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夫人の務めとして参加している茶会で、エドガーについての話が耳に入る事がある。
貴族に限らず、人は噂好きだ。
他人の家庭のあれこれは余程面白い事件なのだろう。
話の大体が、エドガーの愛の居場所についてであった。
まあ、とか、そう、とか聞き流しているうちに、この家庭は元より政略の婚姻で、愛やら恋やらとは無縁の冷えた関係なのだと周知されると、煩わしい「親切な情報」は減っていった。
それでも偶に耳に入れたがる人と云うのは存在する。
但し、彼女に関してはコレットは信頼を寄せていた。
エレンはそう云う人物であった。
共に伯爵家の夫人で年も近い。何より彼女は清廉な人柄であった。
一見似たところの無い二人であったが、何故か気が合い、茶会や夜会で言葉を交わす内に、互いの邸でお茶を楽しむ間柄になった。
友人というものがあるのなら、コレットにとっての友とは、エレンであろう。
そのエレンがコレットの夫に関して案じている。
とある貴族家の未亡人とエドガーが親密であるらしいのは、予てより様々な夫人方から心配という体(てい)で齎されて知っていた。
どうやら、それが社交界でも人気の子爵家の未亡人であり、先日劇場でエドガーのエスコートを受けて共に観劇していたらしい。
エレンが二人を目撃して、何れ人の口から聞くだろうからと教えてくれた。
今更であるし、悩んだ時期はとうに過ぎてしまった。
いよいよ離縁が見えてきたと覚悟を決めた。
貴女の口から聞けて良かったわ、とエレンに礼を言いその日は別れた。
邸に戻り考える。
これからの身の振り方を決めなくてはならない。
帰る家は無い。
実家は存在するが、そこにコレットの戻る場所は既に無かった。
コレットはカートレット子爵家に唯(ただ)一人生まれた一人娘であった。
であるが、余り両親の愛を感じる事が出来なかった。
今なら分かる。
両親は、男子の嫡子が欲しかったのだ。
婿を取る選択もあったろうに、娘に愛を覚えられなかったのか、早々に養子を迎えた。父の弟である叔父の三男ウイリーである。
コレットにとっては従兄弟となる。
同い年のこの従兄弟に、コレットは淡い恋心を得ていた。初恋である。
ウイリーを養子としても、コレットが妻になれたなら、両親にとっても実子が残り安泰であったろうに、両親はあくまでもコレットを外に出したかったらしい。
結果、爵位を譲られた後のウイリーの発言力が全てとなり、実家は今ではウイリーと叔父一家で成り立っている。
本人達にその気はなくとも、事実上乗っ取られたようなもので、使用人も叔父の邸から寄越された者が大半となった。
ウイリーの妻も、叔父の妻の縁者である。
コレットの両親はそこでどんな気持ちで暮らしているのかは分からない。
交流は殆ど無いのだから。
ウイリーは溌剌とした青年であった。
そんな彼に恋心を覚えたが、もし彼と結ばれてあのまま生家を継いだなら、今頃は幸せであったのだろうか。
たらればは有り得ない事ばかりを思い起こさせる。
そんな事はあり得ないのだ。
ウイリーは、コレットが嫁いでから間もなく迎えた妻との間に、既に三人の子を成している。
彼は幸せな結婚生活を、コレットの生家でコレットではない妻と送っているのだ。
貴族に限らず、人は噂好きだ。
他人の家庭のあれこれは余程面白い事件なのだろう。
話の大体が、エドガーの愛の居場所についてであった。
まあ、とか、そう、とか聞き流しているうちに、この家庭は元より政略の婚姻で、愛やら恋やらとは無縁の冷えた関係なのだと周知されると、煩わしい「親切な情報」は減っていった。
それでも偶に耳に入れたがる人と云うのは存在する。
但し、彼女に関してはコレットは信頼を寄せていた。
エレンはそう云う人物であった。
共に伯爵家の夫人で年も近い。何より彼女は清廉な人柄であった。
一見似たところの無い二人であったが、何故か気が合い、茶会や夜会で言葉を交わす内に、互いの邸でお茶を楽しむ間柄になった。
友人というものがあるのなら、コレットにとっての友とは、エレンであろう。
そのエレンがコレットの夫に関して案じている。
とある貴族家の未亡人とエドガーが親密であるらしいのは、予てより様々な夫人方から心配という体(てい)で齎されて知っていた。
どうやら、それが社交界でも人気の子爵家の未亡人であり、先日劇場でエドガーのエスコートを受けて共に観劇していたらしい。
エレンが二人を目撃して、何れ人の口から聞くだろうからと教えてくれた。
今更であるし、悩んだ時期はとうに過ぎてしまった。
いよいよ離縁が見えてきたと覚悟を決めた。
貴女の口から聞けて良かったわ、とエレンに礼を言いその日は別れた。
邸に戻り考える。
これからの身の振り方を決めなくてはならない。
帰る家は無い。
実家は存在するが、そこにコレットの戻る場所は既に無かった。
コレットはカートレット子爵家に唯(ただ)一人生まれた一人娘であった。
であるが、余り両親の愛を感じる事が出来なかった。
今なら分かる。
両親は、男子の嫡子が欲しかったのだ。
婿を取る選択もあったろうに、娘に愛を覚えられなかったのか、早々に養子を迎えた。父の弟である叔父の三男ウイリーである。
コレットにとっては従兄弟となる。
同い年のこの従兄弟に、コレットは淡い恋心を得ていた。初恋である。
ウイリーを養子としても、コレットが妻になれたなら、両親にとっても実子が残り安泰であったろうに、両親はあくまでもコレットを外に出したかったらしい。
結果、爵位を譲られた後のウイリーの発言力が全てとなり、実家は今ではウイリーと叔父一家で成り立っている。
本人達にその気はなくとも、事実上乗っ取られたようなもので、使用人も叔父の邸から寄越された者が大半となった。
ウイリーの妻も、叔父の妻の縁者である。
コレットの両親はそこでどんな気持ちで暮らしているのかは分からない。
交流は殆ど無いのだから。
ウイリーは溌剌とした青年であった。
そんな彼に恋心を覚えたが、もし彼と結ばれてあのまま生家を継いだなら、今頃は幸せであったのだろうか。
たらればは有り得ない事ばかりを思い起こさせる。
そんな事はあり得ないのだ。
ウイリーは、コレットが嫁いでから間もなく迎えた妻との間に、既に三人の子を成している。
彼は幸せな結婚生活を、コレットの生家でコレットではない妻と送っているのだ。
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