別にキャスリーンに対してもそれなりの愛を示してくれたなら、キャスリーンはアルフォンに同等の愛を返しただろう。
一切の心の交わらない身体だけの行為を、キャスリーンは瞼を閉じて夫を瞳に映す事なく、齎される快楽を逃しながら只管終わりを待つのである。
「キャスリーン」
その日、閨で名を呼ばれて驚いたキャスリーンは思わず瞼を開いた。
覆いかぶさるアルフォンの顔が思った以上に近くて、キャスリーンは戸惑った。
行為の最中である。まだどちらも頂点を極めていない。作業の途中であるのに声を掛けられるだなんて。
この行為は作業である。完成品は子であって、その子を妊む為の務めである。
キャスリーンにはそれが夫人として迎えられた最大の目的であり課題であったから、これをクリアせねば生家に戻される事となる。
キャスリーンの顔を覗き込んでいたらしい夫が深く身を沈め、キャスリーンの身もいっぱいに埋め尽くされて、キャスリーンは思わず小さく唸った。
キャスリーンが頭を預ける枕にアルフォンが額を寄せる。
身体は何処もかしこも密着していて僅かな隙間も無い。
そんな状態で揺らされるからアルフォンの動きがダイレクトに伝わって、キャスリーンはいつもと異なる快楽に翻弄された。思わず我を忘れて漏れる声すら抑えられない。
その鳴き声を面白がる様に、アルフォンは緩急で益々キャスリーンを追い詰める。
耳元に唇を寄せて「キャスリーン」「キャスリーン」と繰り返し名を囁いた。
互いの息が乱れてもそれは途切れる事なく、最後の最後にアルフォンはキャスリーンに深い口付けを与えながら今宵の務めを終えた。
汗と諸々の液に塗れた身体は、いつもアルフォンが清めてくれる。それがこの行為のマナーであるらしかった。
その日もアルフォンが清めてくれるのを待っていた。
けれどその先は何時もと違っていた。
それはキャスリーンには到底想像出来ることではなかった。
アルフォンは、キャスリーンの両の太腿に手を添えたまま動かない。どうしたのかと閉じていた瞼を開いて、キャスリーンは息を飲んだ。
アルフォンは、キャスリーンの秘された場所を見つめていた。まるで初めて目にする様に、凝視と言ってよい見つめ方をしていた。
「だ、」旦那様と声を掛けようとして、キャスリーンは言葉を発する事が出来なかった。
アルフォンが徐ろに蹲りそこに口付けを落とした。
清める前であるから酷く汚れているのがキャスリーンにも分かっていた。だから突然の夫の行為に驚き以上に羞恥を覚えた。
そんなキャスリーンを更に辱めたのは、夫がそこを親指の腹で押さえた事であった。
子を宿す種が流れてしまわない様に。まるで栓をする様な行為である。
キャスリーンは絶望した。
あれほど望んで、夫人の責務だと受け入れていた行為に軽蔑を覚えた。
アダム様の子が欲しい。それ以外は欲しくない。
絶望の根拠が直ぐさま解って、キャスリーンは更に絶望を深めた。
この薄い身体には黒髪の彼の子を宿したい。青い瞳の彼の子を孕みたい。
白金でもなくシトリンでもなく。ああ、アマンダ。私は絶望してるのね。助けて頂戴。私をこの奈落の穴から引き上げてほしい。
キャスリーンは絶望の涙を零した。
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