クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

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一瞬、見つめ合う形となった。

エドガー自身、自分が何をしたのか理解出来ないのか、コレットを張った手のひらだけが彼の胸の辺りで止まったまま動かなかった。

コレットが転がるように夫婦の寝室から走り出る。
後ろからコレットを呼ぶエドガーの声が響いたが、一度も止まらず自分の部屋に駆け込んで震える手で鍵を掛けた。

そのまま扉を背にして崩れる様に座り込んだ。
程なくして激しくノックされ、その振動を扉越しに受けて身体が揺れるも、コレットは動く事が出来なかった。

ただ両腕で頭を抱えるように耳を塞いで、何も聞きたくない、考えたくなかった。神経が全身に張り巡らされて、頬も胸も、身体の全てに痛みを感じて、怒りも悲しみも絶望も綯い交ぜのまま、もう何も考えたくなかった。誰にも側に来てほしくなかった。

ただ涙が流れるのを止められずカタカタと歯の根も合わないまま暗闇の中にいた。

何度かエドガーのコレットの名を呼ぶ声が聴こえたが、目をきつく瞑って動かなかった。
マスターキーがあるから、無理矢理入ろうとすれば出来たのだろうが、そうはされなかった。

どれ位時間が経ったのか、
「奥様」ヘンリーの声が聴こえた。

「奥様、お怪我はございませんか。お身体に障ります。どうか何か口になさって下さい。」
「お出にならずとも結構です。食事だけお持ちしておりますので、少しだけ扉をお開け下さい。」

静かな声に心が鎮まる。
ゆっくりと扉を開けるとヘンリーが立っていて、その前にいる侍女が食事の乗っているらしいトレイを持っていた。
有難うと発した声が掠れて自分の声ではないよう聞こえた。
奥様、と漏れた侍女の声に思わず顔を上げると、瞳を潤ませた侍女と目が合った。

「お身体は大丈夫ですか?」
何処か痛むところは御座いませんか、とヘンリーに尋ねられて大丈夫とだけ答えた。

それから食事を受け取り、扉を締めた。
鍵は掛けなかった。無理やりな事はされないと解って、寧ろ、夫人の不安定な心を慮る使用人等の心遣いに感謝をした。

独りで食べる食事は、何も胃に入れていなかった為か、染み渡るような滋味を感じた。

美味しい、そう呟きが出て、こんな時にも食事が美味だと感じる自分は、案外図太いのだなと可笑しくなった。

翌日には、湯も浴びて侍女とも平素と変わらず接した。
ただそこにエドガーだけが居らず、邸にいるのか不在なのか分からなかったし聞かなかった。

まだ会いたくないと思ったが、もう怒りは感じていなかった。
このまま離縁されるなら、もうそれで良いと思った。


外出は許されなかった。
エレンに手紙を出したいとヘンリーに伝えれば、承知致しましたと答えられたので、届けてくれるのだと思った。






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