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参加した夜会でざわめきが起きてグレースがそちらに視線をやれば、夫が愛人の腰に手を添えて仲睦まじい姿で現われた。
妻と愛人が対峙する、周囲は途端に色めき立って両者を交互に窺い見る。
夜会の招待状はグレース宛に届いていたが、それはグレースの経営する商会の経営者として招かれていたからで、侯爵家宛の招待状はリシャールが勝手に持って行ったのだろう。
邸に帰ったなら家令を問い質さねばならない。彼は幼少から世話をしたリシャールに甘い。
今宵の夜会は、グレースにとっては経営する商会の新作ドレスの披露目の場であった。
ドレスはクリノリンを外した新しいデザインで、とろりと滑らかな生地が生み出す身体に沿った自然なラインが美しい。
腰から足元までを流線状に緩やかに落ちるスカート部分が特徴で、リボンや刺繍といった装飾の一切を省いた無地のロングドレスである。そこに趣向を凝らしたネックレスを合わせている。
襟ぐりの浅いドレスの胸元を、大粒のバロックパールと繊細に編み込まれたグラスビーズの首飾りが飾る。
極小のグラスビーズを繊細な細工で編み込んで、それらを繋ぎ合わせて一輪の花を象る。大粒真珠をたっぷり二連重ねて、そこに花弁を繋いだ首飾りであった。
後ろは、背まで長く垂らしたアジャスターの先端に雫状の大粒真珠が飾られて、どちらを前にしても遜色のない贅を尽くした仕様である。首飾りと、揃いで造られた耳飾りは、商会が手掛ける装飾部門の職人の手による逸品であった。
繊細緻密な手工が生み出す造形美には、宝石のそれとは異なる美しさがある。先日の王妃の誕生祝いにも、グレースはこれより一回り大きな花弁の首飾りを祝の品として奉上していた。
細身のグレースが纏う贅を尽くしたドレスと首飾り。貴婦人達はそれを間近で見ようと集まってくる。御婦人方に囲まれて、和気藹々と会話を楽しむ風に、商会の新作商品の宣伝をするのであった。
間の悪い事に、そこで夫とかち合った。
イザベルが眦を吊り上げるのが解ったが、こちらはビジネスであるし後から来たのはそちらであるからどうにも出来ない。
結局、お披露目も既に十分であったから、グレースは早々に退場して邸に戻った。招待状の件で家令をとっちめて、次はきちんと知らせて頂戴と念を押すのを忘れない。
ドレスも装飾品も大活躍であった。
明日は工房で職人達を労って、これから注文が重なるであろうから量産体制について商会の皆と話し合おうと考えながら、身を清めて寝台に入った。
婚姻してから間もなく三年を迎える。その三年の間も、隣の夫妻の寝室よりも夫人の私室の方が馴染んでしまった。
週に一度か十日に一度、夫が本邸を訪れる日のみは閨を共にしていた。今夜も夫は別邸であろうと思っていたから、私室の寝台で微睡み、夢の世界に堕ちて行くのを行き成り引き上げられて驚いた。
「まあ、旦那様。」
寝ぼけ眼の妻に優しい言葉を掛けることもなく、夫は行き成り伸し掛かる。
きゃあと、小さく声が漏れたがそれも直ぐに飲み込まれた。
ねっとりと口内を舐め上げられて、息を付く間も与えられずに両頬を掴まれて激しい口付けに只管耐える。息も絶えだえ、はあはあと漸く呼吸が出来たときには、苦しさから解放されて生理的な涙が滲んだ。
「どうなさったの?旦那様。」
そう問えば、夫は子供が拗ねた様な顔をする。
「またあの男といたのか。」
貴方こそ、その台詞そのままお返ししたい。
「ええ、彼はパートナーですもの。」
「君のパートナーは私だ。」
「ビジネスですわ。」
「あんなに近い距離で?」
貴方も愛人の腰に手を添えていたでしょう?
