アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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「君はあの優男に焦がれたんだろう?私との縁談がなければ、あいつとの婚姻を願っていたんだろう?残念だがそれは無い。」

アストリウスの言葉に、アウローラはあったかもしれない未来についてを考えた。それは平和で穏やかで、そうして多分、心の奥底に冷えた感情を隠す決して幸福とは言えない未来に思えた。

「そんな未来を、私は望んでなんていないわ。」

「私を選ぶのだな?」

「選ぶだなんて。選ばれるのは、私の方よ。」

アウローラはいつだって選択される側であった。トーマスはそれで、大抵いつもミネットを選んだ。穏やかで優しい笑みで、やんわりアウローラを除外した。

「確かにそれは間違っていないんだろうな。クロノスは君を選んで私へ紹介したのだから。確かに君は選ばれた。」

抱き締めていた拘束を解いて、今は隣に座ってアウローラを見下ろすアストリウスは、アウローラの耳を飾る真珠の粒を指先で触れて遊んでいる。擽ったさを堪えながら、アストリウスのそんな仕草の一つ一つがアウローラに熱を与える。

「帝国に行ったのは商会の仕入の為ではあったが、一番の目的はドレスを引き取る為だ。」
「ドレス?」
「君の卒業式の夜会衣装に贈ろうと。
幾通りか見本を見て悩むうちに仕上がりが遅れた。それで帰国に響いてしまった。」

短期間で帰ると言っていたアストリウスは、結局ひと月以上帰国しなかった。
卒業式後に催される夜会ではアストリウスのエスコートを受けるから、通常であれば彼からドレスを贈られる。だが、当然ながら不在のアストリウスからドレスが贈られる事はないからと、アウローラは母に頼んでドレスを伯爵家で用意していた。

「公爵家の領地では良質の絹を生産している。彼処は養蚕事業の大家なんだ。皇族の纏う絹織物は公爵領産のものが大半だ。高位貴族もそうだろう。そうして、公爵夫人は婦人服専門の商会を帝都の目抜き通りに構えている。彼女は生まれは姫様だが中身は経済人だ。だから彼女の商会に、君へ贈る絹のドレスを発注した。本当なら婚礼衣装を頼みたかったが、それは、なんつった、トーマスとかとの婚礼に合わせて既に用意していたのを手直しすると言うのだがら、義母上の意向を尊重するより無かった。」

アウローラへ贈るためのドレスを、アストリウスは態々自ら長旅に出て引き取りに行ったと言う。

「貴方は私のドレスを、公爵夫人に見立ててもらったと仰るの?」

苦労をして漸く帰国した婚約者に、ついさっき反省したばかりであるのに、アウローラの中にむくむくと卑屈な感情が芽生え始めた。

「ああ、すまない、言い方が悪かった。彼女の商会に依頼したし、それで確かに彼女が見立てた。だが、アウローラ。彼女は皇族だよ。審美眼なら誰よりも確かであるし、こう言っては何だが、元皇女が他国の令嬢の為に衣装を手掛けたんだ。私は君にそんなドレスを贈りたかった。それが君の感情を損ねるのではないかと夫人が言っていたが、今の君を見て彼女の言った意味が理解出来た。」

戸惑うアウローラを見つめてアストリウスは、口角の右側を上げてにっと笑った。

「君、ヤキモチを妬いてくれるんだな?」

焼き餅!とても下世話な言葉であるが、アウローラはしっくり来た。夫人、夫人とアストリウスの口から出るのにも、神経を逆撫でされる不快感を覚えていた。

「私の気持ちが解ってくれたか?君がアイツとダンスを踊る間、仲睦まじく話すのを、私が平気でいたと思ったのか?」

「それは、新年の舞踏会?だって、ミネットが貴方と踊っていたから、あぶれた私達が一緒に踊っただけだわ。」

「私とのダンスはあんな親しげな風ではなかった。」
「彼は幼馴染だもの。幼い頃から一緒に練習していたのですもの。」
「そんなの知ったこっちゃない。距離が近かったと言っている。」
「まあ。」

最初に悋気を起こしたのはアウローラであったのが、いつの間にかアストリウスに叱られている。

「ふふ、」
「は?何で笑う。」
「貴方がヤキモチを妬いてくれているから。」
「何だって?私が七転八倒するのが楽しいのか?」
「七転八倒なさったの?」
「ああ、今も苦しんでる。この生意気な婚約者にいい歳をして翻弄されて。どうやって懲らしめてやろうかと。」
「え?」
「王都まで三日ある。夜は三度訪れる。憶えていろよ?」

色気を含ませた悩ましい眼差しを向けて、アストリウスは不敵な笑みを浮かべた。



「何だ、この護衛の数は。」

アウローラに帯同する使用人等と合流して、アストリウスは呟いた。

港で再会した時には、いつもの生まれたての仔鹿侍女の他には護衛が一人付いていた。彼等を伯爵家の馬車に戻らせて、滞在するホテルで合流したのだが、

「何人いるんだ?」
「数えましょうか?」
「いや、いい...」

ジョージが、ひいふうみいと数えるのをめさせる。数えたって仕方が無い。十把一絡げで「一個大隊」と呼んだほうが速いと思った。

「両親が選抜致しました護衛達です。こちらへ向うのに護衛を付けるのが条件でしたので。」
「伯爵夫妻が?」
「ええ。何かあってはいけないからと。」
「で、君の部屋の前にたむろしているコイツらもか?」
「ええ。選り抜きの護衛達ですわ。」

ホテルでのアウローラの部屋の前は、護衛達で犇めいていた。何でお前等鎧を着ているとは聞けなかった。
ただ、彼等の護衛任務に、「婚約者の夜這い」を封じる目的を察したのはジョージばかりでは無かった。


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