もしも貴方が

桃井すもも

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思案

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その夜、私はベッドに入ってひとり、今日の出来事について考えました。

これまでのトーマス様と、今日、先視で視たこれからのトーマス様。

今までの事を思えば、あの先視で見た未来は荒唐無稽な事とは思えませんでした。

婚約してからもマリアンネ様との関係を優先するトーマス様。
マリアンネ様へ向ける愛情と同じものをマリアンネ様もトーマス様に抱いているのです。私を殺めたいと思う程に。

そこに私への配慮や遠慮はあるのでしょうか。

伯爵家が我が子爵家と縁を結びたかった理由は分かります。貴族の婚姻の大方は、似たようなものだと理解しているつもりです。

であれば、マリアンネ様との愛を貫いて、私をどうなさるおつもりだったのでしょうか。

トーマス様とお会いする時、私の心はいつだって弾んでおりました。恋心を抱いているのですから当然です。

残念ながら、トーマス様から私への熱を感じられた事はありませんでした。
あの淡い碧の瞳はどこまでも淡く、熱の込もった色を映し出したことは無かったのです。

けれども、嫌われているとも思えませんでした。それは、トーマス様が争い事を好まない控え目な気質をお持ちであったからかもしれません。

だからこそ私は、学園でのトーマス様とマリアンネ様の振る舞いに驚いたのです。

私の目からは、お二人の在り様は常識を大きく外れているものに映りました。
私が間違っているのかと、母に聞いてみたことがあります。

母は私の話しを終わりまで聞いて、言葉を発することは有りませんでした。無用な発言で私を傷付けたくなかったのかもしれません。ですが、娘の私には分かりました。母は腹を立てているのだと。

私達の婚約を知る親しい友人もおりましたが、私は彼女達に相談する事はありませんでした。
友人達も、そんな私を慮ってか言葉に出す事はありませんでした。

けれども、学園で仲睦まじく並ぶお二人を目にすれば、彼女達もまた眉を顰(ひそ)めるのでした。

学園は貴族の小さな縮図です。
伯爵家の嫡男であるトーマス様が、それを知らぬ筈はありません。

学生達の眼は貴族の眼なのです。
彼等は学園での出来事をその親に伝えます。将来の後継者達がどんな風でどんな行いをしているのか、学生の身であるからと程度はあれど注目されない訳が無いのです。

面白可笑しく口に上る噂話が私の耳に入ることは有りませんでした。
それは、取りも直さず両親の力があっての事で、私は両親に守られていたからこそ、今日まで堪えてこられたのです。

トーマス様は、望まぬ婚約をはね退ける事が難しかったのでしょうか。
あの先視で視たように、私を通して子爵家から得られる財が望みで、マリアンネ様への愛を手放す気が無いのでしょうか。

マリアンネ様を想うお気持ちを忘れろとは言えません。
人を想う気持ちを簡単に消す事など出来ないのです。それが出来て心が軽くなるのなら、私の心は疾うの昔に楽になっている筈です。

けれども、だからといって私との結婚生活があると言うことを見失って欲しくなかったのです。

先視で視た未来の映像が余りに衝撃的で、常軌を逸していて、けれどもそれが、あながち有り得ない未来とも思えず、私はその夜なかなか寝付く事が出来ませんでした。


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