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お飾り王妃の平穏
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賢王=狂王ロビンが国王に即位したのは20歳の年であった。その2年前、学園の卒業と同時にブリジットとの婚姻を結んでいる。
大陸諸国でも類を見ない若年での即位であった。
先王、ロビンの父は健在である。
では何故、これ程若くして即位を迎えたのか。
一つには、ロビンの能力にある。
平素は王族らしく鷹揚で、その優顔も相まって穏やかな印象を与え、事実、よく見、聞き、忘れない、ブリジットの信条のそのままを踏襲した王子は、賢明との評価を得ていた。
統率力にも優れていたし、先見の明に長けている。
表向きは温厚で清廉そのものであるのに、礼を外れた行いには其れ相応の応対で返す。それが如何に苛烈なものであるかは、当事者のみが知るところである。
正しく生まれながらの統治者であった。ブリジット愛が全てをチャラにするのはこの際置いておく。
幼い頃には姫君にも間違えられた可憐な王子であったのが、成人を迎える頃には細身であるが鍛えられた体躯に美麗な顔立ちは、諸国にも名を馳せていた。
己の薄らぼんやりした有り様が引き立てられてしまうからと、ブリジットがあまり横に並びたがらないのが悩みであった。
父王は早くから彼の才に気付いていたし、元より生前退位を考えていた。
ロビンに任せて安泰であろう。ブリジットが共にいるのであれば尚の事。
それでも父王本人にしても、ここまで早い退位を決めたのには、王妃の懐妊があった。それが二つ目の要因である。
ロビンとブリジットが婚姻した年、王妃が懐妊した。実に18年ぶりの吉事である。それまでロビンは唯一人の王子であった。王妃はロビン以外に子を成せずにいたのである。
翌年男児が誕生する。第二王子である。
ロビンと親子ほど年の離れた弟殿下であった。
四十を手前にしての妊娠出産で、王妃はなかなか産褥から回復出来ず、床に伏せる日もあった。その頃より、王妃の公務をブリジットが受け持っている。本人が言うほど役立たずではないのである。
ロビンもまた王妃を案ずる王を慮って、王の執務をスライドさせて受け持った。
元々父王に付いて学園時代より執務を執り行っていたロビンである。
そこに幼少から城で過ごし、王妃の側に控える事の多かったブリジットが妻として添っているのてあれば、もう考える事など無用であった。
父王は早々に退位を決め、妃と共に離宮ヘ移った。離宮は王都からほど近い湖畔の側にある。
静かな環境と穏やかな暮らしが妃を癒やす事だろう。
そうして、第二王子を手ずから育成する事とした。
王城に残さず、父母の元で育てる。
成長した暁には、兄王の世を支える臣下となるであろう第二王子。己も多忙から兄王子にはしてやれなかった近い触れ合いを、この幼い王子に施してやりたいと思った。
それがロビンが後継にこだわらない理由でもあった。
弟がいる。父が手ずから教育を施す。
臣下としての在り方と、もう一つ、ロビンのスペアとして、父が手抜かりする事はない。
ロビンは自身は繋ぎで良いと思っている。
弟・クリストファーが成長した時に、譲位して良いと考えていた。そうして己も父を習って、ブリジットと何処か離れた宮殿に籠もってやろうと目論んでいる。
実際は、ロビンの治制は長く続いて、クリストファーは心強い臣下として、年の離れた兄に仕える事となるのだが。
ロビンは真実、ブリジットとの間に子を望んではいなかった。居たら僥倖、無ければそれまで。ブリジットとの間にコウノトリが訪れなくとも、ブリジットの心が平穏に保たれて身体が健やかである事が最優先であった。
何ならコウノトリ、追い返しても良い。籠に乗せて来た赤子はジェームズのところに運んでもらおう。
只一点、子を成さぬ事でブリジットが憂う事だけは何としても排除したかった。
己の考えが統治者として誤っているのを百も承知で、それでもブリジットには我が身を大切に平穏な日々を送ってほしいと願っている。そこには、母親として生きたいと思うかもしれないブリジットの心情は考慮されていないのだが。
だから隣国の第二王子がやらかした時には、到底許す事など出来なかった。
しかし、やはり賢王であったロビンは無用な争いには持ち込まなかったし、民を戦に巻き込む選択もしなかった。
何より、ブリジットの思い違いをボディランゲージで正した際に、穏便な収束を彼女から願われている。
結果、ロビンの狂気を熟知していた隣国王太子からの詫びで幕引きを許したのであった。
大陸諸国でも類を見ない若年での即位であった。
先王、ロビンの父は健在である。
では何故、これ程若くして即位を迎えたのか。
一つには、ロビンの能力にある。
平素は王族らしく鷹揚で、その優顔も相まって穏やかな印象を与え、事実、よく見、聞き、忘れない、ブリジットの信条のそのままを踏襲した王子は、賢明との評価を得ていた。
統率力にも優れていたし、先見の明に長けている。
表向きは温厚で清廉そのものであるのに、礼を外れた行いには其れ相応の応対で返す。それが如何に苛烈なものであるかは、当事者のみが知るところである。
正しく生まれながらの統治者であった。ブリジット愛が全てをチャラにするのはこの際置いておく。
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己の薄らぼんやりした有り様が引き立てられてしまうからと、ブリジットがあまり横に並びたがらないのが悩みであった。
父王は早くから彼の才に気付いていたし、元より生前退位を考えていた。
ロビンに任せて安泰であろう。ブリジットが共にいるのであれば尚の事。
それでも父王本人にしても、ここまで早い退位を決めたのには、王妃の懐妊があった。それが二つ目の要因である。
ロビンとブリジットが婚姻した年、王妃が懐妊した。実に18年ぶりの吉事である。それまでロビンは唯一人の王子であった。王妃はロビン以外に子を成せずにいたのである。
翌年男児が誕生する。第二王子である。
ロビンと親子ほど年の離れた弟殿下であった。
四十を手前にしての妊娠出産で、王妃はなかなか産褥から回復出来ず、床に伏せる日もあった。その頃より、王妃の公務をブリジットが受け持っている。本人が言うほど役立たずではないのである。
ロビンもまた王妃を案ずる王を慮って、王の執務をスライドさせて受け持った。
元々父王に付いて学園時代より執務を執り行っていたロビンである。
そこに幼少から城で過ごし、王妃の側に控える事の多かったブリジットが妻として添っているのてあれば、もう考える事など無用であった。
父王は早々に退位を決め、妃と共に離宮ヘ移った。離宮は王都からほど近い湖畔の側にある。
静かな環境と穏やかな暮らしが妃を癒やす事だろう。
そうして、第二王子を手ずから育成する事とした。
王城に残さず、父母の元で育てる。
成長した暁には、兄王の世を支える臣下となるであろう第二王子。己も多忙から兄王子にはしてやれなかった近い触れ合いを、この幼い王子に施してやりたいと思った。
それがロビンが後継にこだわらない理由でもあった。
弟がいる。父が手ずから教育を施す。
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