9 / 34
お飾り王妃の姉
しおりを挟む
「王妃が薬を?」
「はい。どうやら姉君を介されたようです。」
「ああ、ジェームズ、馬の毛が、」
そう言ってロビンが指差すのを、ジェームズは側近として有り得ない眼差しでロビンを睨み返す。
「失礼致します。」と、頭髪をぱっぱと払うとひらりんと馬の毛が落ちて来た。
くそ、メリーめ。
「ん?何か言ったかな?」
王にそう尋ねられて、いいえ何もと言う声は暗い。
「で、王妃が薬を入手したとは?」
「...、はい。公国に嫁がれました姉君様より届けられた模様です。」
「アンゼリカ妃か。」
面倒だな、とロビンは呟く。
アンゼリカはブリジットの二番目の姉である。王国の東に位置する公国に嫁いでいる。
ロビンやブリジットととは1歳しか年が違わないのに、二人が学園に入学した時には、既に学園ツートップの第2位として君臨していた。
第1位がブリジットの長姉エリザベスである。名前からして女王っぽい。
鮮やかな金髪がうねる様に縦ロールに巻かれて、青い瞳が硝子玉の如く輝く。ロビンは彼女が神話のメデューサにしか見えなかった。幼い頃から恐ろしくて恐ろしくて、一歩どころか半歩も近寄れなかった。何時ぞやは片方の口角だけを上げた笑みで小童(こわっぱ)呼ばわりされて、その晩は悪夢に魘された。
学園でピンクの髪にピンクの瞳の男爵令嬢が、アンゼリカに虐められてるなどと虚言を吐こうとするのをブリジットが止めたことがある。あの後ピンク令嬢が方向転換しなければ、彼女は今頃この世には存在していないだろう。きっちりお下げ頭に渦巻き眼鏡の転身ぶりが天晴(あっぱれ)で、アンゼリカが面白がって見逃してくれたのだから。
そんな恐ろしいアンゼリカをブリジットは「お姉様、お姉様」と慕い懐いている。
大体にして姉が二人いるのだから、ブリジットが「お姉様」と呼べばエリザベスとアンゼリカの二人共出張って来るのだから、堪ったものでは無いのだが。
ブリジットの鷹揚で高飛車な物言いは、アンゼリカをリスペクトしているとしか思えなかった。
そんなブリジットに悪影響しか及ぼさないメデューサ、違った、アンゼリカを思い浮かべて、ロビンはちょっとぶるった。
「で、魔女、違った、アンゼリカ妃の寄越した薬とは?」
「何やら怪しい薬の様です。」
「彼女が贈るものに怪しくないものなど無いだろう。」
「はあ、しかしながらその薬、」
どうも厄介なのです、とジェームズが続けた。
一通り聞いたロビンは「なるほど」と言って、仕掛りであった手元の書類に目を戻した。
ブリジットは、兄と二人の姉の下に生まれた末っ子である。
美しい両親と兄と姉達。その絞りカスが自分なのだと幼い頃より認識していた。
なのに、両親は当然、兄も二人の姉も、とにかくブリジットを可愛がった。
兄は騎士の如くブリジットを護ったし、姉のエリザベスとアンゼリカは「私の姫」と呼んであれこれ着せ替えてみたり髪を結ってみたり、生身のお人形の如く愛でては連れ歩いていた。
学園に入る頃には、妹の為に地ならししてやろうと、学園カーストツートップに君臨し、クラレンス公爵家末姫のブリジットに対して、何人(なんぴと)も足を向けて寝られない程の教育と指導を全生徒に施していた。
そこには、ブリジットと同い年の王太子殿下が一緒に入学することへの配慮など微塵もない。
色が薄い・目立たない・面白みの無い、無い無い尽くしを自負するブリジットが入学して、妙に達観して「諸行無常」などと説いている尼僧の様な彼女の様子に、どれ程の学生達が胸を撫で下ろしたことか。学園カーストスリートップをクラレンス公爵家に掌握されるものと覚悟をしていたのだから。
兎にも角にもブリジットは、メデューサと何処かの命知らずが呼んでいるらしい姉・アンゼリカに、殊の外愛され可愛がられているのであった。
「はい。どうやら姉君を介されたようです。」
