今日も空は青い空

桃井すもも

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 その年の冬は穏やかであったから、積雪の無い王都には例年よりも春の訪れが早く感じられた。

 年が明けて三月。ヴィリアーズ侯爵家に新たに妻が迎え入れられた。

 やんごとなき身分の貴人である。妻となったのは隣国の第三王女であった。


 淡い金の髪は緩やかなウェーブを描いて、瞳は目が覚めるような鮮やかな青。
大きな瞳が潤んで見える。
日を浴びたことなど無いのではと思わせる透けるような白い肌が、美しい瞳を更に引き立てていた。

 ウェーブを描く長い髪をふんわりと腰まで垂らす姿は、随分前には成人を迎えているのに、未だ乙女の姿を見せている。
 王席を離れて他国に渡り貴族の妻となる身であるが、髪を結い上げる事もなく可憐な姿をそのままにお人形の様な姿からは、「阿婆擦れ王女」の片鱗は一欠片も見つけられない。

 アレックス王太子殿下の言葉の通り、顔合わせの席でリシャールを一目見た王女は、この婚姻をすんなりと受け入れた。

 母国からは騎士も護衛も侍従も付けることは叶わなかったから、隣国までこちらから従者と護衛を向かわせて迎えに行った程である。
 母国の、一人たりとも男を側に置かないと云う硬い意志が見て取れた。


「初めまして。わたくしの夫君。」

 甘やかな声音が空へと溶ける。天使の様な高く細い声。
 初見の場でリシャールは、その可憐な愛らしさに胸を打たれた様子であった。

 この婚姻は、侯爵家への罰である。
それを承知で気構えていたリシャールであったが、噂のただれた王女はこの世に天使が舞い降りたと思わせる可憐な姿であった。

 小柄な身体からほっそりとした白い手が覗いている。ドレスの下に隠された足も、きっと白く細く柔らかな筈である。

 可憐な姿にそんななまめかしさを思わせるのだから、相当手練れの王女であるのにも気が付かない。


 二人を引き合わせたアレックス殿下が、その様子に満足そうな笑みを浮かべた。

 いいんじゃないか?これ。案外二人とも気が合って上手く纏まるのではなかろうか。
 いや、それでは互いに罰にならぬが、まあ良かろう。誰にとっても害になる者同士であるから、一層ここで纏まるのならそれこそ僥倖。


 表向きは、他国の王女が降嫁するという名誉を賜った侯爵家である。

 婚礼に呼ばれた貴族達も、当然その意味を承知していたから、まるで見世物を観るような心持ちでいたのだが、優顔の美丈夫で知られる新郎とその横に並ぶ天使の様な可憐な花嫁に、二人の醜聞などは直ぐに忘れ去られて、この姿は絵姿を描いて欲しいものだと感嘆するのであった。

 嫌な噂も過去の汚れも、春の日差しが溶かして消した。そんな風に思える目出度いえにしと思われた。


 王女は童顔であるらしく、リシャールのひとつ年下であったから姫の年齢としてはぎりぎりの歳であった。

 世の乙女を体現したような身体は予想以上に甘やかで、どこまでもほっそりと白く柔らかい。
 何処に触れてもか細く漏らされる高い声まで蕩ける甘さを放って、リシャールは我が身がとろとろに溶かされるように感じた。

 噂の王女は噂ではなくて、真実男を骨の髄まで蕩かし転がす、聖女の顔をした天性の性女であった。

 リシャールは、初めの交わりで容易く堕ちた。
 過去に愛でた恋人も、泣く泣く別れた妻も、どれも甘く深く愛していたのに、性女の手慣れた手練手管に、すっかり骨抜きにされたのだった。


 イザベルは、王女との婚姻に烈火の如く怒りを表した。話が違う、私はどうなる。

 けれども、身籠った子は早々に流れてしまったし、何よりその煩わしい気質にリシャールは辟易とされていた。

 前妻の商会に乗り込んでリシャールが後々妻に叱責を受ける騒ぎを起こせば、前の妻への嫌がらせに真逆の王城で自身の懐妊を告げて次の妻は自分であると王侯貴族の面前で宣言した。
 その後の両親と領地の縁者の叱責に一人耐えたリシャールも、子を宿すイザベルには強い態度を示せなかった。

 結局、イザベルの懐妊が原因でグレースとも離縁することになってしまった。

 リシャールは、グレースに心底惚れていた。おっとりした垂れ目の顔立ちも可愛らしいし、ほっそりと柳腰の身体は自分が悦びを教え込んだ。

 愛でれば蕩ける甘い身体は、明け方まで抱き締めても次の欲を蘇らせて、リシャールはいつもこの妻と離れがたく思っていたのに、恋人の懐妊が全てを壊してしまった。

 別邸を慰謝料代わりに伯爵家に譲ってからは、本邸でのイザベルとの暮らしが始まった。

 学園で出会ったイザベルは、大人しく柔らかな笑みも可憐な令嬢で、ついつい手を差し伸べてしまう儚さが堪らなく好きであった。
 だから、婚姻を許されぬまま学園を卒業してからも、手放すことなど考えられなくて、別邸に囲い込んで永遠の恋人にしようと決めたのだった。

 妻を得てからもそうであったから、家門からもどうにかしろと五月蝿く言われていたが、当の妻は、おっとりした見た目通りに情け深く優しくて、懐深い愛情でリシャールを愛してくれた。

 才媛と言われる妻は、リシャールが苦手とする杓子定規な堅物などでは無くて、すっきりと穏やかな青空の様な女性だった。

 果ててグレースの胸に倒れ込めば、細く白い指先で優しく髪を撫でてくれた。少しばかり我が儘を言っても、最後は垂れ目を優しく細めて許してくれた。

 そんなグレースをリシャールは婚姻して直ぐに気に入った。グレースはリシャールの心を捉えて離さなかった。出来ることなら本邸で一日中一緒にいたかった。一緒に暮らしたいといつしか思う様になっていた。

 まるで二人の妻に愛される様な幸せを、密かにリシャールは楽しんでいた。そんな暮らしが何時迄も続くと思っていたのに、それを壊したのは長く愛した恋人であった。




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