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【2】番外編 Side R&G
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クレア第一王女の婚約が整った。
国は祝賀に沸いて、王都はお祝いムード一色である。
隣国王太子殿下とは、予てより心を通い合わせた仲であるらしく、王女は今幸せの只中にいることだろう。
クレア王女からお茶の誘いを受けたのは、そんなある日の事であった。
「初めまして、グレース夫人。わたくし、テレシア・フィッツ・リンスターと申します。」
テレシア大公女。
アレックス王太子殿下との婚約話が持ち上がっているとロバートから聞いていた。
「お初にお目に掛かります、テレシア大公女様。グレース・レイノルズ・アーバンノットと申します。」
グレースは貴人を前にカーテシーで礼をする。軸のぶれないグレースのカーテシーは美しい。
「グレース夫人、畏まらないで頂戴。貴女と見込んでお呼びしたのよ。」
クレア王女の呼び掛けで、グレースは面を上げた。リンスター大公女はそこで漸く自身が声掛けを忘れていたが為に、グレースが面を上げられなかったのだと気が付いた。
「ご、ごめんなさい、グレース夫人。わたくしったらつい見惚れてしまって。夫人の姿がお綺麗だったから、」
あわあわと大公女が慌てる。
若々しく可憐な大公女。それもその筈、彼女は未だ学園生である。社交の場数も多くない。
テレシア・フィッツ・リンスターは王国に隣接する公国の子女である。彼女の祖父は王国の第二王子であったのが、領地を賜って公国を興した。
テレシアは、アレックスやクレアとは遠い血縁関係にある。烟る金の髪色に紺碧の瞳が、その高貴な生まれを示していた。
「グレース夫人。貴女を頼りに思っているのよ。」
クレア王女の物言いから、何か滞る事態があるのが解った。
「貴女は聞いているかしら。兄とテレシアの事を。」
「ええ。夫から少しばかり。」
「そう。アーバンノット伯爵家では承知の事なのね。それで、どの様に聞いたのかしら?」
「アレックス王太子殿下にご婚約のお話しがあるのだと。」
「その通りよ。お相手がテレシアだとは?」
「夫からはその様に聞き及んでおります。」
「その通りなの。それで、ここからが貴女への相談なのだけれど。彼女の悩みを聞いてあげて欲しいの。あの兄でしょう?掴み所が全然無くて、テレシアは悩んでいるのよ。兄がこの婚約話を忌諱しているのではないかと。」
「まあ、アレックス王太子殿下が?」
「あの人を食った様な兄ですもの。若い令嬢では兄が何を考えているのか不安になるのも仕方が無いと思うのよ。」
「確かに。」
「解ってくれる?」
グレースの返答にクレアとテレシアが食い付く。ええ、アレックス殿下。貴方様一体どんな態度をこの可憐なご令嬢にお取りになったの?
テレシアは儚げな見目の可憐な大公女である。少しばかり自信なさ気な素振りは、未だ彼女が年若の学園生であるからで、これから蛹が殻を破って蝶になる様に、美しく成長されるに違い無い。
グレースは初見で感じた事をそのまま伝える事にした。
「テレシア様。貴女様は大変可憐でお可愛いらしい。高貴なご身分にお生まれになりながら、柔らかな御心を失わず、アレックス殿下のお気持ちを慮っていらっしゃる。貴女様はこれからどんどんお美しくお成りになりましょう。蛹は何時までも蛹ではありませんわ。今、アレックス殿下が貴女様を得られなければ、貴女様がお美しく成長されてからアレックス殿下はとんでも無く後悔なさるでしょう。」
「はは。そこまで言うか、グレース夫人。」
「お兄様!」
女子会ならぬ王女と大公女の茶会であるのを、ずかずかと汗臭い男が乱入する。
「お兄様、剣の稽古をなさっていたの?」
「ああ、そうだよ。婚約者殿が妹ばかりか母上お気に入りの伯爵夫人とお茶を楽しんでいると聞いたからね。夫となる身として挨拶しない選択肢は無いだろう?」
そう云うところですよ、アレックス殿下。その何を考えているのか解らない貴公子の仮面がテレシア大公女を惑わせるのです。
グレースは出来る事ならアレックスに耳打ちして教えてあげたい。もう、この方はいつもこんなだからお若い令嬢は尻込みしてしまうのよ、と隣の公女を見やれば、
え?え?テレシア様?
