今日も空は青い空

桃井すもも

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 窓から外を見上げれば、今日も青い空が眩しい。

 朝の身支度を終えて、グレースは食堂へ向かう。

 食堂へ入り夫人の席へ座れば、程なくして温かなスープが運ばれて来る。
 野菜のスープとパンと卵、パンには果実のジャムが添えられている。食後の紅茶にはミルクをたっぷり入れて貰うのが朝の楽しみの一つである。

 一人きりで迎える朝餉の時間。
カトラリーが微かに立てる音と自身の咀嚼する音だけが聞こえる。控える使用人以外は誰もいない食卓には夫の席がある。だがそこに座る人物は今はここにいない。

 窓から差し込む日射しが暖かく、季節が春の盛りであるのを教えてくれる。
 穏やかな朝のひと時に、もう長いこと一人で過ごしているように思えてくるが、グレースがヴィリアーズ侯爵家に嫁いで来たのは三年前の初夏であった。夫と婚姻を結んで間もなく三年を迎える。


 グレースは十九の年に侯爵家へ嫡男の妻として嫁いで来た。それ以来、王都にあるこの侯爵邸を住まいとしている。

 濃い焦茶にも見えるブルネットの髪に蒼い瞳。色白なのは貴族婦人であれば皆そうであるが、少しばかり垂れ気味の目元に華奢な細腰がアンバランスな色香を漂わせている。

 グレースはエバーンズ伯爵家の次女として生を受けた。
 エバーンズ伯爵家が羊毛から毛織物業を興し王都に紳士服の商会を立ち上げたのは祖父の代、それからは商家さながらの商いの手腕で富を得てきた家である。

 最近は領地持ちの貴族もそれだけでは立ち行かなくなって来た。富豪の平民が台頭し、ただ与えられた領地を治めるだけでは益は得られない。没落貴族は探さずともいくらでも見かけるようになった。

 そこにあって、今なお財を増やして王都のみならず隣国にも支店を構えるエバーンズ伯爵家は、働かざる者食うべからず、子女等はそう幼い頃から学びを受けて才を磨かれる。謙虚に人の言葉に耳を傾けて、商人そのものの教育を施されて育つ。

 そんなエバーンズ家を、まるで平民の様だ浅ましく金を稼ぐなどと下に見る貴族家は確かにあるが、その本心は才を持たない自家への危機感から来る羨望であろう。

 父も母もよく働く人である。
朝から商会経営に社交にと忙しく、家族の晩餐はその日の出来事に加えて、時事に始まり最近の流行、他国の情勢、次の仕入れの目星に加えて父の代から始めた婦人服店の売上など、商売色の濃いものであった。

 そこで育ったグレースも、貴族令嬢らしい容姿を活かして、最新のドレスからデイドレスやワンピース、紳士服の生地を婦人用に仕立てた新しいスタイルのスーツなどを身に纏い、生家が商う商会の若き広告塔として家の為に務めていた。

 伯爵家は兄が後継者として既に妻を迎えている。二人は帝国にて経営学を学んだ折に出会った学友同士で、今も帝国式の経営を自国に合わせて取り入れながら、新しい形の経営を模索している。

 姉は既に他家に嫁ぎ、こちらは子爵家であるが領地に港を擁しており、貿易と造船で財を成す資産家である。

 そんなグレースは、親譲りの商才と姿の良さが目に留まったのか、ヴィリアーズ侯爵家当主から是非にと望まれて嫡男の妻にと迎えられた。

 侯爵家は先代から事業を興し、貴族向けの商会を経営している。それは開業当時は持て囃されるも、肝心の貴族達の購買力が劣ってからは上手く平民向けに転向出来ず、近年では事業にも先細りが見えていた。

 そこでエバーンズ家の広告塔を令息の妻にと望んだのであるから、さぞ大切にされているかと思えば、そこには複雑な事情があった。

 確かに侯爵家では、グレースは下にも置かない扱いを受けている。
家令も執事も嫁いだその日からあれこれと夫人の家政や家の執務を助けてくれるし、侍女達はいつでもグレースの住み良い様にと心配りを欠かさない。

 義父母である当主夫妻も若夫婦が心地よいようにと気を遣い、王都郊外に元より所有していた二代前の旧侯爵邸を直してそちらへ移り住んでいた。

 輿入れして以来、グレースは婚家から大切にされている。問題は夫にあった。

 夫には婚姻前からの恋人がおり、婚姻してからも彼女と離れるつもりは無いらしい。
 彼等の事は、社交の場ではかねてから周知されていた噂のカップルであったから、当然グレースも知っていた。

 婚姻の際に、あの二人は必ず手を切らせると義父は言ったが、であれば夫は何故この邸にいないのか。夫は侯爵家が所有する別邸に恋人を住まわせて、自身もそこを住処としている。

 茶会や夜会に出れば、二人の目撃談は当たり前の様に聞かされたし、あろう事かグレース自身が二人を目撃する事も一度や二度ではなかった。

 鮮やかな金の髪に澄んだ翠の瞳。貴公子らしい涼しげな面立ち。夫は美しい男性ひとである。どこから見ても正しく貴族を体現した美丈夫。美しい夫リシャールは、その恋人を隠そうともしない。それは妻となったグレースに対しても同じであった。

 婚約の誓約書にサインをした直後から二人の噂は途切れることなく耳に入って来た。それ程に恋人を愛するのだから、グレースとは白い婚姻で数年を過ごし、そのうち離縁されるのだろうと覚悟をしたのだが、夫は初夜にはグレースのまだ硬い身体を蕩かして、誰にも知られぬその身を暴いてグレースに快楽を教え込んだ。

 週の殆どを愛人宅で過ごすのを、偶に帰宅すれば閨は当然の事と覆い被さる。
 身体はすっかり夫に馴染み、肌を合わせれば容易く受け入れ翻弄されて、熱く大きなその手の平で只管ひたすら快楽を与えられるのだった。

 夫は邸にいる時にはグレースを側に置くのを好み、朗らかな気質で話上手であるからグレースをよく笑わせ楽しませてくれる。

 彼は決して冷たい夫ではない。グレースを冷遇する訳ではないのだ。

 ただ、彼が心から愛するのが恋人であるイザベル唯一人であるのは、変わることのない事実なのであった。





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