「それ程でも、「近かった!」
もうそれからは歯止めが効かない。
正面ばかりか裏にも返され恥ずかしい程に責められる。何処もかしこも口付けられて、汗も愛液も互いのものが混じり合いとろとろに溶かされる。
グレースは夫が初めてであるから、他の殿方の手技は知らないが、夫には初夜の夜から甘く蕩かされている。
四つ年上の夫の手に指に唇に翻弄されて、翌朝には喉も痛めて声が掠れる程になる。
グレースに後ろから伸し掛かり耳朶を喰みながら、リシャールは耳元で囁く。
「君は僕の妻だよ、忘れては駄目だよ。」
実のところ、グレースはこのどうしようもない夫を嫌いになれない。
どうしようもないけれど、玩具を奪われた様に臍を曲げて、一晩中妻を求めるこの夫が可愛いとすら思えてしまう。
愛を別に持って手離さないくせに、妻の身辺に目を光らせて、家令にも執事にも細かに報告させているのを知っている。
穀潰しであれば放逐されるのだろうが、義父が経営する侯爵家の商会には毎日勤めに出ているし、彼はそこそこ才も有り商談も上手い。詰めの甘いところ確かにあるが、経営の資質は持ち合わせていた。
そして夫は思いの外嫉妬深い。
恋人だけでは満足出来ぬのか、妻の全てを欲して心も身体も束縛する。
とんだ人誑しがリシャールなのである。どうしようもないのに愛される。誰もが見捨てられない愛嬌が彼にはある。だから、恋人から愛人に名を変えても尚も離れられないイザベルの気持ちが、グレースには理解出来てしまうのだった。
現に、グレースも呆れながらも愛を感じずにはいられない。こんな夫など手打ちにしたい筈なのに、何故か憎めぬままに甘やかしてしまう。
「グレース、言ってごらん。」
「...私は..貴方の妻よ、」
「忘れてはいけないよ。」
「ええ..」
後ろから揺さぶられながら、教師に幼子が習う様に口に出して言い含められる。
それを幸せだなどと思う自分にも、つくづく呆れてしまうのだった。
妻と愛人が対峙する、周囲は途端に色めき立って両者を交互に窺い見る。
夜会の招待状はグレース宛に届いていたが、それはグレースの経営する商会の経営者として招かれていたからで、侯爵家宛の招待状はリシャールが勝手に持って行ったのだろう。
邸に帰ったなら家令を問い質さねばならない。彼は幼少から世話をしたリシャールに甘い。
今宵の夜会は、グレースにとっては経営する商会の新作ドレスの披露目の場であった。
ドレスはクリノリンを外した新しいデザインで、とろりと滑らかな生地が生み出す身体に沿った自然なラインが美しい。
腰から足元までを流線状に緩やかに落ちるスカート部分が特徴で、リボンや刺繍といった装飾の一切を省いた無地のロングドレスである。そこに趣向を凝らしたネックレスを合わせている。
襟ぐりの浅いドレスの胸元を、大粒のバロックパールと繊細に編み込まれたグラスビーズの首飾りが飾る。
極小のグラスビーズを繊細な細工で編み込んで、それらを繋ぎ合わせて一輪の花を象る。大粒真珠をたっぷり二連重ねて、そこに花弁を繋いだ首飾りであった。
後ろは、背まで長く垂らしたアジャスターの先端に雫状の大粒真珠が飾られて、どちらを前にしても遜色のない贅を尽くした仕様である。首飾りと、揃いで造られた耳飾りは、商会が手掛ける装飾部門の職人の手による逸品であった。
繊細緻密な手工が生み出す造形美には、宝石のそれとは異なる美しさがある。先日の王妃の誕生祝いにも、グレースはこれより一回り大きな花弁の首飾りを祝の品として奉上していた。
細身のグレースが纏う贅を尽くしたドレスと首飾り。貴婦人達はそれを間近で見ようと集まってくる。御婦人方に囲まれて、和気藹々と会話を楽しむ風に、商会の新作商品の宣伝をするのであった。