「ああ、ジェームズ、馬の毛が、」
そう言ってロビンが指差すのを、ジェームズは側近として有り得ない眼差しでロビンを睨み返す。
「失礼致します。」と、頭髪をぱっぱと払うとひらりんと馬の毛が落ちて来た。
くそ、メリーめ。
「ん?何か言ったかな?」
王にそう尋ねられて、いいえ何もと言う声は暗い。
「で、王妃が薬を入手したとは?」
「...、はい。公国に嫁がれました姉君様より届けられた模様です。」
「アンゼリカ妃か。」
面倒だな、とロビンは呟く。
アンゼリカはブリジットの二番目の姉である。王国の東に位置する公国に嫁いでいる。
ロビンやブリジットととは1歳しか年が違わないのに、二人が学園に入学した時には、既に学園ツートップの第2位として君臨していた。
第1位がブリジットの長姉エリザベスである。名前からして女王っぽい。
鮮やかな金髪がうねる様に縦ロールに巻かれて、青い瞳が硝子玉の如く輝く。ロビンは彼女が神話のメデューサにしか見えなかった。幼い頃から恐ろしくて恐ろしくて、一歩どころか半歩も近寄れなかった。何時ぞやは片方の口角だけを上げた笑みで小童(こわっぱ)呼ばわりされて、その晩は悪夢に魘された。
学園でピンクの髪にピンクの瞳の男爵令嬢が、アンゼリカに虐められてるなどと虚言を吐こうとするのをブリジットが止めたことがある。あの後ピンク令嬢が方向転換しなければ、彼女は今頃この世には存在していないだろう。きっちりお下げ頭に渦巻き眼鏡の転身ぶりが天晴(あっぱれ)で、アンゼリカが面白がって見逃してくれたのだから。
そんな恐ろしいアンゼリカをブリジットは「お姉様、お姉様」と慕い懐いている。
大体にして姉が二人いるのだから、ブリジットが「お姉様」と呼べばエリザベスとアンゼリカの二人共出張って来るのだから、堪ったものでは無いのだが。
ブリジットの鷹揚で高飛車な物言いは、アンゼリカをリスペクトしているとしか思えなかった。
そんなブリジットに悪影響しか及ぼさないメデューサ、違った、アンゼリカを思い浮かべて、ロビンはちょっとぶるった。
「で、魔女、違った、アンゼリカ妃の寄越した薬とは?」
「何やら怪しい薬の様です。」
「彼女が贈るものに怪しくないものなど無いだろう。」
「はあ、しかしながらその薬、」
どうも厄介なのです、とジェームズが続けた。
一通り聞いたロビンは「なるほど」と言って、仕掛りであった手元の書類に目を戻した。
ブリジットは、兄と二人の姉の下に生まれた末っ子である。
美しい両親と兄と姉達。その絞りカスが自分なのだと幼い頃より認識していた。
なのに、両親は当然、兄も二人の姉も、とにかくブリジットを可愛がった。
兄は騎士の如くブリジットを護ったし、姉のエリザベスとアンゼリカは「私の姫」と呼んであれこれ着せ替えてみたり髪を結ってみたり、生身のお人形の如く愛でては連れ歩いていた。
学園に入る頃には、妹の為に地ならししてやろうと、学園カーストツートップに君臨し、クラレンス公爵家末姫のブリジットに対して、何人(なんぴと)も足を向けて寝られない程の教育と指導を全生徒に施していた。
そこには、ブリジットと同い年の王太子殿下が一緒に入学することへの配慮など微塵もない。
色が薄い・目立たない・面白みの無い、無い無い尽くしを自負するブリジットが入学して、妙に達観して「諸行無常」などと説いている尼僧の様な彼女の様子に、どれ程の学生達が胸を撫で下ろしたことか。学園カーストスリートップをクラレンス公爵家に掌握されるものと覚悟をしていたのだから。
兎にも角にもブリジットは、メデューサと何処かの命知らずが呼んでいるらしい姉・アンゼリカに、殊の外愛され可愛がられているのであった。
1,573
お気に入りに追加
2,014
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる