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年が明けて暫くして、エドガーが海街の邸を訪れた。

年の瀬の聖夜の祝いに、続く新年を祝う祭事にと、王都の社交界は華やかな事であったろう。

それらを漸く熟し終えたらしいエドガーの来邸であった。

聖夜をコレットは邸の使用人達と過ごした。
信を寄せる頼れる使用人達は、幼い頃のコレットには馴染の無かった「家族」であった。

エドガーが訪れる事はないことを分かっていたが、それは当然と思っていた。 

彼には真の夫人がいる。
結果的に囲われたのは戸籍上の夫人であるコレットであったが、それをコレットは問い質したいとは思っていない。

次にエドガーと会える機会があるならば、話したい事があった。
そして今度こそは、承知して欲しいと思っていた。

街を賑わす新年の浮かれた空気が静まる頃、漸く訪れたエドガーは、コレットの迫り出し始めた腹を見て暫く動けないようであった。
妊婦を間近で見ることは初めてであったらしく、細身であった妻の身体の変化に確かに子を宿しているのを実感したらしい。

一歩二歩と近付いて、恐る恐るという風にコレットの腹部に手を添えようとする直前「触れてもよいか?」と、まるで硝子細工にでも触れるような慎重さをみせた。

大丈夫だとコレットが答えると、腹に手のひらを添わせてゆっくりと撫でた。その手つきが、らしくない程優しくて、きっとこの子も喜んでいるわとコレットは思った。

「身体は?」
大丈夫かと皆まで言わずに、相変わらずの短い言葉でコレットを案ずる。

それだけで十分だと思える位に、コレットはエドガーの事を知っている。

ただ、微笑んだコレットに触れるだけの口付けをしたエドガーに、そんな甘い貴方は知らないわと、今更ながら頬が熱くなった。

子を成した夫婦であるのに、初恋の恋人たちのような初々しい二人に、暫し部屋には甘やかな空気が漂った。

お茶を含んだエドガーが漸く落ち着いて、少しばかりの不器用なお喋りを交わした後、コレットは和やかな空気を纏ったまま、エドガーに切り出した。

「旦那様、お願いがありますの。」

訝しそうにコレットを見つめるエドガーに、返事を言わせずコレットは続ける。

「この子を私の子にして下さいませんか?」

エドガーは一二度瞬きをしただけで動かない。
漸く放った言葉は

「何を馬鹿な事を言っているんだ?」
いつかの言葉と同じであった。

違うのは、エドガーが本心から訝しんで、コレットの言う事が訳が分からないと動揺を見せたことか。

「この子は君の子だろう」
「ええ、ですから戸籍ごと私に下さいとお願いしているのです。」
「君は私の妻だ。子も私の子だ。」
「貴方には妻にしたい方がいらっしゃるでしょう?」
「コレット、可怪しな事を言わないでくれ」

いつかと同じ台詞を繰り返す様なエドガーの言葉は、困惑と懇願にまみれて、まるで置いて行かれる幼子の様に思えた。

今もコレットの手を取り、行くなと引き止めようとする。

「私は何も要らないのです。貴方と貴方の愛する方から、何かを奪いたいと思っている訳ではないのです。」
「ただ、この子と二人、この邸で暮らすことを許してほしいのです。」

途中ひと息呼吸を整えて、コレットは続けた。

「一生のお願いです」

女の短い一生でただ一度だけ乞う願いには、万国共通男達は太刀打ち出来ない。

「コレット」
低く短くコレットを呼ぶ耳に馴染んだ声。

「一体、何を言っている?愛する者とは何だ?」

至極不思議そうに戸惑うエドガーに、今更そこ?とコレットは力が抜けてしまった。







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