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「あの古書は、やはり二百年程前のものであるらしい。痛みは酷いが修復出来ない程でもないそうだ。安心しろ。」
「私はレオナルドから進捗報告を貰う予定でしたが。」
「うん。だから今説明しておる。」
「何故、殿下が。」
「見てきたからな。」
控えている侍女にお茶のお代わりを淹れてもらうと「美味いな、この茶葉」と呑気な事を言っている。
お茶目当てに突撃回数が増えるのは阻止したい。これからは等級の劣る茶葉を用意せねば。キャスリーンは仄暗い決意をする。
「目録を作るべきだな。」
「それ程のものでございましたか。」
「うん。あれを集めた当時の侯爵当主は審美眼があったのだな。文学に造詣が深かったのかな。」
「なんて素晴らしい。」
「全くだ。」
「キャスリーン。」
暫くお茶を楽しんでいたらしいアンソニーが、改まった風にキャスリーンを呼ぶ。
「なんでございましょう。殿下。」
「私は望んでこの身分に生まれた訳では無い。」
「もし夢が叶うのだとしたら、考古学者にでもなりたかったな。古の遺物を探し求めて世界を旅する。見つけたならそれを発掘して解明する。その為には古い文字を学ばねばならぬし天文学にも明るくなければならない。天体についても知識が必要だからな。古の人々は天空の星から科学を見出していた。
幼い頃にお前と会った日を憶えているか?彼処に展示していた遺物、あの遺物が始まりであった。何が書かれているのかどうしても知りたかった。だから師を得て学んだ。
キャスリーン。お前は私の数少ない同志だ。お前は身分で人を見ない。まあ私をみる目はなかなかに冷たいが、そこもグッと来て気に入っている。
だからお前が本分の及ばぬ所で苦労するのは気に入らないのだ。
前に言ったろう。私は仕事が出来る男だ。お前の役に立つ。頼るんだ、困った時には。」
言いたい事をまるまる言い捨てて、アンソニーは帰って行った。
去り際に、「この容姿は気に入っているんだ。このままの姿で生まれ変わって冒険者にでもなりたいな。」等と不埒は発言をして最後まで護衛を慌てさせた。
「嵐の様なお方ですね。」
「そうね。全く。」
「キャスリーン様はいつもこの様に殿下とはお親しいので?」
「いいえ。生家にいた頃は、訪いを受けた事は一度も無かったわ。ここへ嫁いで来てからよ。私も驚いているの。」
「では、どうやって親交を深められたので?」
「城に呼ばれていたの。殿下の授業の日に。」
「...」
フランツはそれ以上は聞いては来なかった。それから、旦那様のお帰りが遅いのを料理長に伝えると言って厨房の方へ向かって行った。
アンソニーの言葉通り、アルフォンは常より一刻半ほど遅く帰宅した。心なし疲れた表情をしており、その晩は自室で休むらしかった。
最近、離れへ訪う頻度が減っている。
愛人は彼の訪いを待っている事だろう。
他人の思惑に左右される暮らし。愛する男を待つのだとしても、それは果たして幸せな事なのだろうか。
私なら..
そう考えてキャスリーンは思った。
アダム様。貴方様なら待てるかもしれない。いいえ、そうではなくて、貴方様なら待つのも幸せに思えるかもしれない。
貴方に次にお会い出来るのはいつかしら。またお会い出来るかしら。
待つ時間とは、なんと切なく甘く寂しいものなのだろう。
「私も鳥が欲しいわ。」
アマンダの目と耳を楽しませ、アダムと会えない寂しさを慰めた美しい鳥とは。
「まあ!私ったら、名を聞かなかったわ。」
アンソニーは、その鳥に覚えがあるらしかった。多分その名も知っていた筈なのに、名を確かめることを失念してしまった。
「アマンダ、貴女は解ったの?」
きっとアマンダも同じ事を考えた筈で、キャスリーンはそれを確かめたくって猛烈に図書室に行きたくなった。あの黒革の日記を開いて、アマンダの言葉を聞きたかった。
まとまった時間を作ることは難しい。
王城務めの夫に代わって、侯爵当主の執務を一部であるが肩代わりしているキャスリーンは、夫人の家政以外にも熟さねばならない執務がある。
「時間が欲しいわね。そうだわ。」
「お着替えをご自分で?」
「ええ、そうなの。」
「何か私共に失礼がございましたでしょうか。」
「いいえ、そうではないのよ。ただ、早朝は気持ちが良いでしょう?散策や読書にうってつけなのですもの。けれど、身支度しなければ部屋からは出られないし、早い時間に侍女達を呼ぶのは申し訳無いと思って。」
「お仕事がご負担になっていらっしゃるのでしたら、」
「いいえ、フランツ。そんなのではないの。ただ静かな時間が欲しいだけなのよ。」
フランツに相談すれば、直ぐに手配をしてくれた。一人で脱ぎ着が出来るワンピース。デイドレスの代わりにもなる上質の物を揃えてくれた。
髪は侍女に習って、手間の要らない纏め髪の仕方を教わった。
侯爵邸は部屋にもお湯が通っている。
私室の隣に浴室があり、そこにパイプでお湯が送られて来ることから、生家の様にお湯を運ばずとも湯を浴びる事が出来る。
朝の為の衣類を前日から用意してもらえれば、目覚めたら自分で身支度を整えるのも可能なことに思われた。
暖炉の火の起こし方も教えてもらう。
少しコツがいって戸惑ったが、それも直ぐに出来るようになった。
「いつでも一人暮らしができそうね。」
「滅相な事を仰らないで下さいませ。」
