もしも貴方が

桃井すもも

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天秤

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トーマスの生家である伯爵家は、官吏の家系である。

代々王城に勤め仕えて来た。
しかしながら、経済的には決して豊かとはいえず、官吏らしく質素倹約に努めて、伯爵も夫人も実直な人柄で知られている。
クレアとの婚姻は、広く商会を営む子爵家との繋がりで、トーマスの代には幾分でも経済的に豊かであってほしいと云う、子爵家にしては些か迷惑な思惑が無かったとは言えない。

であればと、やり手の父母は、伯爵家の繋がりを利用して、低位貴族では入り込めない夜会や茶会に紹介を得て、人脈を拡げてきた。

貴族の間でも、子爵家の営む商会は手頃な価格で流行の物が手に入る、近頃では貴族ばかりでなく平民の富裕層にも人気であったから、成り上がり貴族とは下に見ることが出来ない家であった。クレアの父は、人当たりは穏やかなのに腰の低くなり過ぎない、堂々とした所が人の目を惹く人格者であった。

伯爵家は、そんな子爵家と婚姻により繋がる事を頼みとしていた。

ならば、息子の不実にも目を光らせるべきであるのを、今だけだから、幼い頃からの仲だからなどと馬鹿馬鹿しい事を並べたらしい。

クレアと一緒に聞いていた母も、怒りを通り越して呆れ返った。
卒業と云う、成人と認められる貴族の門出に於いて、盛大に娘を馬鹿にしたトーマスを、もう何と言って良いのか分からなくなった。

伯爵家は実直な人柄の評判をかなぐり捨てて、厚顔にも、クレアの卒業と同時に婚姻すると譲らない。

クレアはあと一年を、あのマリアンネと共に学園で過ごすのが地獄の修行に思えた。
もう関わりたくない。もう、二人の気配の無い所へ逃げ出したかった。
けれども、クレアには逃げ出す場所など無いのだ。
 
クレアは絶望した。
そうして、仄かに安堵した。
まだ、私は、トーマス様の婚約者なのだ。
消せない恋心がクレアにそう囁くのを、クレアは責めることが出来なかった。

クレアがマリアンネと関わりたくないと思うのと同様に、どうやらマリアンネも同じ事を思っているらしく、互いに避けあい、まみえる事などは無かった。

時折廊下などで擦れ違うも、互いに視線を合わせる事も無い。
もしかしたらマリアンネは、最初からクレアなど眼中に無かったのかもしれない。

トーマスの心は自分に有るのだと、クレア如きには目もくれなかったのかもしれない。

クレアは次第にそう思って、それもそれで腹立たしい事だと思った。

肝心のトーマスは、父と同じく文官として出仕している。
学生時代のやらかしを償うどころか、多忙を理由に会おうともしない。

愚かな伯爵家に、煮え湯を飲まされる気分であった。
金を取るか愛を取るかで天秤に掛けたのはそちらの方なのに、目方が重いと評した筈のクレアをどこまでも軽く見るトーマスとその両親に、クレアはこれから家族として共に生きて行く道が見えずにいた。




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