今日も空は青い空

桃井すもも

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【39】

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「ブリッジウッド公爵令息。本懐は遂げられたかな。」

「アレックス王太子殿下、無事に遂行する事が叶いました。この御恩、我が公爵家はアレックス王太子殿下に隣国より忠誠を誓うものであります。」

「はは、気持ちだけ受け取っておくよ。君の家は国の要であろう。忠誠は母国に捧げてくれ。そうだな、妹を宜しく頼もうかな。」

「我が公爵家、王太子妃いえ未来の王妃陛下に終生変わらぬ忠誠を誓いましょう。妻の生家共々、この身を捧げて王太子ご夫妻をお支え致します。」

「ああ、それは有難い。クレアは真っ直ぐな気質でね。曲った事が許せないのだよ。清濁併せ飲むのが上手くない。阿婆擦れが義妹となれば、真っ向から立ち向かうだろうからね。そうなれば阿婆擦れはクレアに汚い手を出すだろう。それは許し難い。邪魔だったんだ、あの姫は。」

「我が妻の命を狙いあまつさえ顔面を斬りつけた所業、地獄の果てまで追い詰めて罪の償いをさせねば死に切れぬと、この機会を願っておりました。まあ、死なねば地獄へも参上出来ませぬが。
 この命がある内に、この手であの醜悪な顔面をかち割って贖罪させることが叶いました故、これより先は何も望む事は御座いません。
 あるとするならクレア王女殿下が無事に嫁がれその後は、妻共々命を捧げ御仕いする事でございましょう。」

「気持ちだけ受け取っておくよ。命は大切にしてくれ。そうして子々孫々まで豊かであってくれ。
 君らが嫁ぐ妹を支えてくれるなら、私も愛する妹を隣国に手放すのにも憂いが無くなる。だって、君の所の王太子、妹を是が非でも貰い受けたいとしつこくてね。阿婆擦れ片付けたら許してやると言ったなら、早速こちらに渡してくれた。
 王席を抜けて降嫁して国を離れた隣国にいるなら、姫の身に何が起ころうとも手をこまねくフリが出来るだろう。あいつ今頃君の帰りを待っているな。上手く行ったかどんな風に仕置きをしたのか、君の口から聞きたいのだろう。 
 仕方が無いから伝えてくれないか。妹はくれてやる。この世の極楽を見せてやってくれ。国一番の幸せ者にしてくれ。死ぬまで愛して愛でてくれ。阿婆擦れはこちらに任せてもらおう。」

「はっ、しかと賜りました。しかしながら殿下、僭越ながら一つお間違いがございます。国一番の幸せ者は私が妻に叶えますこと。我が王太子殿下に譲れることかはお約束が出来かねます。」

 アレックスはそこでツボった。笑い上戸の王太子殿下は、一度ツボるとなかなか治まらない。はあはあヒイヒイ五月蝿くて、そこばかりは毎回近衛騎士も引くのであるが、人払いをされた密室で隣国公爵家令息はアレックス王太子殿下とただ二人であったから、殿下の笑いが治まるのを手持ち無沙汰に待つのであった。



 王都の目抜き通りに程近い大通り。商会や商店が軒を連ねて、大勢の人が犇めく路上で決闘など起ころう筈も無い。諍い事はすかさず衛兵が取り締まる。

 衛兵の詰所は等間隔に置かれているし、見回りは常に為されている。四半刻も駆けつけられぬ等、そんな事はあり得ない。誰かが手を回して衛兵の目と耳を塞ぎ、ついでにその身を隠さなければ。

 隣国公爵家の令息は、第三王女の阿婆擦れ姫に秋波を送られていた。煩わしく思うも姫であるから、そこは礼節を持って断っていたのだが、愚か者の阿婆擦れはあろう事か婚約者の暗殺を謀った。

 婚約者の身辺は公爵家の護衛が護っており、彼等は令嬢の命を護り切った。
 命ばかりは護れたが、刃は婚約者の顔面を斬りつけて、左の瞳は再びこの世界を観ることは叶わなくなってしまった。

 幸い口元までは刃が届かなかった為に、療養中も食事だけは摂る事が出来たから、令嬢は命を長らえる事が出来たのである。

 婚約者の優しげな面立ちを、令息は好ましく思っていた。面立ちばかりでは無い。貴族の矜持を見失う事なく、いかなる時にも胸を張り立ち上がる。その実、情け深く柔らかな心を持ち得る婚約者を、妻に娶り夫婦となる日を心待ちにしていた。

 それを阿婆擦れ、あの女が邪な手で壊した事を、令息は憤怒の思いで相応の仕返しをしようと心に誓った。

 令嬢の傷が癒えると直ぐに妻として娶った。眼帯を嵌めて傷を恥じることなく公爵令息夫人として表舞台に立つ妻は、この世の誰よりも強く凛々しく美しい。阿婆擦れに傷付けられながら屈する事のない姿は、姫の愚行に怯える令嬢達を勇気付けた。

 雨の前や冷え込む夜は傷が疼いて眠れない。そんな妻の姿に誓ったのだ。

 死ぬより辛い、一層死んでしまいたいと願う程の償いをさせてやろう。あの醜悪な顔面を、この手でかち割って報復としよう。


 王太子殿下の下に婚約話が起こっていた。
隣国のクレア王女を王太子殿下が妻にと望んでいるのだが、兄のアレックス王太子殿下が難色を示しているらしい。阿婆擦れをどうにかしろと。

 そうして王家は密約を交わした。阿婆擦れ姫の身柄をそちらに渡そう。クレア王女には傷ひとつ付けることなく、珠を磨く如く大切にすると。

 そうして公爵家令息は城に呼ばれた。
王太子殿下は言った。
阿婆擦れ、好きにして良し。隣国に渡ったならアレックス王太子殿下の指示に従え。妻の復讐が叶えられるだろう。王家はそれを認める故、必ずクレア王女との婚姻の許可を取り付けるのだと。

 その晩、令息は国を出た。隣国に着いた途端に何処で察知したのかアレックス王太子殿下の側近が接触して来た。そのまま王城に通されて、アレックスとの謁見が叶う。
 これより後はアレックスの指示に従った。

 決闘の相手はあの側近であった。今日この時間に夫の商会を訪うことは事前の調べで分かっていた。
 馬車から降りる阿婆擦れを認めたら、後は何度も手合わせした通りに、醜悪な顔面を目掛けて剣を振り降ろした。妻の失った左眼は、えぐる様に力を込めた。勢いを逃さなかったから刃はそのまま下降して、忌まわしい戯言を吐く汚れた口蓋を上下共に真っ二つにかち割った。剣が刃こぼれしていたから前歯も割ったのだろう。

 仰向けに仰け反り血飛沫が溢れるのを胸のすく思いで眺めてから、側近と共に人混みに紛れた。周囲を平民を装った衛兵が取り囲んでいたから、通行人に止められるは無かった。
 裏手に待っていた馬車に乗り込み、その足でアレックスに事の次第を報告した。

 そうして令息は、クレア王女殿下のお輿入れの確約を取り付けたのだった。





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