お飾り王妃の日常

桃井すもも

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お飾り王妃の夫

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「貴殿にリリアナ王女の首を進呈しよう。」

初夏の日差しに爽やかな風がそよぐ。
テラスから見える青い空が僅かに霞んで、夏の匂いを纏った風が入り込む。

明るい日差しの降り注ぐ貴賓の間に美しい男が二人。ぐるりと隙間なく近衛騎士達に取り囲まれて向かい合わせに座している。

初摘みの紅茶を楽しむ。流石、隣国。
茶葉の名産地を擁する隣国の紅茶はブリジットの好みである。

「今、なんと?」
白銀の髪にシトリンの瞳。男が問う。
リリアナ王女とは彼の妹姫、第三王女の事である。

「うん?言った通りだよ。貴殿にリリアナ姫の首を贈ってやろうと言ったのだよ。」
そう言って、鷹揚な態度でお茶を楽しむ男。

「貴様がつまらぬ事を考えているのなら、それ相応の応えをせねばなるまい。お前の妹を返してやると言っているのだ。但し首だけだ。身体は獣にくれてやる。」
「お前、戦がしたいのか。」
「その言葉、そのまま返そう。」
「ブリジット「貴様が気安く呼んで良い名ではない。」

「なあ、ヘンリー。お前、何を思ってあの様な戯言をブリジットに吹き込んだ。」
「あながち間違った事ではあるまい。」
「残念。不正解だよ、思った以上の阿呆だな。追試だよ、出直せボケナス、死んでしまえ。」
「何?!」
「全くもって不正解だ。お前は馬鹿か。私に妻は一人のみ。ブリジットだけなんだよ。後継?そんなの知るか。居たら良いが居ずとも良い。別に構わん。ブリジットがいればそれでいい。そこに余計な物を送り込もうとするのなら、二つに分けて返してやると言っているのだ、よく聞けよ。お前の頭が理解が及ばぬと云うのなら、今ここで役立たずの頭を切り落としてくれる。勿論国には返してやるさ。但し頭だけだ。身体は獣にくれてやる。」
「お前、狂っている..」
ロビンの狂気に当てられて、ヘンリーの言葉は先細る。

「結構結構、狂っていて結構。」
「お前、戦がしたいのか!」
何とか気を持ち直し、暴言を並べる王を見やる。負けてはならぬ、命懸けである。けれども同じ台詞しか出てこない。

「戦?望むところよ。お前の国ごと盗ってやる。その覚悟があって我が妻を望むのだろう。俺は己の命などこれっぽっちも惜しくもない。ブリジットだけが俺の命だ。お前がそれを奪うと言うなら、お前のものを根こそぎ奪おう。奪って壊して海の藻屑にしてやろう。お前がブリジットを欲しているのは知っていた。あれ程憐憫込めて見つめていたのだから。留学だってブリジット狙いだったろう。いつ目を付けた、ああ、答えずとも良い。どこかの夜会で見かけたか、そんなところだろう。だが、残念だな。あれは俺のものだ。生まれた時からが俺の妻だ。」

一人称がすっかり変わってしまったロビンを、ヘンリーばかりでなく周りを取り囲む近衛騎士達も侍従も、固唾を呑んで見守っている。

「お前、一つ勘違いをしているな?」
「な、なに?」
ヘンリーは狂気に押されて声を発するのがようやくであった。

「お前の父王との盟約だ。」
「ニートべ・ツトーは、」
「あれはお前達を頼らずとも手に入った。」
「嘘を言え!この国の開拓事業は我が国の、「だから勘違いだと言っている。」
凍える程の冷たい瞳でヘンリーを見つめるロビン。
ただ向かい合っているだけなのに、何故見下されている気持ちになるのか。

「我が国には他に伝があった。そこに恥ずかしげも無く割り込んだのはお前の父だ。」
「何だと?!」
「我が国は初めから帝国に打診していたのだ。ニートべは帝国に囲われていたからな。」
「?!」
「帝国の第二妃はブリジットの姉だ。エリザベス妃はクラレンス公爵家の令嬢であったからな。彼女を介して纏まった話を覆して割り込んだのは、厚顔無恥なお前の父よ。とんだ茶番に、帝国が我が国と貴様の国の関係を慮って乗ってやっただけだ。まあ、それも終わりだがな。」
「な、何?」
「ニートべ・ツトーは亡命した。既に我が国の民だ。貴様らは今後一切口出し無用、手出しも無用だ。出す手があるなら落としてやろう。さあ分かったなら、とっとと帰れ。」

しっしっと手を振るロビンは以降、隣国に於いて"とんだ狂王故に命が惜しくば触れるべからず"と評されるも全く気にしなかった。
そんなの自分自身が良く分かっていたから。

己は狂王、ブリジットを乞い願う狂った王なのだ。











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