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第二章
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十六歳まで家族から離れて、国境沿いの領地で育ったソレイユが王都へ呼び戻された。
それはソレイユの血を求められてのことだった。
領地の邸で、執事が父から書簡が届いたのを知らせてくれた。
邸は小さく土地も広いものではなかったが、父は十分な使用人を置いてくれたらしく、執事もいれば侍女も護衛も通いの使用人も、腕の良い調理人も庭師も揃っていた。
そのほとんどが亡き母に仕えていたり、母の輿入れに伴って生家から連れてきた使用人たちだというのは、成長するうちに知ったことである。
執事と護衛と侍女頭は父が選んだ者たちで、ソレイユの成長は父に定期的に報告されているようだった。
父の顔をソレイユは知らずに育った。
彼の手による文から、父の名前と、どんな字を書くのかを自然と憶えた。
教会での洗礼は領地で受けた。デヴュタントには出ていない。ただ、その存在だけが王都の貴族に知れ渡っていた。そんな中、母の生家の祖父母からは、時折ドレスや髪飾りなどが贈られていた。
幼い頃にソレイユは、執事に見てもらいながら心を込めて手紙を書いた。
『お父様、お元気ですか』
『お祖父様お祖母様、贈り物をありがとうございます』
父も祖父母も返事をくれて、その程度で心を通わせ合えるわけではないが、それがソレイユの家族との思い出だった。
「お父様からのお手紙?」
執事は頷いて答えた。
見慣れた公爵家の封蝋である。ペーパーナイフで封を開ければ、ほんのわずか王都の風を感じられるような気がした。
文には定型文のような時候の挨拶に続いて、王都へ戻る仕度をするようにと記されていた。
「戻ると言われても、ここが私の家なのに」
途方に暮れるソレイユを、執事は何も心配いらないと言った。
「私もご一緒致します。もちろんサマンサもシェリルもオーガスタスもです」
執事のトーマスは、そう言って侍女頭や侍女や護衛の名を挙げた。ここを管理するのに残る使用人もいるが、大半はソレイユと共に王都へ戻るのだという。
薄々わかったのは、ソレイユは公爵家の本邸へ住まうのではなく、隣接する離れの邸宅に住まわされるのだということだった。
幼い頃から一緒に暮らした使用人たちは、少しばかり数を減らして、そのままそっくりソレイユと共に王都へ戻った。
領地の邸には土地の人間だけを残し、管理の為に代官代わりの使用人を置いて、ソレイユが育った形跡を残すことなく全てが引き上げられた。
初めて見る王都の街並みは、情報量が多すぎてあまり記憶に残っていない。白亜の王城ばかりが鮮やかに記憶された。
生まれたばかりの時に会っているが、ソレイユは赤児であったから父とは初めての対面だった。父ばかりでなく兄も姉も、初対面の家族だった。
濃いダークブロンドの髪に翠の瞳。それが公爵家の色だった。目の前にいる三人が三人とも公爵家の色を纏って、翠色の瞳が六つ、じっとソレイユを見つめていた。ちなみに母が金髪に翠の瞳なのは絵姿で知ったことである。
父も兄も姉も、ガヴァネス仕込みのカーテシーで礼をとり面を上げたソレイユの、白金の髪と青い瞳を凝視して微動だにせず座っていた。
「んっ、んっ、お父様」
姉(多分)が父を促して、父はそこで息を吐いた。どうやら息を止めていたらしい。
「いや……これほどとは」
「確かに」
父と兄(多分)が何やら話して、その雰囲気から、ソレイユの纏う色が王家の色と一致しているという認識を、どうやら二人は確認しあっているらしかった。
ソレイユは、心の奥がすっと冷えた。
十六年も経つというのに、家族は今も母を疑っている。それが肌でわかって、ソレイユは軽い失望を覚えた。
王都へ戻る直前に、西の辺境伯が訪ねてきた。
ソレイユが王都に戻るのに、辺境騎士らが護衛に付くこととなった。その前に、ソレイユの状況を確認しに来たのだろう。
その時に辺境伯は言ったのだ。
「ソレイユ。君は間違いなく公爵家の令嬢だよ。お母上は疑われるようなことはしていない。なぜなら噂の王弟は、君がお母上の腹に入る前から北の辺境伯領地におられた。そこで密入国者との小競り合いで負傷して、その傷から破傷風を患い命を落とされている。王弟殿下とお母上には、長いこと接点が無かったのだよ。それを公爵も知っているはずなのに、どうしてかこんなことになってしまった」
辺境伯はこうも言った。
「もしかしたら公爵は、そんな噂を信じる存在から君を守るためにここに移したのではと、私はそう思っているんだ」
「それでは、なぜ今頃になって戻されるのです?」
ソレイユは、素直な心の内を尋ねた。
「君は貴族社会で生きねばならない身分なんだ。その前に学園に入って学ばねばならない。ここで隠されたまま生涯を過ごすわけにはいかないんだよ。いずれは世に出なければならない身だ。それよりも、いよいよもって君が必要になったんだろう」
「必要?」
「王家には、王子が三人いるのは知っているね」
辺境伯の言葉でソレイユは全てを察した。
辺境伯の言う通り、王家には王子が三人いる。
王太子殿下カイルスと第二王子殿下サイクロス、そして第三王子のノックスで、このノックスに理由があった。
王家にもソレイユ同様「不義の子」と噂される存在がいた。
