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不実
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トーマスとの距離が縮まらない理由を、クレアは分かっていた。
心を寄せる女性(ひと)がいる。
トーマスは恋をしているのだ。
それはクレアではない。自分に恋心を抱いていないのだとすれば、その心は別にある。
クレアには、それが誰なのか分かった。
クレアでなくとも、トーマスを知る者は皆そう思っただろう。
マリアンネ。
子爵家の子女である。
皮肉なことにクレアと同じ学年であった。
トーマスとマリアンネ。年齢も学年も違う二人が、では何故心を通わせる距離にあるのか。
彼等は互いの邸が近い。所謂幼馴染であった。幼い頃より互いに同じ想いを抱いていたのだろう。
であれば、何故クレアと婚約などしたのだろうか。
クレアの目からは、マリアンネの瞳にも確かに、トーマスへの恋情を感じさせた。
迷惑なことである。
何も知らずにクレアはトーマスと婚約した。クレアには何の責任も無い。
けれども、二人にとってはまるで自分は愛し合う仲を引き裂く悪役ではないか。
それ程想い合うのなら、婚約の話が出たときに愛し合う女性(ひと)がいるのだと、正直に言えば良かったのだ。
婚約してからも婚約者に誠意らしいものを見せず、多忙と偽り距離を置く。
そればかりか、あろう事か婚約者もいる学園で、周りが恋人同士と認める程に心を通わせあっている。
彼等は、自分達のままならない恋愛関係ばかりに視野があり、クレアの事を何も考えていない。
クレアは確かに恋心を抱いていた。
けれども彼等はクレアの恋心など、これっぽっちも視界に入らない。
学園に入学して間もなく、クレアはそのことに気付いた。
神様のお恵みだと思った婚約は、とんでもない重荷、神が与え給うた試練であった。
それでも、なかなか消せない恋の灯し火に焦がされながら他人の体(てい)で、学園で肩を寄せ合う二人を見ても、知らぬ振りを通して来た。
当然、婚約者の交流などあり様筈も無い。
トーマスがクレアに声を掛ける時は、決まって伯爵家の両親から苦言を呈された時である。
街を少し歩いてから食事かお茶を一緒にする。決まり切った行程で、クレアの心を引こうとする意趣も感じられない。
それでも、確かに胸に感じる恋心を、クレアは大切にしていた。
いつか、お互いが成長したら、互いの立場も役割も、貴族の婚姻の意味も理解して、トーマスの妻に迎えられるのだ。
だから、早く二人の恋の火が鎮火してほしいと、その日が訪れるのを待っていた。
そんな、いつもなにか胸につかえる塊がある様な、憂鬱な気分を払拭出来ない年月を過ごして、いよいよトーマスが学園の卒業を迎える。
卒業式典の後は、卒業を祝う夜会がある。
夜会には卒業生とその親族のみが参加するが、婚約者は特別でパートナーとしての参加が認められている。
婚約以来、御座なりな交流しか持てずにいたが、流石に卒業の夜会には伴われるだろうと、クレアも両親も疑わなかった。
だから、いつまでも届かない同伴を願う文も衣装の打ち合わせも無いことに、先に動いたのは父であった。
どうなっているのかと伺いを立てた席で、父は溜飲を下げざるを得なかった。
結局、伯爵に頼み込まれて、子爵の父は強くは言えなかった。
トーマスはマリアンネを伴って夜会に出た。
卒業生達の目がある中、二人寄り添い会場に訪れ、共にダンスを踊り友たちと互いの門出を祝い合って、それから二人、夜の帳に消えて行った。
卒業式の翌日、クレアは両親にトーマスとの婚約解消を願った。
卒業の夜会には、卒業生の親も参加していた。彼等の目の前で、婚約者気取りで過ごした二人は、もう社交界においてもそう見なされて可怪しく無い。
こんな巫山戯た事を、クレアの両親も不満に思うのは当然であった。
早速、解消の申し入れをした。
本来であれば、トーマスの不貞を掲げ破棄出来ようところを、爵位の低い家からの申し出であるから穏便に解消という体(てい)を取った。
