もしも貴方が

桃井すもも

文字の大きさ
上 下
3 / 33

不実

しおりを挟む
トーマスとの距離が縮まらない理由を、クレアは分かっていた。

心を寄せる女性(ひと)がいる。
トーマスは恋をしているのだ。
それはクレアではない。自分に恋心を抱いていないのだとすれば、その心は別にある。

クレアには、それが誰なのか分かった。
クレアでなくとも、トーマスを知る者は皆そう思っただろう。

マリアンネ。
子爵家の子女である。
皮肉なことにクレアと同じ学年であった。

トーマスとマリアンネ。年齢も学年も違う二人が、では何故心を通わせる距離にあるのか。
彼等は互いの邸が近い。所謂幼馴染であった。幼い頃より互いに同じ想いを抱いていたのだろう。
であれば、何故クレアと婚約などしたのだろうか。
クレアの目からは、マリアンネの瞳にも確かに、トーマスへの恋情を感じさせた。

迷惑なことである。
何も知らずにクレアはトーマスと婚約した。クレアには何の責任も無い。
けれども、二人にとってはまるで自分は愛し合う仲を引き裂く悪役ではないか。

それ程想い合うのなら、婚約の話が出たときに愛し合う女性(ひと)がいるのだと、正直に言えば良かったのだ。

婚約してからも婚約者に誠意らしいものを見せず、多忙と偽り距離を置く。
そればかりか、あろう事か婚約者もいる学園で、周りが恋人同士と認める程に心を通わせあっている。

彼等は、自分達のままならない恋愛関係ばかりに視野があり、クレアの事を何も考えていない。

クレアは確かに恋心を抱いていた。
けれども彼等はクレアの恋心など、これっぽっちも視界に入らない。


学園に入学して間もなく、クレアはそのことに気付いた。
神様のお恵みだと思った婚約は、とんでもない重荷、神が与え給うた試練であった。

それでも、なかなか消せない恋の灯し火に焦がされながら他人の体(てい)で、学園で肩を寄せ合う二人を見ても、知らぬ振りを通して来た。

当然、婚約者の交流などあり様筈も無い。
トーマスがクレアに声を掛ける時は、決まって伯爵家の両親から苦言を呈された時である。

街を少し歩いてから食事かお茶を一緒にする。決まり切った行程で、クレアの心を引こうとする意趣も感じられない。

それでも、確かに胸に感じる恋心を、クレアは大切にしていた。
いつか、お互いが成長したら、互いの立場も役割も、貴族の婚姻の意味も理解して、トーマスの妻に迎えられるのだ。 
だから、早く二人の恋の火が鎮火してほしいと、その日が訪れるのを待っていた。

そんな、いつもなにか胸につかえる塊がある様な、憂鬱な気分を払拭出来ない年月を過ごして、いよいよトーマスが学園の卒業を迎える。


卒業式典の後は、卒業を祝う夜会がある。
夜会には卒業生とその親族のみが参加するが、婚約者は特別でパートナーとしての参加が認められている。

婚約以来、御座なりな交流しか持てずにいたが、流石に卒業の夜会には伴われるだろうと、クレアも両親も疑わなかった。
だから、いつまでも届かない同伴を願う文も衣装の打ち合わせも無いことに、先に動いたのは父であった。

どうなっているのかと伺いを立てた席で、父は溜飲を下げざるを得なかった。
結局、伯爵に頼み込まれて、子爵の父は強くは言えなかった。

トーマスはマリアンネを伴って夜会に出た。
卒業生達の目がある中、二人寄り添い会場に訪れ、共にダンスを踊り友たちと互いの門出を祝い合って、それから二人、夜の帳に消えて行った。

卒業式の翌日、クレアは両親にトーマスとの婚約解消を願った。

卒業の夜会には、卒業生の親も参加していた。彼等の目の前で、婚約者気取りで過ごした二人は、もう社交界においてもそう見なされて可怪しく無い。
こんな巫山戯た事を、クレアの両親も不満に思うのは当然であった。
早速、解消の申し入れをした。 

本来であれば、トーマスの不貞を掲げ破棄出来ようところを、爵位の低い家からの申し出であるから穏便に解消という体(てい)を取った。

しかし、婚約は継続された。
婚約は破棄も解消も成されなかった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

恋人に捨てられた私のそれから

能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。  伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。  婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。  恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。 「俺の子のはずはない」  恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。 「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」  だけどカトリオーナは捨てられた――。 * およそ8話程度 * Canva様で作成した表紙を使用しております。 * コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。 * 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。

結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?

ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。 そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。 彼女に追い詰められていく主人公。 果たしてその生活に耐えられるのだろうか。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...