クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

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それからもエドガーは時折何の前触れも無く邸に現れた。

大体が言葉足らずなので、何故どうしていつ迄いるのか、コレットにはさっぱり分からなかった。

使用人達はいつも慣れた風に訪いを迎えており、いつも戸惑うのはコレットであった。


毎回慌ただしく訪れて、コレットと晩餐をとり、その後は身を合わせる。
そうして翌朝、慌ただしく帰って行く。

エドガーは、台風の様に現れて晴天の中を去って行く、騒々しい珍客であった。

エドガーの真の妻である未亡人は王都で夫の帰りを待ち、エドガーは戯れにコレットの邸を訪れる。

まるで、コレットこそがエドガーに囲われる愛人のようだと思った。

立場が逆転した、そんな発想を抱いたコレットは、それがあながちコレットの空想ではなくて事実である様に思えた。
そして、なぜだろうか心が軽くなるのを感じた。

「愛人」と云うのは、家の重圧も、妻の責務も、貴族との繋がりも全く関わりの無い、何とも気軽で無責任なもので、ただ恋人の訪れを待ち愛を受ける、只々ひたすら愛される存在なのだ。

世間で思う日陰の存在などでは無くて、堂々と、愛される存在であると胸を張っているのだ。

いつの間にか、黒髪の未亡人の上に自分の顔が重なって、ああ彼女はこんな気持ちでこんな風にコレットを見ていたのだろうと思った。

コレットが彼女を見る、探る様な追われる者の戦々恐々怯えた視線に、何をそんなに怯えるのかと可笑しく思った事だろう。

口さがない者からは、愛人に夫の愛も家も立場も奪われて、田舎街に逃げ込んだ哀れな夫人と言われるだろうが、コレットは思い掛けず知ってしまった自由な感覚に、もう一層のこと、それならそれで良いとさえ思えた。

籍があろうが抜けようが、そんなものは王都の二人で好きにしてくれれば良い。そんな無責任なことまで考えられて、悩み事に塗(まみ)れた婚姻生活が一瞬で霧散したような痛快な気分となった。

元来が神経の細かい「表のコレット」が、愛人などと不安定な存在で何時までエドガーに庇護されるのだと心配事を囁くのを、そんなものはどうにかなるわ。いざとなれば邸を出て教室でも手習いでもして暮らせば良いのよと「裏のコレット」がそれを打ち消す。

二人のやり取りを傍観している「真実のコレット」。
それ程気楽な事を考えられる様になった自分自身を、コレットは愛しく思った。

誰にも侵入されない思考の中で、思う存分伸び伸びと、芽吹いたばかりの新しい自分を楽しんでほしいと思った。




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