ヴィオレットの夢

桃井すもも

文字の大きさ
上 下
12 / 48

六の姫の存在

しおりを挟む
ヴィオレットは寮に帰ると、兄へ手紙を書いた。

困り事があったなら、いつでも頼る様に姉達は言ってくれたが、兄も同じ事を言ってくれた。

長期休みに、帝国侯爵領を訪問したい、ついては国の許可を願うと云う旨をしたためた。
程なくして返信が届く。書簡の往復の日数を考えると、学業と執務に忙しい兄が、直ぐ様、父王及び関係各所に確認を取ってくれのが窺えて申し訳なく思った。

学園の休みは有意義に使いなさい。
不足がある場合は、大使に相談する様に。

帰って来ずとも良いから、帝国で好きに過ごすが良い。困ったら大使へ。

そう云うことなのだろうと理解した。
突き放された。端(はな)から帰国など望まれていなかった。

望まれない王女。

兄は飽くまでも、父王の言葉を伝えている。だから、ヴィオレットが傷付かないように "いつか兄がお前に会いにゆくよ。それまで学びに勤しむのだよ" と書き添えてくれている。

幼心に感じていた事。
自分は疎まれているのではないか。
両親に、いや、母に疎まれている。
無関心なのではなく、避けられているのだ。帰国を望んでいないのは、母なのだろう。

二人目の男児(スペア)を、願を掛けるほど切望していた母を裏切り絶望を与えたヴィオレットを、母は恨み疎んでいるのだ。幼い頃より殊更距離を置かれていると感じていた。
そして、そんな母を父王が諌めることは無かった。

帰る場所など無い。存在を許される場所など元より無かったのだ。

肩を落としかけたヴィオレットは、でも、と思い返す。

それがどうしたことか。
母の胸の内を知ったからと、影の薄い旨味の無い王女である事に何も変わりはない。
妙な後ろ向きな自信がヴィオレットを支える。

そもそも母は弟を偏愛している。
私は、姉達にも兄にも愛情を貰って、もうそれで十分ではないか。
姉達ですら、母には不足を感じているのだ。

一の姉と三の姉の、柔らかくて温かな抱擁を思い出す。

ヴィオレットは何か吹っ切れる思いがした。


それからアルフレッドに、可能であるならば次の長期休みに侯爵領を訪問したいと打ち明けた。

アルフレッドは「ようこそ我が領へ」と笑った。


それから、帝国学園に在籍した六年間、ヴィオレットが帰国する事は一度も無かった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

処理中です...