しかし、婚約は継続された。
婚約は破棄も解消も成されなかった。
心を寄せる女性(ひと)がいる。
トーマスは恋をしているのだ。
それはクレアではない。自分に恋心を抱いていないのだとすれば、その心は別にある。
クレアには、それが誰なのか分かった。
クレアでなくとも、トーマスを知る者は皆そう思っただろう。
マリアンネ。
子爵家の子女である。
皮肉なことにクレアと同じ学年であった。
トーマスとマリアンネ。年齢も学年も違う二人が、では何故心を通わせる距離にあるのか。
彼等は互いの邸が近い。所謂幼馴染であった。幼い頃より互いに同じ想いを抱いていたのだろう。
であれば、何故クレアと婚約などしたのだろうか。
クレアの目からは、マリアンネの瞳にも確かに、トーマスへの恋情を感じさせた。
迷惑なことである。
何も知らずにクレアはトーマスと婚約した。クレアには何の責任も無い。
けれども、二人にとってはまるで自分は愛し合う仲を引き裂く悪役ではないか。
それ程想い合うのなら、婚約の話が出たときに愛し合う女性(ひと)がいるのだと、正直に言えば良かったのだ。
婚約してからも婚約者に誠意らしいものを見せず、多忙と偽り距離を置く。
そればかりか、あろう事か婚約者もいる学園で、周りが恋人同士と認める程に心を通わせあっている。
彼等は、自分達のままならない恋愛関係ばかりに視野があり、クレアの事を何も考えていない。
クレアは確かに恋心を抱いていた。
けれども彼等はクレアの恋心など、これっぽっちも視界に入らない。
学園に入学して間もなく、クレアはそのことに気付いた。
神様のお恵みだと思った婚約は、とんでもない重荷、神が与え給うた試練であった。
それでも、なかなか消せない恋の灯し火に焦がされながら他人の体(てい)で、学園で肩を寄せ合う二人を見ても、知らぬ振りを通して来た。
当然、婚約者の交流などあり様筈も無い。
トーマスがクレアに声を掛ける時は、決まって伯爵家の両親から苦言を呈された時である。
街を少し歩いてから食事かお茶を一緒にする。決まり切った行程で、クレアの心を引こうとする意趣も感じられない。
それでも、確かに胸に感じる恋心を、クレアは大切にしていた。
いつか、お互いが成長したら、互いの立場も役割も、貴族の婚姻の意味も理解して、トーマスの妻に迎えられるのだ。
だから、早く二人の恋の火が鎮火してほしいと、その日が訪れるのを待っていた。
そんな、いつもなにか胸につかえる塊がある様な、憂鬱な気分を払拭出来ない年月を過ごして、いよいよトーマスが学園の卒業を迎える。
卒業式典の後は、卒業を祝う夜会がある。
夜会には卒業生とその親族のみが参加するが、婚約者は特別でパートナーとしての参加が認められている。
婚約以来、御座なりな交流しか持てずにいたが、流石に卒業の夜会には伴われるだろうと、クレアも両親も疑わなかった。
だから、いつまでも届かない同伴を願う文も衣装の打ち合わせも無いことに、先に動いたのは父であった。
どうなっているのかと伺いを立てた席で、父は溜飲を下げざるを得なかった。
結局、伯爵に頼み込まれて、子爵の父は強くは言えなかった。
トーマスはマリアンネを伴って夜会に出た。
卒業生達の目がある中、二人寄り添い会場に訪れ、共にダンスを踊り友たちと互いの門出を祝い合って、それから二人、夜の帳に消えて行った。
卒業式の翌日、クレアは両親にトーマスとの婚約解消を願った。
卒業の夜会には、卒業生の親も参加していた。彼等の目の前で、婚約者気取りで過ごした二人は、もう社交界においてもそう見なされて可怪しく無い。
こんな巫山戯た事を、クレアの両親も不満に思うのは当然であった。
早速、解消の申し入れをした。
本来であれば、トーマスの不貞を掲げ破棄出来ようところを、爵位の低い家からの申し出であるから穏便に解消という体(てい)を取った。
しかし、婚約は継続された。
婚約は破棄も解消も成されなかった。
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