テレシアはほんのり頬を染めてアレックスに見入っていた。その瞳は恋する瞳に間違い無い。
テレシア様。貴女様、殿下に恋心を抱いていらっしゃるのね。
甘酸っぱい気持ちが込み上げて、グレースは思わず頬が緩む。
「それで、グレース夫人。君、なんと言ったかな?テレシア嬢がこれからどんどん美しくなるからして、蛹は何時までも蛹では無いのだから、今、私が彼女を得られなければ、私は後々とんでも無く後悔すると?」
「流石はアレックス殿下。漏れ無く要約なさいましたわね。仰る通りでございます。」
グレースは半ば呆れる気持ちを隠してアレックスに100点満点だと言う笑みを向けた。
「ふん。グレース夫人にも見抜けぬ事があるらしい。」
「「「ふん?」」」
可怪しなアレックスの返しにその場の女性陣は思わず聞き返した。
アレックスはそれらをまるまる無視して、テレシアに向き合う。それから徐ろに片膝を付いて左手を差し出した。
「テレシア大公女。私が粗忽者であるのはご承知頂けたか。年若の貴女を不安にさせるなど、私はとんでも無い愚か者であるらしい。こんな男を夫と認めてこの国に共に生きる事を選んでくれないか。」
童話の騎士の様に跪き、美しい王太子が大公女に婚姻の申し込みをする姿の麗しさ。
途端、テレシアの瞳から涙が溢れる。
「お兄様!そんな汗臭い成りで何を仰ってるの?!テレシアが泣いてしまったわ!汗が臭いの、汗臭いのよ!」
臭い臭いを連発するクレアに、テレシアは泣き笑いとなってしまった。グレースも釣られて笑い出し、あろう事か護衛の近衛騎士まで吹き出した。
差し出された手の平に、瞳を潤ませテレシアが手を乗せる。アレックスはすかさずその指先を持ち上げて、それから触れるだけのキスを落とした。
こうしてアレックス王太子殿下は、無事に可憐な蛹を手に入れた。己の手の中で美しい蝶へと変化するのを、誰よりも楽しみに待つ事となったのである。
国は祝賀に沸いて、王都はお祝いムード一色である。
隣国王太子殿下とは、予てより心を通い合わせた仲であるらしく、王女は今幸せの只中にいることだろう。
クレア王女からお茶の誘いを受けたのは、そんなある日の事であった。
「初めまして、グレース夫人。わたくし、テレシア・フィッツ・リンスターと申します。」
テレシア大公女。
アレックス王太子殿下との婚約話が持ち上がっているとロバートから聞いていた。
「お初にお目に掛かります、テレシア大公女様。グレース・レイノルズ・アーバンノットと申します。」
グレースは貴人を前にカーテシーで礼をする。軸のぶれないグレースのカーテシーは美しい。
「グレース夫人、畏まらないで頂戴。貴女と見込んでお呼びしたのよ。」
クレア王女の呼び掛けで、グレースは面を上げた。リンスター大公女はそこで漸く自身が声掛けを忘れていたが為に、グレースが面を上げられなかったのだと気が付いた。
「ご、ごめんなさい、グレース夫人。わたくしったらつい見惚れてしまって。夫人の姿がお綺麗だったから、」
あわあわと大公女が慌てる。
若々しく可憐な大公女。それもその筈、彼女は未だ学園生である。社交の場数も多くない。
テレシア・フィッツ・リンスターは王国に隣接する公国の子女である。彼女の祖父は王国の第二王子であったのが、領地を賜って公国を興した。
テレシアは、アレックスやクレアとは遠い血縁関係にある。烟る金の髪色に紺碧の瞳が、その高貴な生まれを示していた。
「グレース夫人。貴女を頼りに思っているのよ。」
クレア王女の物言いから、何か滞る事態があるのが解った。
「貴女は聞いているかしら。兄とテレシアの事を。」
「ええ。夫から少しばかり。」
「そう。アーバンノット伯爵家では承知の事なのね。それで、どの様に聞いたのかしら?」
「アレックス王太子殿下にご婚約のお話しがあるのだと。」
「その通りよ。お相手がテレシアだとは?」
「夫からはその様に聞き及んでおります。」
「その通りなの。それで、ここからが貴女への相談なのだけれど。彼女の悩みを聞いてあげて欲しいの。あの兄でしょう?掴み所が全然無くて、テレシアは悩んでいるのよ。兄がこの婚約話を忌諱しているのではないかと。」
「まあ、アレックス王太子殿下が?」
「あの人を食った様な兄ですもの。若い令嬢では兄が何を考えているのか不安になるのも仕方が無いと思うのよ。」
「確かに。」
「解ってくれる?」
グレースの返答にクレアとテレシアが食い付く。ええ、アレックス殿下。貴方様一体どんな態度をこの可憐なご令嬢にお取りになったの?
