今日も空は青い空

桃井すもも

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 五日ほどを本邸で過ごしたリシャールは、六日目には御機嫌で別邸へと戻って行った。
 これから数日を掛けて愛人を愛でるのだろう。物事を気楽に受け止める気質のリシャールは、ああ見えて敵を作らない。

 侯爵家嫡男と云う立場に周りが遠慮をするのは致し方無いが、それを除いても彼には人好きのする愛嬌があって、結果多少の不手際が有ろうとも大抵大目に見られて許されてしまう。それは天の恵みと言って良いだろう。

 ただ、ロバートに対してだけは相性が悪いのを自覚するらしく、ロバートに至ってはリシャールの話題が出ると毛虫を見るような顔をする。


 あれからひと月ほどが経った。今宵は王家主催の夜会である。グレースはロバートをパートナーとして参加していた。

 第一王女殿下の生誕を祝う夜会であったのだが、以前王妃に首飾りを奉上していたことから、商会会頭としてロバートとグレース連名で招待を受けていた。

 高位貴族であるヴィリアーズ侯爵家には、当主夫妻が招かれている。そして後継者であるリシャールも。

 流石に常識を疑ったのは、どこまで気楽なのかリシャールは、先般のやり取りの後であったのにこの場にイザベルを同伴して現れた。

 義母の顔が青褪めて、義父は苦虫を噛み締めた表情を戻せずにいる。

 貴族の間では、先日のイザベルがグレースの商会で騒ぎを起こした一件が面白可笑しく噂になっていたから、誰もが本妻と愛人が王家の夜会で対立する構図を思い描くらしく、興味津々にこちらを窺う視線を扇の陰に感じた。

 夫妻が其々別々のパートナーを同伴している夜会で何が起こるのか。皆、流行りの演劇を観賞する気分なのだろう。


 そんな視線の中にあってグレースは胸を張る。

 今日の装いは、深海を思わせる青味を帯びたビリジアンのドレスにクリスタルガラスの首飾りを纏っている。

 数ミリの小さなクリスタルをどんな技法を凝らしたのか、一粒ずつ縫い上げ繋げ合わせているらしい。首元では幅の狭いラインであったのが胸に至るまでにボリュームを増して、胸の中央は編み込まれた無数のクリスタルが照明の灯りを受けて眩しい光を放っている。

 まるで首飾りの為に舞台を誂えた様に、ドレスのVラインの襟元は両の乳房を掠めるようにギリギリのところを通り越し深く切込むデザインであった。あわや白いまろみが零れて見えるのではないかと、婦人方の視線まで捉えてしまう。

 見えそうで見えない魅力。
殿方に至っては、何かの拍子に美しい光景に出会えるのではないか、そんな期待を含んだ視線を投げ掛けて来る。

 グレースの、やや垂れ気味の目元にはビリジアンに重ねて紅色の色粉が塗られて、いにしえの異国の女王を思わせる。
 平素は職業婦人らしく落ち着いた姿で知られるグレースも、夜会にあっては一際耀いて見える。思わず欲を掻き立てられて、殿方ばかりか婦人方の視線さえも惹き付けてしまうのだった。

 胸元の大胆なドレスは背中も腰まで深くえぐれており、ダンスの際にはホールドする手が素肌に触れる事だろう。
 グレースが身に付ける首飾りの特徴である長く垂れるアジャスターもクリスタルガラスを繋ぎ合わせたものであったから、背に一本きらりと燦めくラインを生んでいた。
 その先端にはシャンデリアパーツの如く光を反射する雫型のクリスタルが下がって、こちらは澄んだビリジアンの色ガラスが使われている。

 長く垂れて煌めくのは耳元も同じで、クリスタルガラスは煌めきを放ちながらグレースが動く度にその首元で耳元で、キラキラと光を放って綺羅びやかに揺れるのだった。

 今宵のグレースは、深海から現れた海の精を思わせた。ビリジアンのドレスにクリスタルの白波が立っている。

 既に婦人達の中には、グレースの商会にドレスが並ぶのを待つ婦人、そんなのは待てないと予約を取り付けようと算段する婦人らも多くいる事だろう。

 パートナーのロバートも揃いのジャケットに身を包み、襟元にはグレースの首飾りと同じ仕様のクリスタルガラスを編み込んだブローチピンが燦いている。
 大きな体躯に精悍な面持ちの男が繊細なクリスタルガラスを身に着けるから、こちらも男の色香を放ってご婦人方の目を惹くのだった。

 祝の席に華を添える装い。
 シンプルなラインのドレスとスーツ。なのに匂い立つ色香を放つ二人の姿に、明日から商会は怒涛の問い合わせを受けるだろうと思われた。


「クレア第一王女殿下、ご生誕の日を心よりお祝い申し上げます。」

 ロバートはボウ・アンド・スクレープを、グレースはカーテシーで礼をする。

「ご生誕のお祝いに、我がR&G商会よりこちらの品を奉上させて頂きます。ここにおりますグレース夫人の首飾りに更に一連、クリスタルの装飾を重ねてお造りしたものにございます。」

「まあ、何と言う輝き。ダイヤモンドと見紛う美しさであるわね。これがクリスタルガラスだと言うのだから驚きだわ。」

「お母様、これはわたくしが頂きましたの。お貸しすることは出来ても差し上げるのは出来ませんことよ。」

 仲の良い王妃と王女が、首飾りを巡って軽口を言い合う。

「グレース夫人、もう少しこちらへ。」

 繊細な技巧を確かめたいのか、王妃がグレースを側に呼ぶ。

「御身に近付く事をお許し下さい。」

 礼を述べてからグレースがゆっくりと王妃と王女の元へ侍れば、それを見ていた王太子殿下まで近くに寄って来る。

「おお、見事だね。」
「お兄様、何処を見ていらっしゃるの?もう!破廉恥ね!」

 グレースの胸元を覗き込む王太子の背中をぽかりと王女が叩いて、朗らかな笑いが上がる。

「王女殿下にお喜び頂けましたら、職人達も名誉な事と大層励みになる事でございましょう。」
 グレースがそう言えば、

「貴方がたの職人とは皆平民であるのでしょう?素晴らしい技術を持っているのね。」
 王女は素直な感想を瞳を輝かせて言う。

「はい。彼等は我が商会の宝でございます。」
 ロバートと目を合わせながらグレースが答える。

「今日の装いもとても素敵だわ。グレース夫人、相談なのだけれど、来月までに一着お願い出来るかしら?」

 王女には現在、隣国の王太子殿下との婚約話しが持ち上がっていた。来月にはその初顔合わせが予定されている。
 誉れなことに、その晴れの舞台のドレスをロバートとグレースの商会が指名を受けた。

「王女殿下の御心のままに。」

 そこで二人、再び最敬礼をして座を退けば、周囲はその一部始終を羨望の眼差しで見つめている。

「上々であるな。」

 ここに来て尚、常と変わらぬロバートの軽口に、すっかり緊張の解れたグレースは思わず白い歯を見せ笑ってしまった。



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