今日も空は青い空

桃井すもも

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【37】

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 第三王女はほくそ笑んだ。
なんだ、可愛らしい男じゃない。わたくしを見て頬を染めて。
良いわね、この男欲しいわね。


 あの母国の公爵家令息が靡かなかったが為に、小憎らしい婚約者の令嬢を襲わせたのに、何処からか父王にバレてしまった。

 幼い頃より自覚が出来るほど可憐な姿であるのに、男共は婚約者がいるからなどと優先順位を間違える。

 戯け者共が。
わたくしは王女よ?そこいらの令嬢など比べるべくも無い。誘い込めば容易く伸し掛かって来るくせに、二言目には婚約者、婚約者となんとかの一つ覚え。

 そんなくだらない足枷など、わたくしが外してやろうと令嬢達を少しばかり弄ってやった。婚約者以外の男の味を教えてやったのは親切心よ。それで父にも兄にも謹慎させられたのは面白くなかったわね。

 つまらぬ学園も卒業すれば、さて何をしよう、暇だわ。兄も姉達も公務があるらしいが、末姫のわたくしはそんな面倒事とは無縁なのよ。

 近衛騎士に見目の良いのがいたわね。
呼びつけてドレスを脱げば慌てて逃げようとする。
 王女の身分がそうさせるのかしら。身分が高いと云うのも時には面倒だ。
 侍従も文官も、目配せすれば頬を赤らめるのに、夜着を纏って寝台に誘えば、皆、判を押したように青くなる。

 その手を取って太腿の内側へ誘う。もう片方の手は胸元へ。そうして引き寄せてしがみ付き、お前の婚約者は、姉は、妹は、わたくしが何とでも出来るのよと囁けば、もうその場から服従するのだから何とも容易い。

 それなのに。あの公爵家の令息ときたら、わたくしの誘いを断るだなんて。あ奴の婚約者、確か侯爵家の娘だったわね。ふん、さして見目が良い訳でも無いのに生意気ね。
 そうだ、目障りなのはあやめてしまおう。学園時代にわたくしに逆上せた男がいたわね。男爵家の何番目か、今は騎士になっていた筈。あれを使いましょう。

 なんでバレたのか。お父様に頬を張られるだなんて屈辱、初めてだわ。謹慎が明けたなら、わたくしに縁談があると言うじゃない。

「これはお前への罰だ、隣国貴族の後妻になるんだ。」

 兄様はいつも酷い事を言うから大嫌い。
 わたくしが後妻ですって?!

「お前好みの美丈夫だ。年もお前とひとつしか違わない。」

 ふん、面白くないけれど、綺麗な男共が隣国から迎えに来たのだから、行ってみても良いわね。嫌だったら戻ってやるわ。

 気軽な気分で隣国へ渡ってみれば、美しい王太子が出迎えてくれた。王太子妃でも良いじゃない、なんで貴族の後妻なの?

 面白くない気持ちを分かって下さったのね。王太子が慰めてくれた。

 姫は可憐であるからきっと一目で見初められるよ。ああ、彼は侯爵家の嫡男でね、数ヶ月前に離縁したばかりであるけど、なかなか見目の良い男だよ。物腰も柔らかだから姫にも優しく接することだろう。似合いの夫婦になるのではないかな?

 切れ者で侮れないだなんてお兄様は言っていたけど、王太子の言葉に嘘は無かったわ。やっぱり切れ者であったようね。

 だってリシャール、とても可愛いもの。背が高くて美丈夫なのに、わたくしを見つめて頬を染めていた。

 大きな手も男らしくて、なのに顔立ちは女子おなごのように染み一つない美しい見目だもの。
 仕草も柔らかで何より優美で、こんなに可愛らしい男こそわたくしの夫に相応しい。


 離縁した妻がいるのが気に食わないわね。良いわ、後でどうにかしてやろう。
 それより妾よ。十年ですって?囲ってた?そんな目障りなのは消してしまいましょう。いえいえ、それでは駄目ね。そうだわ、死ぬより惨めな目に合わせてやりましょう。妾だもの得意よね。死ぬまで春を売れば良いのだわ。真冬の凍えも火照った身体には心地よいでしょう?

 良いわね。ならば早く放逐させましょう。



 その年は、春の訪れが早かった。
年が明けて三月みつきも経てば、日差しは暖かく風は春の薫りを含んでいる。花芽が付くのはもう少し後であるが、木々は既に芽吹きを迎えていた。

 晴天であった。
 隣国から姫君が降嫁なさった。

 柔らかな金の髪が緩やかに畝って、瞳は目が覚めるような鮮やかな青。
 くりりと大きな瞳が僅かに潤んで、日を浴びたことなど無いのではと思わせる抜けるように白い肌が、それを更に引き立てていた。

 婚礼衣装に身を包む姫君は、天女が羽衣を纏って舞い降りたとか、いやいやあれは天使であろうとか、過去の醜聞も恥ずべき渾名も既に無縁の様であった。

 先年は、色々と身辺が騒がしくスキャンダルにまみれた侯爵令息も、姫君と視線を合わせて微笑み合う姿が麗しく、眩いばかりの美しい二人へ賓客らは惜しみない祝福を贈ったのである。


 幸せに影が差すなど誰が予想出来ただろう。

 侯爵家へ嫁いだ姫君と令息は、周りが羨む程の仲睦まじさであった。
 何処へ行くにも一緒だそうで、そのうち夫君は可愛い妻を抱きかかえて歩くのではないかと噂される程であった。

 残念なのは、まだこの国に慣れていないからと、新婚のひと月は夜会や茶会を控えていたので、貴族達は二人の麗しい姿を見るのは叶わなかった。

 そのうち不穏な噂を耳にする。
どうやら姫君がお怪我を負ったらしい。仔細は分からぬが、深い傷はその麗しいお顔なのだと言う。

 お可哀想に、若く美しい姫君は、新婚早々その可憐なお顔に傷を負ってしまった。

 過去の奔放な噂も母国を離れては薄まるらしく、姫君、いや今は侯爵令息夫人は貴族たちの憐れみを誘うのであった。

 幸いなのは、夫君が付きっきりで妻を看護しているらしい。

 彼は妻を今も姫様、姫様と呼んで、下にも置かぬ程大切にしているという。

 共に耳にし難いただれた過去を持つ二人だが、そのえにしは確かなものであったらしい。

 すっかり姫様が表舞台から消え去って、華やかであった夫君も社交の場に現れなくなっても、仲睦まじく麗しい夫妻の話はまるで春の御伽噺のように、時折人々の口の端に上るのであった。




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