テレシアは儚げな見目の可憐な大公女である。少しばかり自信なさ気な素振りは、未だ彼女が年若の学園生であるからで、これから蛹が殻を破って蝶になる様に、美しく成長されるに違い無い。
グレースは初見で感じた事をそのまま伝える事にした。
「テレシア様。貴女様は大変可憐でお可愛いらしい。高貴なご身分にお生まれになりながら、柔らかな御心を失わず、アレックス殿下のお気持ちを慮っていらっしゃる。貴女様はこれからどんどんお美しくお成りになりましょう。蛹は何時までも蛹ではありませんわ。今、アレックス殿下が貴女様を得られなければ、貴女様がお美しく成長されてからアレックス殿下はとんでも無く後悔なさるでしょう。」
「はは。そこまで言うか、グレース夫人。」
「お兄様!」
女子会ならぬ王女と大公女の茶会であるのを、ずかずかと汗臭い男が乱入する。
「お兄様、剣の稽古をなさっていたの?」
「ああ、そうだよ。婚約者殿が妹ばかりか母上お気に入りの伯爵夫人とお茶を楽しんでいると聞いたからね。夫となる身として挨拶しない選択肢は無いだろう?」
そう云うところですよ、アレックス殿下。その何を考えているのか解らない貴公子の仮面がテレシア大公女を惑わせるのです。
グレースは出来る事ならアレックスに耳打ちして教えてあげたい。もう、この方はいつもこんなだからお若い令嬢は尻込みしてしまうのよ、と隣の公女を見やれば、
え?え?テレシア様?
テレシアはほんのり頬を染めてアレックスに見入っていた。その瞳は恋する瞳に間違い無い。
テレシア様。貴女様、殿下に恋心を抱いていらっしゃるのね。
甘酸っぱい気持ちが込み上げて、グレースは思わず頬が緩む。
「それで、グレース夫人。君、なんと言ったかな?テレシア嬢がこれからどんどん美しくなるからして、蛹は何時までも蛹では無いのだから、今、私が彼女を得られなければ、私は後々とんでも無く後悔すると?」
「流石はアレックス殿下。漏れ無く要約なさいましたわね。仰る通りでございます。」
グレースは半ば呆れる気持ちを隠してアレックスに100点満点だと言う笑みを向けた。
「ふん。グレース夫人にも見抜けぬ事があるらしい。」
「「「ふん?」」」
可怪しなアレックスの返しにその場の女性陣は思わず聞き返した。
アレックスはそれらをまるまる無視して、テレシアに向き合う。それから徐ろに片膝を付いて左手を差し出した。
「テレシア大公女。私が粗忽者であるのはご承知頂けたか。年若の貴女を不安にさせるなど、私はとんでも無い愚か者であるらしい。こんな男を夫と認めてこの国に共に生きる事を選んでくれないか。」
童話の騎士の様に跪き、美しい王太子が大公女に婚姻の申し込みをする姿の麗しさ。
途端、テレシアの瞳から涙が溢れる。
「お兄様!そんな汗臭い成りで何を仰ってるの?!テレシアが泣いてしまったわ!汗が臭いの、汗臭いのよ!」
臭い臭いを連発するクレアに、テレシアは泣き笑いとなってしまった。グレースも釣られて笑い出し、あろう事か護衛の近衛騎士まで吹き出した。
差し出された手の平に、瞳を潤ませテレシアが手を乗せる。アレックスはすかさずその指先を持ち上げて、それから触れるだけのキスを落とした。
こうしてアレックス王太子殿下は、無事に可憐な蛹を手に入れた。己の手の中で美しい蝶へと変化するのを、誰よりも楽しみに待つ事となったのである。
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