メイドが青くなるのが可笑しくて、つい笑ってしまうと、メイドも安堵したのか笑みが戻った。
「私はレオナルドから進捗報告を貰う予定でしたが。」
「うん。だから今説明しておる。」
「何故、殿下が。」
「見てきたからな。」
控えている侍女にお茶のお代わりを淹れてもらうと「美味いな、この茶葉」と呑気な事を言っている。
お茶目当てに突撃回数が増えるのは阻止したい。これからは等級の劣る茶葉を用意せねば。キャスリーンは仄暗い決意をする。
「目録を作るべきだな。」
「それ程のものでございましたか。」
「うん。あれを集めた当時の侯爵当主は審美眼があったのだな。文学に造詣が深かったのかな。」
「なんて素晴らしい。」
「全くだ。」
「キャスリーン。」
暫くお茶を楽しんでいたらしいアンソニーが、改まった風にキャスリーンを呼ぶ。
「なんでございましょう。殿下。」
「私は望んでこの身分に生まれた訳では無い。」
「もし夢が叶うのだとしたら、考古学者にでもなりたかったな。古の遺物を探し求めて世界を旅する。見つけたならそれを発掘して解明する。その為には古い文字を学ばねばならぬし天文学にも明るくなければならない。天体についても知識が必要だからな。古の人々は天空の星から科学を見出していた。
幼い頃にお前と会った日を憶えているか?彼処に展示していた遺物、あの遺物が始まりであった。何が書かれているのかどうしても知りたかった。だから師を得て学んだ。
キャスリーン。お前は私の数少ない同志だ。お前は身分で人を見ない。まあ私をみる目はなかなかに冷たいが、そこもグッと来て気に入っている。
だからお前が本分の及ばぬ所で苦労するのは気に入らないのだ。
前に言ったろう。私は仕事が出来る男だ。お前の役に立つ。頼るんだ、困った時には。」
言いたい事をまるまる言い捨てて、アンソニーは帰って行った。
去り際に、「この容姿は気に入っているんだ。このままの姿で生まれ変わって冒険者にでもなりたいな。」等と不埒は発言をして最後まで護衛を慌てさせた。
「嵐の様なお方ですね。」
「そうね。全く。」
「キャスリーン様はいつもこの様に殿下とはお親しいので?」
「いいえ。生家にいた頃は、訪いを受けた事は一度も無かったわ。ここへ嫁いで来てからよ。私も驚いているの。」
「では、どうやって親交を深められたので?」
「城に呼ばれていたの。殿下の授業の日に。」
「...」
フランツはそれ以上は聞いては来なかった。それから、旦那様のお帰りが遅いのを料理長に伝えると言って厨房の方へ向かって行った。
アンソニーの言葉通り、アルフォンは常より一刻半ほど遅く帰宅した。心なし疲れた表情をしており、その晩は自室で休むらしかった。
最近、離れへ訪う頻度が減っている。
愛人は彼の訪いを待っている事だろう。
他人の思惑に左右される暮らし。愛する男を待つのだとしても、それは果たして幸せな事なのだろうか。
私なら..
そう考えてキャスリーンは思った。
アダム様。貴方様なら待てるかもしれない。いいえ、そうではなくて、貴方様なら待つのも幸せに思えるかもしれない。
貴方に次にお会い出来るのはいつかしら。またお会い出来るかしら。
待つ時間とは、なんと切なく甘く寂しいものなのだろう。
「私も鳥が欲しいわ。」
アマンダの目と耳を楽しませ、アダムと会えない寂しさを慰めた美しい鳥とは。
「まあ!私ったら、名を聞かなかったわ。」
アンソニーは、その鳥に覚えがあるらしかった。多分その名も知っていた筈なのに、名を確かめることを失念してしまった。
「アマンダ、貴女は解ったの?」
きっとアマンダも同じ事を考えた筈で、キャスリーンはそれを確かめたくって猛烈に図書室に行きたくなった。あの黒革の日記を開いて、アマンダの言葉を聞きたかった。
まとまった時間を作ることは難しい。
王城務めの夫に代わって、侯爵当主の執務を一部であるが肩代わりしているキャスリーンは、夫人の家政以外にも熟さねばならない執務がある。
「時間が欲しいわね。そうだわ。」
「お着替えをご自分で?」
「ええ、そうなの。」
「何か私共に失礼がございましたでしょうか。」
「いいえ、そうではないのよ。ただ、早朝は気持ちが良いでしょう?散策や読書にうってつけなのですもの。けれど、身支度しなければ部屋からは出られないし、早い時間に侍女達を呼ぶのは申し訳無いと思って。」
「お仕事がご負担になっていらっしゃるのでしたら、」
「いいえ、フランツ。そんなのではないの。ただ静かな時間が欲しいだけなのよ。」
フランツに相談すれば、直ぐに手配をしてくれた。一人で脱ぎ着が出来るワンピース。デイドレスの代わりにもなる上質の物を揃えてくれた。
髪は侍女に習って、手間の要らない纏め髪の仕方を教わった。
侯爵邸は部屋にもお湯が通っている。
私室の隣に浴室があり、そこにパイプでお湯が送られて来ることから、生家の様にお湯を運ばずとも湯を浴びる事が出来る。
朝の為の衣類を前日から用意してもらえれば、目覚めたら自分で身支度を整えるのも可能なことに思われた。
暖炉の火の起こし方も教えてもらう。
少しコツがいって戸惑ったが、それも直ぐに出来るようになった。
「いつでも一人暮らしができそうね。」
「滅相な事を仰らないで下さいませ。」
メイドが青くなるのが可笑しくて、つい笑ってしまうと、メイドも安堵したのか笑みが戻った。
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