今日も空は青い空

桃井すもも

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 娘時代を過ぎて女の盛りを迎えたグレースの色香を漂わせる佇まいは、多くの目を惹きつけた。それは隣にぴたりと寄り添う美丈夫のせいもあろう。

 ロバートもグレースと共布のコーティングジャージのジャケットである。大柄な上に長い手足の恵まれた体躯は、何を纏っても凛々しく様になる。

 クラヴァットのロイヤルブルーがグレースの瞳の色ではと憶測を呼ぶ。襟元を飾る大粒パールは、グレースの耳朶を飾る物と揃いであろう。

 袖口の刺繍は漆黒である。ジャケットと共に黒色であるが、素材の違いから刺繍の紋様が鮮やかに浮き上がって見えている。
 ロングジャケットもジャージ素材の軽やかさかロバートの立ち振舞か、すっきりと洗練された佇まいを見せていた。

 どこから眺めても美しい二人である。
美しい上に優美な仕草まで小憎らしい。
 似合いの二人に、この年グレースの身辺を賑わせたスキャンダルも霞んでいくように思われた。

 例の如く、王妃から声掛けを受けて王女の前でドレスを披露すれば、横から王太子が身近に寄って来て覗き込む。

 それからは、婦人ばかりか紳士等からも多く声を掛けられて、年明け早々工房も商会も忙しくなる予感に、グレースは嬉しい目眩を覚えた。


 以前、夜会でイザベルの突撃を受けて以来、ロバートは夜会でも舞踏会でもグレースを独りにする事は無かった。

 どれほど護られているのか。お陰でリシャールと離縁をしてからは、遠目で二人を見掛けても二人と直に相見あいまみえる事は避けられていた。

 いつからだろう。ふと感じた視線に向けられた方をさぐれば、それは大抵リシャールであった。隣のイザベルには目を合わさぬようにしていたから、彼女がどんな表情をしているかは分からない。

 ほんの一瞬、リシャールらしき人物と目が合えば、それ以上視線を向ける事は避けていた。そんなグレースに気付くのか、大抵はロバートが彼等に背を向けて目隠しをしてていた。

 本来豪胆な気質であるのに些事を見落とさない。そんな用心深さをロバートは持っている。それは優れた経営者の資質でもあった。

 今日も城に向う馬車の中で、「あの二人と接触しないよう見ているから、君は夜会を楽しむと良い」と、そんな事を言ってくれるロバートはグレースにとって得難いパートナーなのだった。


「グレース、折角の舞踏会だ。一曲どうかな?」

 ロバートに誘われて、グレースがその手を取る。周りから囁き声が聴こえて、二人が人々の関心を呼んでいるのだと解る。

 ロバートは、グレースのドレスが美しく見える瞬間を心得て、ターンする場面でもスローなモーションでグレースの姿を見せつける。

 グレースは体幹が優れているのかロバートとのダンスの相性が良いのか、どんな姿勢でも動きがぶれない。視線をロバートに合わせて笑みを浮かべ、軽やかに踊るのだった。

 今宵は多分、誰よりもグレースが楽しんでいる。頭を悩ます問題も先々の心配事も、ロバートに身を預けダンスの曲に合わせる時には、この一時ひとときばかりは全てのことを脇に置いて、二人だけの世界を楽しんでいる。
 それがどう云うことなのか、グレースは自身の心持ちに未だ気付いていない。


 そろそろ舞踏会も御開きであろう。一足先に暇としよう。そう二人で目配せし合い、早々に退場する事とした。

 今宵の宣伝広告は無事に終えられた。悲喜交々ひきこもごも様々あった一年の締め括りとしては十分な成果であろう。

 頭の中では、既に年末までの仕事の算段をしている。あれをこうしてこれをああして、その前に、

「ロバート様、今宵も有難うございます。貴方という得難いパートナーを得られた私は幸運ですわ。貴方は私の誇りです。」

 いつか言った台詞であるが、何度でも繰り返し心に湧き上がる感謝を、今日もグレースは述べるのである。


 そんなグレースに、神様はどれ程悪戯を仕掛けたいのか。

「きゃっ」

 横でエスコートしてくれているロバートと共に開場の出口へと歩むグレースを、後ろから強い力が押し出した。

 危うく前に倒れ掛けるも咄嗟にロバートに抱きとめられて、グレースはどうにか転倒せずに済んだ。

 今の衝撃は何?
 考える間もなく、

「あら、失礼。ぼおっとなさっているからつかえてしまったわ。」

 聞き覚えのある声に溜め息が出る。王城の舞踏会で、いつかの様な騒ぎを起こしたくはない。このまま知らぬ振りで行ってしまおう。

 声の方へ振り返る事無く、何か言おうとするロバートに小さく首を振って制した。それから再び出口へ歩みを進めようとすれば、

「ちょっと!伯爵風情が失礼じゃない!挨拶なさいよ!」

 かさず腕を掴まれた。が、それは一瞬であった。
 ロバートがその手をぴしゃりとはたき打った。

「痛い!何するの!衛兵を呼ぶわよ!リシャール!リシャール、来て!この男が「五月蝿い、黙れ。」

 低い声が腹に響く。

「し、失礼「失礼はお前だろう。」
「お前ですって!」

 振り向かざるを得ないグレース。
 騒ぎを聞きつけざわざわと人が寄って来る。

 此処は王城。今宵は王家主催の舞踏会。
ああ、なんて面倒なのだろう。己の顔が情けなく眉が下がっているのが自分でも分かってしまう。

 向き直れば、本来は白い瓜実顔であるのを真っ赤に染め上げ、眦をキリキリと引き攣らせたイザベルがいる。

 この女性は今更何を望むのか。
グレースはリシャールと既に離縁している。うの昔に侯爵邸も出た。

 貴女が欲しがっていたものはそっくりそのまま置いて来たのよ?そんな事を噛み砕いて話さねば、理解が出来ないのだろうか。
 こんな事で侯爵夫人が務まるのか、いやその前に、成人貴様として大丈夫なのだろうか。たった今、受けたばかりの無礼を忘れて、グレースはついそんな心配をする。




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