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【5】番外編 Side R&G
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「夜会振りね、グレース夫人。」
グレースは仕事柄、高貴な身分の貴人と関わる機会が多い。自身も伯爵夫人であるのだから当然なのだが、本日の茶会の席が特別なのは、招かれた先が王城だからだろう。
「先日のドレスもまた可憐な魅力があって素敵だったわね。残念なのは夫君があれを唯一無二と決めてしまって他を望めないことかしら。」
王妃は再び残念ねと呟く。
王家から文が届き、それは王妃陛下とテレシア大公女との茶会へのお誘いだったのだが、これは多分、夜会で着用したドレスの詳細を確かめたいのだと想像出来た。
「あのドレスの生地は隣国から夫が見本で取り寄せたのですが、ドレスの仕上がりと皆様方のお声を聞くに、多分近々纏まった量を仕入る事が出来るでしょう。そっくりとは参りませんが、あの生地とレースの組み合わせでデイドレスを作ろうかと「是非にお願いするわ。この娘の為に。」
王妃から食い気味に被せられて、王太子妃となるテレシアを娘と思う王妃の親心が微笑ましいとグレースは思った。
「それは主人も考えているところでしょう。お若いテレシア様にエクリュのドレスはきっと良くお似合いになると思いますわ。」
「そうよね、そうよね。クレアがもうすぐ居なくなってしまうものだから、なんだか寂しくて。手元に女の子がいてくれるのは嬉しいものよ。」
王妃が母の眼差しでテレシアを見つめるのを、テレシアも頬を染めて僅かに俯く。
テレシアは大公女と云う高い身分に有りながら、どこか控えめで内気な気質の令嬢である。まだ学園生であるのも一因であろうが、貴人の気品と落ち着きに初々しさを兼ね備えた可憐な令嬢である。
彼女であれば、甘やかなレース仕立てもきっと美しく映えるだろう。ロバートと制作について話し合おう、それから工房へは...と、早速頭の中で算段をする。
王妃とテレシアに退席の挨拶をして帰路に付く。王城の侍女に案内されて回廊を歩いていると、
「先日ぶりだな、グレース夫人。」
いつかの汗臭王太子もといアレックス王太子殿下に声を掛けられた。
いつも不思議に思うのだが、この広い王城には多くの人間が行き来しているのに、何処から聞きつけるのか彼はこうして目敏くグレースを見つけるのである。
「王国の若き「ああ、良い良い、堅苦しいのは無しだ。」
「アレックス殿下。」「それで良い。」
「先日も美しかったな。あのドレス、我が婚約者殿にも着せてみたいものだな。」
「はい。先程王妃様より御所望頂いたところです。」
「流石母上、話が早い。それでグレース夫人。」
アレックスがそこで僅かに表情を引き締めたのが解った。
「夫君より聞いているだろう。アレとは関わるな。これは忠告であり命令と思ってくれてよい。」
アレックスが言うアレに心当たりは一つしかない。
「承知致しました。」
その言葉にアレックスが頷く。
「未練など微塵も無かろうが、情けも無用だ。アレは爆弾を抱えているからな。まあ、不発弾ではあるが火薬は火薬だ。」
細君の隣国第三王女を指しているのだろう。
「釘は刺してある。心配はいらないと思うが、仮に何処かで見えても他人で通せ。解ったな。」
アレックスにしては厳しい物言いである。それ程の事なのだと理解をして、グレースは再度「承知致しました」と答えた。
「殿下が釘を刺したと仰ったか。」
「ええ。後は貴方と同じ事を。」
「そうか。クレア王女が輿入れするまで用心されているのだろう。」
「爆弾を抱えているとも。」
「だろうな。」
商会から戻る馬車の中でも、二人の会話は大抵仕事の話しが多く、甘やかな雰囲気が漂う事は少ない。共同経営者として数年を過ごしていたから、それは日常の事であった。
人生のパートナーとなってから変わったのだとすれば、
「ロバート...」
馬車を降りるのに、先に降りてグレースを振り返る夫は、グレースがステップを降りる前に抱き抱えてしまう。
幼子を抱き上げる様に抱えられるものだから、グレースはその恥ずかしさに今だ慣れずにいる。
「仕事の話しは終いだよ、奥さん。」
ロバートの軽口にグレースがふわりと笑う。目尻が下がって垂れた目元が愛らしい。
「私の垂れ目ちゃん。」
「やめて頂戴、よい歳をしてそんな渾名なんて恥ずかしいわっ」
「垂れ目の何処が恥ずかしい。可愛いじゃないか。なあ?フランシス。」
「フランシス、返事をしてはダメよ!」
「はい、グレース様。グレース様は昔も今も変わらず大変お可愛いらしいです。」
「フランシス!」
従者まで巻き込んで戯れながら邸に入る。玄関ホールで漸く降ろされてぷりぷりするも、そんなグレースさえ揶揄いたいのか、ロバートは今だにやにや見つめてくる。
「憶えてらっしゃい、フランシス!」
「私の記憶力が良いのはグレース様が何方よりもご存知かと。」
「もう!フランシス。貴方まで揶揄って!」
伯爵邸に笑いが起こる。
グレースを迎えてからこんな他愛のない時間が得られたことを、ロバートは幸福な事だと思っている。
この聡明で朗らかな妻が、三年もの間、侯爵邸で孤独を強いられ放置されていた事を、今だ悔しく思っている。
フランシスに八つ当たりする妻の腰を抱き寄せ部屋に戻る間も、その細腰の温かな感触に、一度は他家に奪われたのを妻と得られた奇跡に、ロバートは神とは確かにいるのだなと思う。
