クーパー伯爵夫人の離縁

桃井すもも

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翌朝、朝食をベッドで食べた。
いつかしてみたいと思っていた。

行儀が悪いと思ったが、楽しかった。
だらけて過ごす学生時代の休日を思い出した。

途中、侍女が旦那様がお見えですと伝えてきたが、体調が戻るまで一人にしてほしいと言えば、承知したようだった。

体調がすぐれないと言えば、誰も何も言わなかった。

昼も惰眠を貪り、時々うつらうつらと覚醒めるも、そのまま眠り続けた。

夜になって侍女が「旦那様が心配されておられます」と眉を下げたが、同じ言葉で断った。

眠りの中には誰も侵入しなかった。
ひたすら目を瞑り、あの海辺の街の街灯りを思い浮かべた。
そうしていると、今もあの街にいるように感じた。
潮の香りと鷗の鳴き声が聴こえそうな、そんな錯覚を覚えた。

今直ぐあの場所に飛んで行きたい。
全て捨てて独りになりたい。
独りになって、誰にも心を奪われず、自分の尊厳を守ってあげたかった。

もう誰にも付き合う必要は無いと思った。
エドガーにも未亡人にも外野の五月蠅い貴族等にも。
自分の世界に彼等を侵入させたくないと思った。


私、傷付いたのだわ。

コレットは認めた。



窓辺に花束が飾られている。
きっとヨハンが気遣ってくれたのだろう。
「綺麗、」そっと花弁に触れる。

少し前に、ヨハンから種を貰っていた。
越冬出来る品種だそうで、一度根付いたら毎年春に芽吹いて花を咲かせるらしい。
枯れても枯れても咲くんだわ。
なんて強い花なのかしら。

「貴女が羨ましいわ」
小瓶に入れられた種を見つめる。

濃い焦げ茶の粒が芽吹くのを早く見たいと思う。
他にも球根を貰ったわ。何色の花を咲かせるのかしら。

あれからエドガーは商談の為に邸を出た。
数日は戻らないだろう。
帰ってきた時には、いつもの自分に戻って、この気持ちを正しく伝えよう。

コレットの気持ちは静かに固まった。


「もう体調はよいのか」
「はい、旦那様。ご心配をお掛けしました。」
申し訳ありませんでしたと、晩餐の席で小さく頭を下げた。

エドガーは、夜会の晩のことを何も聞かなかった。
何故先に帰ったのか、
何故見舞いを断ったのか、
何故今まで顔を見せなかったのか、

もしかしたら、彼の中ではそれらは既に終わった事で、元よりコレットの行動に然程興味を持っていないのかもしれない。
そこまで思ってコレットは思考を止めた。

もう考える必要は無い。
彼にとって過ぎた事であるのなら、コレットにとっても、もう思い返す事では無いのだ。

晩餐がデザートまで進んだころ、コレットから声を掛けた。

「旦那様。お話ししたい事があるのです。」

エドガーは黙って頷いた。









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