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ドレスを贈られて、それが身体に合っていないと責められるのだろうか。あの夢の様に。

「お見苦しくて申し訳ありません。」
「そんな事を言っているのではない。」
「え?」

「だから、その、見苦しいなどと思っているのではない。ただ、」
「ただ?」
「君は、その、少し」
「少し?」

「無防備が過ぎる。自分がどう見られているのか解っていない。」

へ?何を言われているのだろう。
行き成り過ぎて怒る気も起こらない。

「ああ、いや、そうではなくてっ」

ハデスが慌てている。
なんだか様子が可怪しい。

「ハデス様は、私にご不満がお有りなのですね。」
「違う!」

ハ、ハデスが怒鳴った。ハデスに怒鳴られた。
ハデスに声を荒げられるなんて初めての事であったから、アリアドネはすっかり驚いて声も出せなくなってしまった。

「いや、そうではない!」
「...」
「その、君は、少しっ」
「...」
「豊かであるから、」
「...」
「む、胸が、」
「!?」
「胸が豊かだからっ、男の目を引く、その、」
「!??」
「気付いていないのか?」

「ドレスを贈る度に、む、胸のサイズが変わるから、その、何度も確かめねば気が気でなくて、」

ハデスは何か苦いものを噛んだ様な顔をして、アリアドネから視線を逸らす。

「毎回確かめねば、心配になる。む、胸元が見えはしないかと、」

「見える?!」
漸く言葉が出た。ぷはっ

「ドレスのラインで、ほ、豊満、いや、豊かな胸が解ったら、男共が寄って来るだろうっ。そんななりで、」

「え?」
誰が誰に寄って来るんだ?
アリアドネは思考が回っていない。

「そんな成で歩かれて、婚約者が下卑た視線に晒されるなど、許せる男がいるかっ、」

「ハデス様、」

「なんだっ」

「貴方様、私を婚約者だと思っておいでなの?」

「当たり前だろう!!」

怒鳴られるのも、二度目は全然怖く無かった。
寧ろ、なんだか、なんと言うか、その、可愛かった。

この二年、婚約者らしい言葉など発しない、無口と言うか口無しであったハデスが、いっぱい喋って、なんならアリアドネの3倍喋って、その上怒鳴っている。
目元が赤く染まっているのが宵であるのにはっきり解る。

どうしよう。
可愛い。可愛い。可愛い。

「君が私を疎ましく思っているのは解っている「そんな事、思ってません!」

今度はアリアドネが怒鳴る番だった。

「思っていないのか?」
「思ってません!」
「真か?」
「真です!」
「本当「もうっ!貴方こそ私を疎ましく思っているのではないですかっ」

「そんな事、思っていない!」
「だってっ」
「なんだっ」
「だって、なんにもお話しにならないからっ」

ちっちゃい「つ」が連続する言葉の応酬はここまでだった。
ルーズベリー侯爵邸の門扉が見えて来た。

馬車は侯爵邸の敷地に入り、速度を落として正面玄関の前で止まった。

従者がノックして扉が開かれると、ハデスが先に降りた。
くるりと振り返り手を差し出して来る。
それはいつもと変わらぬ姿であったが、ハデスはいつものハデスでなかった。

背中に邸の灯りを受けて顔は宵闇に向けられているのに、馬車の中からも解ってしまうほど朱に染まっていた。

差し出された手の平に手を乗せた途端、指先をキュッと握り込まれた。然程強くはないのに確かな力を込められて、それから引き寄せられた。
そのまま馬車から出て、ステップを一段降りる。
もう一歩降りれば地に足が着く。と、同時に、ハデスは握ったアリアドネの指先を引き寄せて唇を押し当てた。

指先に柔らかな感触を覚えて、それがハデスの唇であるのだと気が付いた瞬間。

顔に火が付いた。
ぼぼぼっと音が出た気がした。

ハ、ハ、ハデス様が、ゆ、ゆ、指先にキスした。

アリアドネは馬車の中であれほど言い合いをしていながら、途端になよなよと乙女と化して腰が砕けてしまった。

「危ないっ」

咄嗟に抱きかかえられて、抱き抱えたハデスも抱き抱えられたアリアドネも、あたふたと慌ててしまう。

何やってんだあの二人的な使用人達の視線を浴びながら、漸く腰に力を込める。

「ごっ、ごめんなさい、」
「いっ、いや、」

王太子殿下の側近候補、麗しの侯爵令息ハデスが、主家の令嬢と向かい合い頬を染める姿に、侍女頭と侍女アメリアがハンカチで目元を拭う。家令と執事が目配せし合う。
兎に角、邸の使用人みんなが生温かく見守っていた。



夜半であるのにやけに明るいと思ったら、今宵は満月であった。

寝台に寝転がったまま窓を見れば、ぽっかり真ん丸な月が浮かんでいる。
道理で明るい理由だ。

秋の名月。
澄んだ夜空に冴え冴えとした月が、発光する灯りの様に見えている。

微かに虫の音が聴こえて、夏の喧騒を失った初秋の夜は心が凪いて落ち着く。

ハデスが変わった。
あの熱に魘された後から、長い夢から覚めてから、彼ははっきりと解るほど変わった。

彼が変わったのか、それとも長い夢に影響されたアリアドネが変わったのか。

もしかしたら、二人共変わってしまったのか。

でなければ、ハデスがアリアドネに口付けなど...。

口付けられたのは指先であったが、アリアドネにとっては十分過ぎる衝撃であった。

馬車の中で言い合った言葉の一言一言を思い出し、こんなに月の冴える夜なのに心も身体も熱く火照って、そんな自分を持て余しながら、明日からどんな顔をしてハデスと会えば良いのだろうと、アリアドネは途方に暮れてしまった。




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