今日も空は青い空

桃井すもも

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 R&G商会は繁忙を極めていた。

 創業から五年目を迎えて、第一号店である本店に加えて二号店も立ち上げていた。 

 被服部門も装飾部門も生産量が増えて、商会設立当初の人員では人手が足りない。カフェ部門に至っては、盛況である事から独立した店舗を増やすことも検討していた。

 共同経営者である会頭二人は、今は夫婦となって変わらず経営に励んでいる。

 今も社交シーズンたけなわで、増産につぐ増産を支えるべく工房もギャラリーも従業員の増員を重ねている。

 顧客が増え販路が広がれば管理業務も増えるのだから、これまではロバートとグレースにジョージが中心となって経営を担って来たのを、ここでフランシスを改めて役員として経営陣に加えた。


 フランシスは、グレースの生家であるエバーンズ伯爵家に仕えて来た。生まれは傘下である子爵家の嫡男である。
 生家は代々エバーンズ伯爵家に仕えて来た家系で、今は父の子爵が代官となって伯爵領の差配をしている。

 フランシスは学園入学と同時に王都の伯爵邸に移り住み、グレースの父の下で従者見習いとして学んで来た。学園を卒業してからは正式な従者となって仕えていたのが、グレースの最初の婚姻の際に、グレース付きの従者となってその輿入れに伴っていた。

 歳の離れた弟が一人おり、将来はこの弟が領地の代官業務を継ぐ事が決まっており、フランシスのみ王都にいて主家に仕えるのであった。

 グレースがロバートと再婚したことで、ロバートはフランシスをアーバンノット伯爵家の従者に得たいとグレースの父に申し出た。
 父も初めからそのつもりであったらしく、これをもってフランシスは、主家をアーバンノット伯爵家へ移す事となった。

 その際、フランシスは後継を弟に譲る事を願い出た。フランシスの生家である子爵家は、エバーンズ伯爵家を主家としてその領地を管理しているのだから、主家を移る自分ではなく代官職を継ぐ弟が後継となるべきだと主張した。

 後継を外れたフランシスは、貴族席を抜けて平民となるが、R&G商会の役員としての地位がある。何より彼は、アーバンノット伯爵家の従者としてグレース夫妻に仕えるのであるから暮らし向きに不足はない。

 そうしてフランシスは、正式にアーバンノット伯爵家の従者として、又商会の役員として二足の草鞋を得て商会の経営陣に名を連ねる事となったのである。


 グレースはそれに伴ってフランシスに住まいを与えた。これはロバートの発案でもある。

 アーバンノット伯爵邸には元より使用人の居住区があり、フランシスもそこを仮住まいとしていた。
 それとは別に、伯爵邸には庭園の脇に小さな邸宅がある。前伯爵夫人、ロバートの祖母がその昔、幼かった子供達に平民の暮らしを教えたいと建てさせたもので、ロバートの父はここを遊び場として過した懐かしい思い出のある場所でもある。

 小さいと言っても、そこはやはり伯爵家。平民商家の屋敷程度の大きさはあり、下級貴族家のそれと遜色ない邸宅であったから、果たして平民の暮らしの体験とは程遠かったと思われる。そこを手直しして、必要であれば使用人も回して暮しの体裁を整えてやろうと考えた。

 フランシスは、グレースよりも三つ年上であり既に妻帯して幼い子もいる。

 グレースが侯爵家に輿入れする際に、妻子はグレースの生家であるエバーンズ伯爵邸に残して来た。伯爵邸は使用人が多く、本邸に隣接して使用人の住まう邸があった。


 フランシスには大きな負担を掛けた。家族も身分も犠牲にさせた。何よりフランシスはグレースに誠実に仕えてくれて、結果、後継を譲る事を選択させてしまった。

 ヴィリアーズ侯爵邸では、愛人宅に入り浸る夫不在の暮らしにあって、フランシスがグレースを支えてくれた。妻も子も置いて、主家の娘に誠心誠意仕えてくれた。フランシスがいてくれなかったら、グレースの三年間はどれほど孤独なものであったろう。

 その労をねぎらってやりたい。主家を移した彼の為に、家族との暮らしを与えてやりたい。それがグレースの願いであった。

 ロバートは、予てよりフランシスを側近の一人と見込んでいた。
 グレースがリシャールと婚姻中も、彼はグレースの部下として商会の細々とした業務を請け負っていたし、ロバートがグレースを得てからは、アーバンノット家に於いて家令や執事からも邸の事を教わっていた。

 細身で童顔、中性的な容姿からは分からない冷静さと、素早く物事を見極める判断力、細かな所の更に細部まで見落とさない気質に加えて、物事に動じない胆力は側近の鑑である。
 グレースの父に仕込まれて、経済にも明るく剣も扱える。寡黙であるのに時折意外な実力を発揮して、グレース曰く吟遊詩人か舞台俳優にもなれるらしい。

 幼い男の子が一人いるから、そのままアーバンノット家の従者として育てれば良いし、グレースとの間に子に恵まれたなら、その子の側近にしても良い。



 フランシスはその数年後、主家であるアーバンノット伯爵邸に程近い場所に邸宅を購入する。生家の子爵家は王都に邸を保有していなかったから、これをタウンハウスとした。

 アーバンノット伯爵邸の邸内には、かつて主から住まいと許された邸があり、幼い息子はここで多くの時を過した。

 寄宿学校に入るまでをそこで暮らし、その後帝国大学に進学する間に父がタウンハウスを購入するのだが、彼の中での少年時代の原風景は、変わらずアーバンノット伯爵邸であった。

 そこでは主家の家族や使用人達に可愛いがられて、賑やかな少年時代を過した。その思い出は、後に新たに父が購入した邸に移ってからも、懐かしく思い出されるのであった。

 父の主家であるアーバンノット伯爵家に自らも仕える為に、帝国大学にて経済学を学び、帰国してからは伯爵家の商会に入社した。

 父は、伯爵夫人の従者として秘書として商会役員として、何足もの草鞋を履きこなしている。その為に、爵位も領地の叔父に譲っている。

 細身であるのに父の背中は、立ち姿も美しく凛々しく眩しい。
 身体だけは己の方が大きいのに、この父を超える日はまだ遠い事だと憧憬を覚えるのであった。




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