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「奥様、漸くお食事を召し上がれる様になりましたね。これからはどんどん食の欲が増して参ります。元よりお痩せの奥様ですから、少しばかりお太りになられても宜しいでしょう。」

温かいハーブティーを手渡しながら侍女頭が言う。

懐妊が分かってからも、エドガーはコレットをこの邸に留めた。
コレットは、この海を臨む街で子を産む事となった。


「有難う、キャシー」

侍女頭は名をキャサリンと云う。

コレットは嫁いで来てからずっと侍女頭をキャサリンと呼んでいた。
けれども、この邸に移って来てからエドガーが「キャシー」と愛称で呼ぶのを少しばかり羨ましく思った。

今更であるけれど私もそう呼んで良いかしらと尋ねて「勿論ですとも」といわれてからは、愛称で呼んでいる。

物心のつく頃には既に、両親との間に隔たりを感じていた。実子であるのに養子を取られて、エドガーとの婚姻という形で外に出された。

母と二人でゆっくり会話をした事は、果たして何度あったろう。
実母より少しばかり年嵩と思われるキャサリンとの会話は、いつも温かな思いやりが感じられて、母親と親しいと云うのはこんな気持ちなのだろうかと思った。

お茶を口に含み寛ぐコレットに、
奥様、外に出られず退屈でしょう、少しキャシーめの話しにお付き合い下さいませ。
そう言いながらキャサリンが話し始めた。

「私は、旦那様を嬰児(みどりご)の頃より存じ上げております。私は、先代様の奥様、旦那様の御母上様のお輿入れに付いてきた供でございましたから。」

御母上様とは年寄りは舌を噛んでしまいますね、今だけ奥様と呼ばせて頂きましょう、と断ってから話しを続ける。


ご存知の通り、旦那様のご両親様は長くお子に恵まれませんでした。 

奥様は大層お悩みになられて、良いと云われることは何でもお試しになられていらっしゃいました。

親族からの重圧も、他の貴族家からの詮索も、どれほど重く苦しい事であったことでしょう。既に子を儲けておりました私では、全てを理解して差し上げる事など出来ませんでした。

漸くご懐妊されたときのお喜びようは大変なもので、今でもはっきりと憶えております。
大切に育てるのだと、可愛がってあげるのだと、産着も手ずから縫われて、お産まれになる日を心待ちにしておられました。

お産があれ程に重くなければ、今も貴女様のお力になられていた事でしょう。

奥様は丸二日掛けて旦那様をお産みになられました。
けれども産まれたばかりの旦那様をお抱きになる事は叶いませんでした。

男子であるとの産婆の言葉をお聞きになって、良かったとおっしゃったのが最後のお言葉でした。
ご自分の命を旦那様にお譲りになって儚くなられました。

先代様の悲しみようは、私のような無学の者では言葉に表すことも出来ません。
奥様が遺された旦那様を、唯一の宝と大切にお育てになられました。

病を得られたのは、愛する方と離れてしまったご心痛も原因であったのかもしれません。
お若い旦那様を残されるのを大変心残りにされておいででした。

旦那様はそんなご両親に何を思われた事でしょう。

ご自分の命を削って旦那様に命を授けた御母上様と、一目もお会いする事の叶わなかった旦那様です。

お輿入れなさってから、奥様がお心を痛めていることを、きっとご承知であったと思います。
ご存知の通り、お顔もお口も硬い方ですから、奥様を、世の殿方の様に上手く愛でる事が叶わなかったのではないでしょうか。

それにしてもあまりに伝わっておられませんが、と言ってからキャサリンは、

下手くそで仕様の無い方ですが、あの方なりの方法で奥様に愛を傾けておられるのだと、キャシーめは思っております。

色々足りておりませんがね、と更なる駄目出しを上乗せした。





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