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コレットは、多分エドガーに何かを褒められた事が無い。容姿だけでなく、何に於いても褒められた記憶が無い。九歳も年下の低位貴族の令嬢であったコレットに、褒められるところなどコレット本人でもなかなか見つけられない。
侍女達が「美しい」と励ましてくれるのをエールと受け止めて、毎回夜会を乗り切って来た。
今夜も夫が無言のまま馬車に乗っても、それはいつもの事であった。
「何故宝石を着けない。」
だから、エドガーから急に言葉を掛けられて驚いてしまった。驚いた余り、暫く反応出来ずにいると
「髪飾りがあるだろう。」
宝物庫にも、と続ける。
「母の物を直しても良いし、気に入らなければ、」
「いいえ、良いのです。花が好きなのです。」
漸く言葉を発した時には、エドガーを遮ってしまった。
「花が好きなのか?」
まるで初めて知ったと云う顔をする。
「ええ、とても。」
エドガーは納得したのか、それ以上の会話は続かなかった。
夜会会場に入ると夫とは別々に分かれる。
それがいつもの事なので、いつもの様に見知った婦人達に会釈をして、飲み物を貰う。
夫婦が揃って挨拶をしたのは、婚姻式の後の僅かな期間であった。
エドガーの仕事に関わっていないコレットを伴っても邪魔になるだけだろう。紳士達には彼等だけの話もあろう。
だから、そんな紳士達に囲まれて華やかな笑みを振りまく女性に直ぐに目が行った。
遠目でも分かる、美しく飾られた黒髪に靭やかな身体の線を強調するドレス。それが下品に見えず、妖艶なのか清楚なのか分からない不思議な魅力を醸し出している。
何度見ても、美しい女性(ひと)だと思った。
エドガーが絡んでいなければ、もっと彼女に好印象を持っていたかも知れない。
女性が美しいと見惚れる女性。
そんな人が本当に存在するのだ。
いつまでも見つめていては、又何時ぞやの様に目が合ってしまいそうで、目を逸らそうとしてそれが出来なかった。
エドガーがいた。
未亡人の隣にいた。
穏やかな笑みを湛えて何やら紳士たちと話しをしている。
話が沸くのか、時折皆が一斉に笑い合う。
そしてそこに彼女が共にいる。
何かの拍子に、エドガーが嗚呼と云う表情をして、未亡人の腰に手を添えた。
自慢の細君を紹介している。何も知らない人にそう言ったなら、きっと皆信じるだろう。
似合いの二人。その二人が視線を合わせて見つめあい、
そこまでだった。
コレットは側を通った飲み物を配る給仕に声を掛けた。
伝言を頼む。
馬車も一台。
それから程なくして給仕から声を掛けられ、ひとつ頷いて、そのままホールを横切るように歩き出した。
すれ違う人も、自分を振り返る人も、誰も目に入れない。
出来うる限りの早足でホールを抜けて、
ホールを出てからは小走りで馬車留まで進み、控えていた馬車にそのまま乗り込んだ。
コレットは一人邸に戻った。
一人戻ったコレットに驚き慌てる執事や侍女達に「少し体調が悪くなってしまったの」今日はもう休むわね、と伝えて軽く身体を清めてもらい、夫人の寝室の寝台に横になる。
髪に飾っていた花は、侍女が小さなグラスに生け替えてヘッドボードに飾ってくれた。
部屋の明かりを全て消して、半月まで痩せた月明かりだけに照らされて、そのまま静かに瞼を閉じる。
途中扉の外が騒々しく感じて目が醒めかけたが、瞳を閉じたまま、そのまま眠りに就いた。
侍女達が「美しい」と励ましてくれるのをエールと受け止めて、毎回夜会を乗り切って来た。
今夜も夫が無言のまま馬車に乗っても、それはいつもの事であった。
「何故宝石を着けない。」
だから、エドガーから急に言葉を掛けられて驚いてしまった。驚いた余り、暫く反応出来ずにいると
「髪飾りがあるだろう。」
宝物庫にも、と続ける。
「母の物を直しても良いし、気に入らなければ、」
「いいえ、良いのです。花が好きなのです。」
漸く言葉を発した時には、エドガーを遮ってしまった。
「花が好きなのか?」
まるで初めて知ったと云う顔をする。
「ええ、とても。」
エドガーは納得したのか、それ以上の会話は続かなかった。
夜会会場に入ると夫とは別々に分かれる。
それがいつもの事なので、いつもの様に見知った婦人達に会釈をして、飲み物を貰う。
夫婦が揃って挨拶をしたのは、婚姻式の後の僅かな期間であった。
エドガーの仕事に関わっていないコレットを伴っても邪魔になるだけだろう。紳士達には彼等だけの話もあろう。
だから、そんな紳士達に囲まれて華やかな笑みを振りまく女性に直ぐに目が行った。
遠目でも分かる、美しく飾られた黒髪に靭やかな身体の線を強調するドレス。それが下品に見えず、妖艶なのか清楚なのか分からない不思議な魅力を醸し出している。
何度見ても、美しい女性(ひと)だと思った。
エドガーが絡んでいなければ、もっと彼女に好印象を持っていたかも知れない。
女性が美しいと見惚れる女性。
そんな人が本当に存在するのだ。
いつまでも見つめていては、又何時ぞやの様に目が合ってしまいそうで、目を逸らそうとしてそれが出来なかった。
エドガーがいた。
未亡人の隣にいた。
穏やかな笑みを湛えて何やら紳士たちと話しをしている。
話が沸くのか、時折皆が一斉に笑い合う。
そしてそこに彼女が共にいる。
何かの拍子に、エドガーが嗚呼と云う表情をして、未亡人の腰に手を添えた。
自慢の細君を紹介している。何も知らない人にそう言ったなら、きっと皆信じるだろう。
似合いの二人。その二人が視線を合わせて見つめあい、
そこまでだった。
コレットは側を通った飲み物を配る給仕に声を掛けた。
伝言を頼む。
馬車も一台。
それから程なくして給仕から声を掛けられ、ひとつ頷いて、そのままホールを横切るように歩き出した。
すれ違う人も、自分を振り返る人も、誰も目に入れない。
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髪に飾っていた花は、侍女が小さなグラスに生け替えてヘッドボードに飾ってくれた。
部屋の明かりを全て消して、半月まで痩せた月明かりだけに照らされて、そのまま静かに瞼を閉じる。
途中扉の外が騒々しく感じて目が醒めかけたが、瞳を閉じたまま、そのまま眠りに就いた。
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