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エドガーは、愛情こそ傾けてはくれなかったが、だからといってコレットを冷遇していた訳ではない。コレットの夫人としての暮らしも体裁も整えてくれていた。

子供染みた意地を張るコレットを、精神の成熟した大人のエドガーは、幼子が駄々を捏ねているように見ていたのだろうか。

四年の婚姻生活の何処かでコレットがそれを改めて行動の何かを変えていたら、エドガーとの関わりは今とは違うものになっていたのだろうか。

すれ違った日々に今更気付いたとしても、走り出した滑車が止められぬようにコレットももう自分を止められなかった。

せめて、これからの人生はもう少し上手く生きよう。意地を張って殻に籠もって、大切な日々を無為にするような生き方は辞めにしよう。

過ぎた事を元に戻って正すなどと云うのは、魔法使いでもなければ出来ないのだ。


エドガーはコレットとの別居に当って邸宅を用意してくれた。

離縁を望むが故の別居であるのに、どこまでも夫に庇護されなければ生きられない自分がほとほと情けなく思ったが、エドガーがコレットに示した誠意なのだと思って受け入れる事にした。


コレットが移り住む邸は、あの海街に用意された。

エドガーは、住まいはエドガーが用意をするし管理も伯爵家で行うと、そこは譲らなかった。
だから住まう土地はとコレットは自分の希望を通した。

「あの街か?」
エドガーは心底意外そうな顔をした。
しかし、直後
「分かった。こちらで用意する。」
そう言った。


これは「小さな邸宅」とは言わないわ。

コレットは呆れた。

エドガーとコレットは、離縁を巡った言い争いの末、別居に至った夫婦である。
エドガーの判断次第で、いつでもコレットを放逐出来る。

エドガーは不貞によりコレットを裏切っていたし、常から甘い言葉を掛けてくれる様な夫ではなかった。
彼の笑顔はまるで売り物のように、妻にさえタダでくれてやるようなものではないのだ。

それなのに、飽くまでもクーパー伯爵夫人として庇護するエドガーに、コレットは戸惑いを覚えた。


港を見下ろす斜面の途中に邸宅はあった。
元は何処かの貴族の別邸か、裕福な商家の別荘だったのかもしれない。

クーパー伯爵邸にある離れ程の大きさの建物は、貴族の邸としては些か小さいが、平民が住まうには贅沢な大きさであった。

面白いのはその立地の形状で、王都生まれのコレットにとって初めて見るものであった。

港から続く山麓の急峻な斜面の途中に邸はあった。

正しくコレットが目を奪われた、夜の港から見上げた風景。瞬く街灯りのその一つ。あの風景の中に邸がある。
それがエドガーがコレットに充てがった邸宅であった。

玄関ホールから見ると確かに一階であるのに、エントランスを抜けて邸内に入り奥に進むと、一枚ガラスの大きな窓がある。そこは既に中二階になっており、眼下には港の風景を見下ろせた。斜面の傾斜を利用して建てられた邸宅は、表と裏とで階層が異なっていた。

「まあ!なんて素敵なの!!」
まるで手品か魔術師に騙されたような、初めて体験する風景に、コレットはらしくない大きな声を立ててしまった。

離縁と云う、女の人生における不幸の代償に、望みの実現という幸運を齎されたような気分であった。

「気に入ったか。」

「ええ!ええ!旦那様、有難うございます!」

興奮するコレットは気付かなかった。
だから見落としてしまった。

エドガーは、常になく燥ぐ(はしゃぐ)コレットを目にして、確かに笑みを浮かべていた。





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