もしも貴方が

占い

正直なところ、私はあの占い師を、真実占い師だとは思っておりません。
彼女若しくは彼は、薬剤師、正しくは生薬を扱うことに長けた人物なのだと思うのです。

あの先視をしてもらった時、部屋の中で香りがしたのです。
あれは薬草を燻した香りです。

父が以前、隣国から仕入れた物に、同じ香りのする薬草があったのです。
それは幻覚を齎す効能があり、使いすぎると朦朧としてしまうものの、極微量であれば心が寛ぎ、量の加減によってはふわふわと朧げな幻覚を誘うのだそうです。

本来は、心や精神に病を持つ人々への治療に使われるのだそうですが、微量をお香に混ぜて燻すとリラックス効果があるとかで、父はその目的で仕入れをしたのです。

あの部屋で嗅いだ香りは、その薬草によく似ておりました。
ハーブ系のお香と混ぜ合わせていたのだと思います。

彼女若しくは彼が視せたのは、私の心の奥底に仕舞い込んだ感情だったのでは無いでしょうか。
このまま行けばこんな未来が来るのでは、と恐れる感情だったのではないかと思うのです。

もしかすると、それは本当に起こり得る未来のひとつの可能性であったかもしれません。

トーマス様とマリアンネ様に、感情的に悩まされ追い詰められて、私の心に灯った恐れの灯火が導いた、未来の予想図だったのかもしれません。


あの占い師が、笑っているのか怒っているのか、若いのか老いているのか、男なのか女なのかさえ分からなかったのは、薬草の影響で軽い幻覚を視ていたからなのかもしれません。
彼女若しくは彼は、絶妙な塩梅で幻覚から覚醒まで導ける、腕の良い薬師だったではないでしょうか。


もし、初めて占い師を訪ねたあの時、トーマス様が冗談でも「僕らは婚姻するのだから、どうしたって幸せな未来しか見えないよ」などと仰って下さったなら、浮かれた私は正しくそんな未来を、二人で神父様の前で誇らしく神に誓いを立てる、そんな幸福な未来を視る事ができたのかもしれません。

先視で告白なさったトーマス様は、私の視たものと相違無い未来を視たようですが、現実のトーマス様が何をご覧になったのか、私は聞いてはおりません。婚約解消の日から一度もお会いしていないのです。
しかし、それは決して幸福な結末ではなかったのでしょう。学園で見た、トーマス様の絶望を湛えた眼差しを思い出します。

幸福な未来を思い浮かべられない二人が、果たして現実にも幸福を築いていけるものなのでしょうか。

私を中心に未来は放射状に広がっていて、１度変われば360通りの選択があり、進んだその先にも同様に360通りの道が開けて、それがもっと細かったり、もっと先々で選択するとなれば、進む未来の選択肢は無限に広がっていくのです。


トーマス様、もしも貴方が、あの先視の時に私の手を握り「大丈夫」だと仰ったなら、
ユダ様、もしも貴方が、図書室前の廊下で揉める私とトーマス様に話しかけなかったなら。


無限に広がる可能性の中から、たった一つ選び取ったの縁(えにし)がユダ様であったことに、私は、それを選び取った私自身の本能に心から感謝をしたのです。