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季節が二つ過ぎて、コレットが住まう邸の周りも色付き始めた。

エントランスは山手を正面に、港を背にしており、そこから日に日に色を変えていく山麓の景色が楽しめる。

麓に降りて遠景の山と港を眺めれば、すっかり色を濃くした緑に赤や黄色が混じり合う風景は正しく一幅の絵画で、自分にも絵の才があったならと己の不才が悔やまれた。

此処に来て、当然ながら社交などと云う事をしていない。

ピアノは変わらずに嗜んでいるが、折角学んだマナーは気ままな暮しですっかり御座なりに無駄にしている。そんなコレットを見たなら呆れるだろうと、会わなくなって久しい教師達の顔が思い出された。
エレンとは文を交わすも会ってはいない。

コレットはすっか海街の住人に収まり馴染んでいた。

昼中は汗ばむ日もあるのに、朝夕には風が冷たいと感じる事が増えて来た。
コレットの住まう邸は山の中腹にある為、早朝は特に冷えを感じた。
だから、夜更かしが過ぎて身体を冷やしてしまったのだ、季節外れの風邪を引いてしまったのだと思った。

「奥様、医師を呼びましょう。」
こちらに来てからは皆、コレット様と名呼びしていたのを、久しぶりに王都での呼び方で呼ばれて、思わず侍女頭を見詰めた。

真逆。
真逆、そんな事、ある筈が無い。
だって四年も何も無かったのに。

侍女頭に何事かを言付けられた執事が、その日の内に王都へ向かった。
この邸の執事は、王都の執事ヘンリーの息子である。

邸内が僅かに平素と違う空気を纏って、コレットは広間ではなく夫人の部屋の寝台に寝かされた。

暖かな寝具に包まれてコレットは混乱する思考を治めようとするも上手く出来ず、医師を呼んだ昼間の事を思い出す。

コレットの診察を終えた医師の言葉を聞いて、側に控えていた侍女頭と侍女達が、
「お目出度う御座います」と頭を下げた。



「コレット」
やはり来てしまったわ。

自分の名を呼ぶ夫に、伏せていた顔を上げる。

自由になれたと思った。
美しい風景と信の置ける使用人に囲まれて、ここでの暮らしに癒やされた。
そうして夢を見ていた。
仮初めの自由であると解っていたのに。
だから夢から醒まされてしまった。

所詮、囲われるだけの存在であった。
王都に戻される。
腹の子と一緒に、戻されてしまう。

コレットはすっかり食が細くなっていた。
くよくよ悩む本来の気質からか、別の理由からなのか、当の本人も分からない。
ただ、味覚が変わって音にも匂いにも敏感になって、そうして心が塞ぎがちになっていた。

口も開けず眉を下げた青白い顔でエドガーを見上げるコレットを、エドガーが大きな身体で抱き寄せる。

そんな事は婚姻以来一度だってされた事の無かったコレットは、一言も言葉が出せずに固まってしまった。

手広く事業を展開する、辣腕経営者で知られるエドガーの不器用な抱擁は、力を込めて良いのかどうか身体に障りはしまいかと逡巡している様であった。

「コレット」
それしか言えないのかと誰かに言われそうな、相変わらず言葉の足りない夫に抱き締められて、頬を着けた胸から響く低い音は、自分の名を呼ぶ音とは別に、力強く脈を打つ鼓動の音であるのが解って、二つ合わさる音をコレットは瞳を閉じたまま聴いていた。




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