奇しくもソレイユと同じ年に生まれたノックスは、ソレイユと同じく「不義の子」と密かに呼ばれていた。
それはソレイユの血を求められてのことだった。
領地の邸で、執事が父から書簡が届いたのを知らせてくれた。
邸は小さく土地も広いものではなかったが、父は十分な使用人を置いてくれたらしく、執事もいれば侍女も護衛も通いの使用人も、腕の良い調理人も庭師も揃っていた。
そのほとんどが亡き母に仕えていたり、母の輿入れに伴って生家から連れてきた使用人たちだというのは、成長するうちに知ったことである。
執事と護衛と侍女頭は父が選んだ者たちで、ソレイユの成長は父に定期的に報告されているようだった。
父の顔をソレイユは知らずに育った。
彼の手による文から、父の名前と、どんな字を書くのかを自然と憶えた。
教会での洗礼は領地で受けた。デヴュタントには出ていない。ただ、その存在だけが王都の貴族に知れ渡っていた。そんな中、母の生家の祖父母からは、時折ドレスや髪飾りなどが贈られていた。
幼い頃にソレイユは、執事に見てもらいながら心を込めて手紙を書いた。
『お父様、お元気ですか』
『お祖父様お祖母様、贈り物をありがとうございます』
父も祖父母も返事をくれて、その程度で心を通わせ合えるわけではないが、それがソレイユの家族との思い出だった。
「お父様からのお手紙?」
執事は頷いて答えた。
見慣れた公爵家の封蝋である。ペーパーナイフで封を開ければ、ほんのわずか王都の風を感じられるような気がした。
文には定型文のような時候の挨拶に続いて、王都へ戻る仕度をするようにと記されていた。
「戻ると言われても、ここが私の家なのに」
途方に暮れるソレイユを、執事は何も心配いらないと言った。
「私もご一緒致します。もちろんサマンサもシェリルもオーガスタスもです」
執事のトーマスは、そう言って侍女頭や侍女や護衛の名を挙げた。ここを管理するのに残る使用人もいるが、大半はソレイユと共に王都へ戻るのだという。
薄々わかったのは、ソレイユは公爵家の本邸へ住まうのではなく、隣接する離れの邸宅に住まわされるのだということだった。
幼い頃から一緒に暮らした使用人たちは、少しばかり数を減らして、そのままそっくりソレイユと共に王都へ戻った。
領地の邸には土地の人間だけを残し、管理の為に代官代わりの使用人を置いて、ソレイユが育った形跡を残すことなく全てが引き上げられた。
初めて見る王都の街並みは、情報量が多すぎてあまり記憶に残っていない。白亜の王城ばかりが鮮やかに記憶された。
生まれたばかりの時に会っているが、ソレイユは赤児であったから父とは初めての対面だった。父ばかりでなく兄も姉も、初対面の家族だった。
濃いダークブロンドの髪に翠の瞳。それが公爵家の色だった。目の前にいる三人が三人とも公爵家の色を纏って、翠色の瞳が六つ、じっとソレイユを見つめていた。ちなみに母が金髪に翠の瞳なのは絵姿で知ったことである。
父も兄も姉も、ガヴァネス仕込みのカーテシーで礼をとり面を上げたソレイユの、白金の髪と青い瞳を凝視して微動だにせず座っていた。
「んっ、んっ、お父様」
姉(多分)が父を促して、父はそこで息を吐いた。どうやら息を止めていたらしい。
「いや……これほどとは」
「確かに」
父と兄(多分)が何やら話して、その雰囲気から、ソレイユの纏う色が王家の色と一致しているという認識を、どうやら二人は確認しあっているらしかった。
ソレイユは、心の奥がすっと冷えた。
十六年も経つというのに、家族は今も母を疑っている。それが肌でわかって、ソレイユは軽い失望を覚えた。
王都へ戻る直前に、西の辺境伯が訪ねてきた。
ソレイユが王都に戻るのに、辺境騎士らが護衛に付くこととなった。その前に、ソレイユの状況を確認しに来たのだろう。
その時に辺境伯は言ったのだ。
「ソレイユ。君は間違いなく公爵家の令嬢だよ。お母上は疑われるようなことはしていない。なぜなら噂の王弟は、君がお母上の腹に入る前から北の辺境伯領地におられた。そこで密入国者との小競り合いで負傷して、その傷から破傷風を患い命を落とされている。王弟殿下とお母上には、長いこと接点が無かったのだよ。それを公爵も知っているはずなのに、どうしてかこんなことになってしまった」
辺境伯はこうも言った。
「もしかしたら公爵は、そんな噂を信じる存在から君を守るためにここに移したのではと、私はそう思っているんだ」
「それでは、なぜ今頃になって戻されるのです?」
ソレイユは、素直な心の内を尋ねた。
「君は貴族社会で生きねばならない身分なんだ。その前に学園に入って学ばねばならない。ここで隠されたまま生涯を過ごすわけにはいかないんだよ。いずれは世に出なければならない身だ。それよりも、いよいよもって君が必要になったんだろう」
「必要?」
「王家には、王子が三人いるのは知っているね」
辺境伯の言葉でソレイユは全てを察した。
辺境伯の言う通り、王家には王子が三人いる。
王太子殿下カイルスと第二王子殿下サイクロス、そして第三王子のノックスで、このノックスに理由があった。
王家にもソレイユ同様「不義の子」と噂される存在がいた。
奇しくもソレイユと同じ年に生まれたノックスは、ソレイユと同じく「不義の子」と密かに呼ばれていた。
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