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『アダム・マクドネル・ハイントリー
ハイントリー公爵家次男
兄は現公爵家当主
此度の帰国により生家の従属爵位を継承する事が決まっている
得る爵位は伯爵位
爵位を継承後は
アダム・マクドネル・チェイスター伯爵と名を改める
語学の才に秀でており、優秀な成績で学園を卒業した後は帝国の大使館に駐在員として配属される
十二年間を大使の補佐官として務めた後に駐在大使に任命され、以後、十五年間を大使として帝国に駐在する
今夏、長き任務の功績から外務大臣の指名を受けて帰国
現在、四十五歳。独身、婚姻歴無し、庶子の存在確認出来ず』
事実だけを簡略に記した文。
けれども、文脈の端々に「こんな事を教えてくれる私は親切だろう?」と云う感謝を強要する空気がぷんぷん匂う。
平素は冷静なフランツが、今朝方緊張の面持ちでトレイに乗せて届けてくれた。
王家からの書簡であるから仕方が無い。
アルフォン宛なら当然だろうが、宛名はキャスリーンであったから、先日の突撃劇と合わせて、フランツも警戒しているらしかった。
アンソニーの感謝強要臭に鼻を抓みながら、キャスリーンは確かに感謝した。
流石は殿下だわ。こちらの思うことを思った先に回って手にして掲げて見せる。
これはエサね。何を得たいと?
古書の閲覧が目的ならば、お得意の突撃攻撃で何時でもこの邸にやって来られるだろうし、現在修復中の古書を、その作業工程からレオナルドの工房で観察する事も殿下であれば可能だろう。
真逆、私の関心の先に気付いて、そこに恋の匂いを嗅ぎつけた?
とんでもない乙女脳だわ。
キャスリーンの頭の中は、アンソニーに対する不敬な偏見でいっぱいになった。
「伯爵位を継承されるのね。御歳は四十五。とてもお若く見えたわ。」
ほんの一瞬目が合っただけであるのに、キャスリーンの瞳には映写機が映し出す画像のひとコマの様に、アダムの表情が鮮明な画像として焼き付いていた。
『アダム様は、夏休みの間、ご領地に帰られたのかもしれない。舞踏会でも見掛けなかった。見落しだなんてあり得ない。だって、私はあの方を世界一早く見付けてしまうのだもの。何処にいても即座に分かってしまうのだもの。アダム様の濡れ髪の様な艶やかな黒髪は、照明の灯りの元では本当に美しく輝くの。どうか誰もそれに気付きませんように。私にだけが分かります様に。』
『舞踏会は苦手。人が多い場所は辛くなる。皆、色んな事を考えて、それを綺麗に隠している。私の瞳は真っ黒だけど、彼らの真の顔が見えてしまう。綺麗な微笑みの下で、嘲ったり見下したり、面白可笑しくこちらの顔色が変わるのを楽しんでいたり。アダム様には、そんな事を感じた事は一度も無かった。アダム様の瞳はきっと、神話の湖の様に何処までも澄んで清らかで清廉なのだわ。だからあれほど美しい青色をしているのだわ。』
「アマンダ、寂しいのね。アダム様にお会い出来なくて。貴女こそ清廉よ。貴女の瞳に私はどう映るのかしら。貴女の親友として信頼してもらえるかしら。」
『お父様から珍しい鳥を頂戴した。大陸より南の方に、海を隔てたずっと南の方に孤島があって、そこに生息している鳥なのですって。とても綺麗な羽根の色をしているわ。そしてとても綺麗な声で鳴くの。何よりとっても可愛い!
貴重な鳥だそうだから、お父様はきっとご無理をなさった筈だわ。私が元気が無いと心配なさっていたから。』
『綺麗な羽根の鳥は雄なのですって。雌の心を捉えるために、美しい羽根と綺麗な声で乙女心を擽るんですって。なんて情熱的な鳥なのかしら。ミリアムが言うから信用出来るわ。だってミリアムは、いつだって私の髪を夏の夕日よりも煌めいて美しいと言ってくれるし、私の瞳を潤んでまるで湖を見ている様だと言ってくれる。何より彼女は嘘を付かない正直な人だもの。』
「ミリアムとは誰なのかしら。アマンダと親しく出来る人間。彼女を励ませる人間。友人?それとも使用人?
鳥を贈って頂いたのね。アマンダのお父様はなんてお優しい方なのかしら。私はあまり両親の事は知らないけれど、貴女はとても大切に愛されていたのね。」
美しい羽色に綺麗な鳴き声。どんな鳥なのだろう。大陸の南、海を隔てた孤島とは何処なのかしら。
「それならオーリア島だろう。」
「それは確かで?」
「私はこう見えて博識だ。お前よりはものを知っている。」
「...」
「まあまあ珍しい鳥ではあるが、最近は愛玩鳥として飼育されている。欲しいのか?」
「欲しいと言った後が怖いので、欲しくありませんとお答え致します。」
「お前が頼れる国一番の人間だと自負しているが。」
「貴方様は正真正銘国一番になられるお方です。」
「お前に褒められると嬉しいな。」
「褒めておりません。事実ですもの。」
鷹揚な口ぶりで長い足を持て余し気味に組んでソファに深く寄り掛かる男。それも紅茶片手であるからお行儀なんてお構い無しだ。
アンソニーはこの日、先触れと当時に侯爵邸を訪れた。
フランツは文と本人が数分の差で現れて、流石の彼も動揺するのが見て取れた。
「次は先触れのほうが文字通り先に来るでしょう。殿下なりに改善されていらっしゃる様ですから。」
「...。次もあるのですね。」
レオナルドに託した古書の修復に関して、その進捗を伝えに来たと言う。王太子が。
「殿下、この様な些事で王城を出られては、ご公務に差し障りがあるのではないでしょうか?」
「心配無用だ。雑事はお前の夫に預けて来た。今日は帰りが遅くなるだろうから晩餐は遅めに用意するのだな。」
可怪しな親切心を披露する王太子。その仕事、お前のだろうとは流石のキャスリーンにも言えなかった。
ハイントリー公爵家次男
兄は現公爵家当主
此度の帰国により生家の従属爵位を継承する事が決まっている
得る爵位は伯爵位
爵位を継承後は
アダム・マクドネル・チェイスター伯爵と名を改める
語学の才に秀でており、優秀な成績で学園を卒業した後は帝国の大使館に駐在員として配属される
十二年間を大使の補佐官として務めた後に駐在大使に任命され、以後、十五年間を大使として帝国に駐在する
今夏、長き任務の功績から外務大臣の指名を受けて帰国
現在、四十五歳。独身、婚姻歴無し、庶子の存在確認出来ず』
事実だけを簡略に記した文。
けれども、文脈の端々に「こんな事を教えてくれる私は親切だろう?」と云う感謝を強要する空気がぷんぷん匂う。
平素は冷静なフランツが、今朝方緊張の面持ちでトレイに乗せて届けてくれた。
王家からの書簡であるから仕方が無い。
アルフォン宛なら当然だろうが、宛名はキャスリーンであったから、先日の突撃劇と合わせて、フランツも警戒しているらしかった。
アンソニーの感謝強要臭に鼻を抓みながら、キャスリーンは確かに感謝した。
流石は殿下だわ。こちらの思うことを思った先に回って手にして掲げて見せる。
これはエサね。何を得たいと?
古書の閲覧が目的ならば、お得意の突撃攻撃で何時でもこの邸にやって来られるだろうし、現在修復中の古書を、その作業工程からレオナルドの工房で観察する事も殿下であれば可能だろう。
真逆、私の関心の先に気付いて、そこに恋の匂いを嗅ぎつけた?
とんでもない乙女脳だわ。
キャスリーンの頭の中は、アンソニーに対する不敬な偏見でいっぱいになった。
「伯爵位を継承されるのね。御歳は四十五。とてもお若く見えたわ。」
ほんの一瞬目が合っただけであるのに、キャスリーンの瞳には映写機が映し出す画像のひとコマの様に、アダムの表情が鮮明な画像として焼き付いていた。
『アダム様は、夏休みの間、ご領地に帰られたのかもしれない。舞踏会でも見掛けなかった。見落しだなんてあり得ない。だって、私はあの方を世界一早く見付けてしまうのだもの。何処にいても即座に分かってしまうのだもの。アダム様の濡れ髪の様な艶やかな黒髪は、照明の灯りの元では本当に美しく輝くの。どうか誰もそれに気付きませんように。私にだけが分かります様に。』
『舞踏会は苦手。人が多い場所は辛くなる。皆、色んな事を考えて、それを綺麗に隠している。私の瞳は真っ黒だけど、彼らの真の顔が見えてしまう。綺麗な微笑みの下で、嘲ったり見下したり、面白可笑しくこちらの顔色が変わるのを楽しんでいたり。アダム様には、そんな事を感じた事は一度も無かった。アダム様の瞳はきっと、神話の湖の様に何処までも澄んで清らかで清廉なのだわ。だからあれほど美しい青色をしているのだわ。』
「アマンダ、寂しいのね。アダム様にお会い出来なくて。貴女こそ清廉よ。貴女の瞳に私はどう映るのかしら。貴女の親友として信頼してもらえるかしら。」
『お父様から珍しい鳥を頂戴した。大陸より南の方に、海を隔てたずっと南の方に孤島があって、そこに生息している鳥なのですって。とても綺麗な羽根の色をしているわ。そしてとても綺麗な声で鳴くの。何よりとっても可愛い!
貴重な鳥だそうだから、お父様はきっとご無理をなさった筈だわ。私が元気が無いと心配なさっていたから。』
『綺麗な羽根の鳥は雄なのですって。雌の心を捉えるために、美しい羽根と綺麗な声で乙女心を擽るんですって。なんて情熱的な鳥なのかしら。ミリアムが言うから信用出来るわ。だってミリアムは、いつだって私の髪を夏の夕日よりも煌めいて美しいと言ってくれるし、私の瞳を潤んでまるで湖を見ている様だと言ってくれる。何より彼女は嘘を付かない正直な人だもの。』
「ミリアムとは誰なのかしら。アマンダと親しく出来る人間。彼女を励ませる人間。友人?それとも使用人?
鳥を贈って頂いたのね。アマンダのお父様はなんてお優しい方なのかしら。私はあまり両親の事は知らないけれど、貴女はとても大切に愛されていたのね。」
美しい羽色に綺麗な鳴き声。どんな鳥なのだろう。大陸の南、海を隔てた孤島とは何処なのかしら。
「それならオーリア島だろう。」
「それは確かで?」
「私はこう見えて博識だ。お前よりはものを知っている。」
「...」
「まあまあ珍しい鳥ではあるが、最近は愛玩鳥として飼育されている。欲しいのか?」
「欲しいと言った後が怖いので、欲しくありませんとお答え致します。」
「お前が頼れる国一番の人間だと自負しているが。」
「貴方様は正真正銘国一番になられるお方です。」
「お前に褒められると嬉しいな。」
「褒めておりません。事実ですもの。」
鷹揚な口ぶりで長い足を持て余し気味に組んでソファに深く寄り掛かる男。それも紅茶片手であるからお行儀なんてお構い無しだ。
アンソニーはこの日、先触れと当時に侯爵邸を訪れた。
フランツは文と本人が数分の差で現れて、流石の彼も動揺するのが見て取れた。
「次は先触れのほうが文字通り先に来るでしょう。殿下なりに改善されていらっしゃる様ですから。」
「...。次もあるのですね。」
レオナルドに託した古書の修復に関して、その進捗を伝えに来たと言う。王太子が。
「殿下、この様な些事で王城を出られては、ご公務に差し障りがあるのではないでしょうか?」
「心配無用だ。雑事はお前の夫に預けて来た。今日は帰りが遅くなるだろうから晩餐は遅めに用意するのだな。」
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