間の悪い事に、そこで夫とかち合った。
イザベルが眦を吊り上げるのが解ったが、こちらはビジネスであるし後から来たのはそちらであるからどうにも出来ない。
結局、お披露目も既に十分であったから、グレースは早々に退場して邸に戻った。招待状の件で家令をとっちめて、次はきちんと知らせて頂戴と念を押すのを忘れない。
ドレスも装飾品も大活躍であった。
明日は工房で職人達を労って、これから注文が重なるであろうから量産体制について商会の皆と話し合おうと考えながら、身を清めて寝台に入った。
婚姻してから間もなく三年を迎える。その三年の間も、隣の夫妻の寝室よりも夫人の私室の方が馴染んでしまった。
週に一度か十日に一度、夫が本邸を訪れる日のみは閨を共にしていた。今夜も夫は別邸であろうと思っていたから、私室の寝台で微睡み、夢の世界に堕ちて行くのを行き成り引き上げられて驚いた。
「まあ、旦那様。」
寝ぼけ眼の妻に優しい言葉を掛けることもなく、夫は行き成り伸し掛かる。
きゃあと、小さく声が漏れたがそれも直ぐに飲み込まれた。
ねっとりと口内を舐め上げられて、息を付く間も与えられずに両頬を掴まれて激しい口付けに只管耐える。息も絶えだえ、はあはあと漸く呼吸が出来たときには、苦しさから解放されて生理的な涙が滲んだ。
「どうなさったの?旦那様。」
そう問えば、夫は子供が拗ねた様な顔をする。
「またあの男といたのか。」
貴方こそ、その台詞そのままお返ししたい。
「ええ、彼はパートナーですもの。」
「君のパートナーは私だ。」
「ビジネスですわ。」
「あんなに近い距離で?」
貴方も愛人の腰に手を添えていたでしょう?
「それ程でも、「近かった!」
もうそれからは歯止めが効かない。
正面ばかりか裏にも返され恥ずかしい程に責められる。何処もかしこも口付けられて、汗も愛液も互いのものが混じり合いとろとろに溶かされる。
グレースは夫が初めてであるから、他の殿方の手技は知らないが、夫には初夜の夜から甘く蕩かされている。
四つ年上の夫の手に指に唇に翻弄されて、翌朝には喉も痛めて声が掠れる程になる。
グレースに後ろから伸し掛かり耳朶を喰みながら、リシャールは耳元で囁く。
「君は僕の妻だよ、忘れては駄目だよ。」
実のところ、グレースはこのどうしようもない夫を嫌いになれない。
どうしようもないけれど、玩具を奪われた様に臍を曲げて、一晩中妻を求めるこの夫が可愛いとすら思えてしまう。
愛を別に持って手離さないくせに、妻の身辺に目を光らせて、家令にも執事にも細かに報告させているのを知っている。
穀潰しであれば放逐されるのだろうが、義父が経営する侯爵家の商会には毎日勤めに出ているし、彼はそこそこ才も有り商談も上手い。詰めの甘いところ確かにあるが、経営の資質は持ち合わせていた。
そして夫は思いの外嫉妬深い。
恋人だけでは満足出来ぬのか、妻の全てを欲して心も身体も束縛する。
とんだ人誑しがリシャールなのである。どうしようもないのに愛される。誰もが見捨てられない愛嬌が彼にはある。だから、恋人から愛人に名を変えても尚も離れられないイザベルの気持ちが、グレースには理解出来てしまうのだった。
現に、グレースも呆れながらも愛を感じずにはいられない。こんな夫など手打ちにしたい筈なのに、何故か憎めぬままに甘やかしてしまう。
「グレース、言ってごらん。」
「...私は..貴方の妻よ、」
「忘れてはいけないよ。」
「ええ..」
後ろから揺さぶられながら、教師に幼子が習う様に口に出して言い含められる。
それを幸せだなどと思う自分にも、つくづく呆れてしまうのだった。
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