「偶には礼拝などしてみるか。」
そんな事を思う程には、ロバートの人生観は変わりつつある。
グレースは仕事柄、高貴な身分の貴人と関わる機会が多い。自身も伯爵夫人であるのだから当然なのだが、本日の茶会の席が特別なのは、招かれた先が王城だからだろう。
「先日のドレスもまた可憐な魅力があって素敵だったわね。残念なのは夫君があれを唯一無二と決めてしまって他を望めないことかしら。」
王妃は再び残念ねと呟く。
王家から文が届き、それは王妃陛下とテレシア大公女との茶会へのお誘いだったのだが、これは多分、夜会で着用したドレスの詳細を確かめたいのだと想像出来た。
「あのドレスの生地は隣国から夫が見本で取り寄せたのですが、ドレスの仕上がりと皆様方のお声を聞くに、多分近々纏まった量を仕入る事が出来るでしょう。そっくりとは参りませんが、あの生地とレースの組み合わせでデイドレスを作ろうかと「是非にお願いするわ。この娘の為に。」
王妃から食い気味に被せられて、王太子妃となるテレシアを娘と思う王妃の親心が微笑ましいとグレースは思った。
「それは主人も考えているところでしょう。お若いテレシア様にエクリュのドレスはきっと良くお似合いになると思いますわ。」
「そうよね、そうよね。クレアがもうすぐ居なくなってしまうものだから、なんだか寂しくて。手元に女の子がいてくれるのは嬉しいものよ。」
王妃が母の眼差しでテレシアを見つめるのを、テレシアも頬を染めて僅かに俯く。
テレシアは大公女と云う高い身分に有りながら、どこか控えめで内気な気質の令嬢である。まだ学園生であるのも一因であろうが、貴人の気品と落ち着きに初々しさを兼ね備えた可憐な令嬢である。
彼女であれば、甘やかなレース仕立てもきっと美しく映えるだろう。ロバートと制作について話し合おう、それから工房へは...と、早速頭の中で算段をする。
王妃とテレシアに退席の挨拶をして帰路に付く。王城の侍女に案内されて回廊を歩いていると、
「先日ぶりだな、グレース夫人。」
いつかの汗臭王太子もといアレックス王太子殿下に声を掛けられた。
いつも不思議に思うのだが、この広い王城には多くの人間が行き来しているのに、何処から聞きつけるのか彼はこうして目敏くグレースを見つけるのである。
「王国の若き「ああ、良い良い、堅苦しいのは無しだ。」
「アレックス殿下。」「それで良い。」
「先日も美しかったな。あのドレス、我が婚約者殿にも着せてみたいものだな。」
「はい。先程王妃様より御所望頂いたところです。」
「流石母上、話が早い。それでグレース夫人。」
アレックスがそこで僅かに表情を引き締めたのが解った。
「夫君より聞いているだろう。アレとは関わるな。これは忠告であり命令と思ってくれてよい。」
アレックスが言うアレに心当たりは一つしかない。
「承知致しました。」
その言葉にアレックスが頷く。
「未練など微塵も無かろうが、情けも無用だ。アレは爆弾を抱えているからな。まあ、不発弾ではあるが火薬は火薬だ。」
細君の隣国第三王女を指しているのだろう。
「釘は刺してある。心配はいらないと思うが、仮に何処かで見えても他人で通せ。解ったな。」
アレックスにしては厳しい物言いである。それ程の事なのだと理解をして、グレースは再度「承知致しました」と答えた。
「殿下が釘を刺したと仰ったか。」
「ええ。後は貴方と同じ事を。」
「そうか。クレア王女が輿入れするまで用心されているのだろう。」
「爆弾を抱えているとも。」
「だろうな。」
商会から戻る馬車の中でも、二人の会話は大抵仕事の話しが多く、甘やかな雰囲気が漂う事は少ない。共同経営者として数年を過ごしていたから、それは日常の事であった。
人生のパートナーとなってから変わったのだとすれば、
「ロバート...」
馬車を降りるのに、先に降りてグレースを振り返る夫は、グレースがステップを降りる前に抱き抱えてしまう。
幼子を抱き上げる様に抱えられるものだから、グレースはその恥ずかしさに今だ慣れずにいる。
「仕事の話しは終いだよ、奥さん。」
ロバートの軽口にグレースがふわりと笑う。目尻が下がって垂れた目元が愛らしい。
「私の垂れ目ちゃん。」
「やめて頂戴、よい歳をしてそんな渾名なんて恥ずかしいわっ」
「垂れ目の何処が恥ずかしい。可愛いじゃないか。なあ?フランシス。」
「フランシス、返事をしてはダメよ!」
「はい、グレース様。グレース様は昔も今も変わらず大変お可愛いらしいです。」
「フランシス!」
従者まで巻き込んで戯れながら邸に入る。玄関ホールで漸く降ろされてぷりぷりするも、そんなグレースさえ揶揄いたいのか、ロバートは今だにやにや見つめてくる。
「憶えてらっしゃい、フランシス!」
「私の記憶力が良いのはグレース様が何方よりもご存知かと。」
「もう!フランシス。貴方まで揶揄って!」
伯爵邸に笑いが起こる。
グレースを迎えてからこんな他愛のない時間が得られたことを、ロバートは幸福な事だと思っている。
この聡明で朗らかな妻が、三年もの間、侯爵邸で孤独を強いられ放置されていた事を、今だ悔しく思っている。
フランシスに八つ当たりする妻の腰を抱き寄せ部屋に戻る間も、その細腰の温かな感触に、一度は他家に奪われたのを妻と得られた奇跡に、ロバートは神とは確かにいるのだなと思う。
「偶には礼拝などしてみるか。」
そんな事を思う程には、ロバートの人生観は変わりつつある。
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