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日常的に王城に通っているハデスと違い、アリアドネは完全なるお登りさんである。デヴュタントの後は王家主催の夜会の他には、例の夢の中でさえ貴重な登城出来る機会であった。
ぽっかり口が開くのを堪えて、華の王城、夜会の会場へと向う。
ちらりと隣を窺うとハデスと目が合ってしまった。
咄嗟に目を逸らせてから、これって婚約者としてどうなのかしら。自分も大概愛想が悪いのではなかろうか。そんな事を思った。
会場に入れば、離れたところにパトリシアとブライアンの姿が見えた。ヴィクトリアとギルバートも先に入場している筈である。
程なくして貴族家の入場が済むと、いよいよ王族の入場となる。国王陛下と王妃陛下に続いてフランシス殿下がアンネマリーをエスコートしながら入場して来た。
アンネマリーの美しさと言ったら。
前世から共に生まれる事を約束していたのかと思わせる、フランシス殿下と同じ眩しく燦く金の髪。濃く鮮やかな青い瞳。
ロイヤルブルーのドレスが格調高く彼女を飾っている。
気高く美しく聡明なアンネマリー。
これが次代の王女陛下の神々しさなのだ。
アリアドネは羨望の眼差しに目を細めた。
「行くぞ。」
ハデスから声を掛けられて、フランシス殿下とアンネマリーの側へと進む。
陛下が開会の言葉を述べてから、王妃とのダンスを披露する。
ダンスの終了と共に拍手が起こり、それが鳴り止むとフランシス殿下がアンネマリーに手を差し伸べた。
この後はフランシス殿下とアンネマリーがダンスを披露する。側近候補とその婚約者も二人を囲むように共にダンスを踊ることになっている。
ハデスが手を伸べて、アリアドネが手を重ねれば指先をやんわりと握り込まれた。
ああ、これは夢の中と同じだわ。私ったら、まだ夢の中にいるのかしら。
不思議な感覚に襲われて、アリアドネはここが何処なのか一瞬分からなくなった。
ハデスに誘われるままホールに進み出る。
向かい合えば、ハデスがエスコートの手を静かに持ちかえた。それを合図にアリアドネは右手をハデスの手と組み合わせる。左手は親指と人差し指をそっとハデスの右腕に添えた。
どこまでも夢の世界と同じ。
背筋を伸ばしてホールドの姿勢が整ったところで、アリアドネはハデスを見上げた。ハデスもアリアドネを見つめている。
「アリアドネ。」
何故なのだろう。これからダンスを披露する。曲の流れるその瞬間に、ハデスはアリアドネの名を呟いた。呟く様な囁く様な密やかな声音で、アリアドネの名を呼んだ。
初めて会った日に、アリアドネはハデスの瞳をとても美しいと思った。
深い森の奥にある湖。その深淵を覗き込んだらこんな色に見えるのだろうか。
薄い翠色の中心に榛が混じって、それが奥深く神秘的に見える。
その美しい翠の瞳がアリアドネを映している。瞳の中に驚くアリアドネが映っている。
ワルツの伴奏が始まった。
ハデスが一歩踏み込むのに合わせてアリアドネが半歩下がれば、そこから滑らかにターンへ移る。
ハデスと踊るステップは身体がすっかり憶えている。彼の微かなリードにもアリアドネは迷うことなく身を委ねる。
リバースターンからの流れで、ハデスが支える手に背を預けて大きく反らす。
ハデスに誘われるままアリアドネが、まるで水面を滑る様に流れるラインを生み出す。
初々しいカップルのダンスに観衆の目が惹き付けられている。
シャッセ、クイック、スローアウェイからゆったりと滑らかなオーバースウェイ。
ハデスはまるでアリアドネが最も美しく見えるシーンを切り取る様に、観衆の面前にアリアドネを披露する。
黒髪の令嬢アリアドネ。
開花する直前の匂い立つ美しさ。
ダンスの名手と名高い令嬢と彼女の美しい婚約者は、今宵も人々の憧憬と歓心を引いていた。
ハデスの肩越しに高貴な二人の姿が見えた。
フランシス殿下とアンネマリーが笑みを浮かべて何かを囁き合っている。
丁度ターンをする際に、思わず見惚れていたらしい。
するとハデスが常に無いステップを踏んだ。男性が女性の半身に身を乗せて、そこから二人身体を添わせて合って小さなターンを繰り返す。
リズミカルなステップをハデスがアリアドネに仕掛けてきた。
ハデス様?
アリアドネは少しばかり戸惑うも、無類のダンス好きであるから堪らない。
男女の駆け引きの様に、ハデスが上へ被さったかと思えばくるりと次の瞬間にはアリアドネが上になる。
優美でコミカル。番の蝶が戯れる様にくるくると舞う姿に小さなどよめきが起こった。
どうしましょう。楽しい!楽しい!
ハデス様と踊って楽しいだなんて!
あっと言う間のことだった。
常であれば一曲終わるのが長く感じるハデスとのダンス。それが一瞬ここが王城である事を忘れてしまう程に、心も身体も弾んでいた。
礼を取れば拍手が起こって、面を上げて思わずハデスと目が合った。
はぁはぁと荒い息を整える。
それから、
「ハデス様、有難ございます。とても、とても楽しかった。」
思わずアリアドネは笑みを漏らした。
無邪気な笑みに白い歯が綺麗に見えた。
ぽっかり口が開くのを堪えて、華の王城、夜会の会場へと向う。
ちらりと隣を窺うとハデスと目が合ってしまった。
咄嗟に目を逸らせてから、これって婚約者としてどうなのかしら。自分も大概愛想が悪いのではなかろうか。そんな事を思った。
会場に入れば、離れたところにパトリシアとブライアンの姿が見えた。ヴィクトリアとギルバートも先に入場している筈である。
程なくして貴族家の入場が済むと、いよいよ王族の入場となる。国王陛下と王妃陛下に続いてフランシス殿下がアンネマリーをエスコートしながら入場して来た。
アンネマリーの美しさと言ったら。
前世から共に生まれる事を約束していたのかと思わせる、フランシス殿下と同じ眩しく燦く金の髪。濃く鮮やかな青い瞳。
ロイヤルブルーのドレスが格調高く彼女を飾っている。
気高く美しく聡明なアンネマリー。
これが次代の王女陛下の神々しさなのだ。
アリアドネは羨望の眼差しに目を細めた。
「行くぞ。」
ハデスから声を掛けられて、フランシス殿下とアンネマリーの側へと進む。
陛下が開会の言葉を述べてから、王妃とのダンスを披露する。
ダンスの終了と共に拍手が起こり、それが鳴り止むとフランシス殿下がアンネマリーに手を差し伸べた。
この後はフランシス殿下とアンネマリーがダンスを披露する。側近候補とその婚約者も二人を囲むように共にダンスを踊ることになっている。
ハデスが手を伸べて、アリアドネが手を重ねれば指先をやんわりと握り込まれた。
ああ、これは夢の中と同じだわ。私ったら、まだ夢の中にいるのかしら。
不思議な感覚に襲われて、アリアドネはここが何処なのか一瞬分からなくなった。
ハデスに誘われるままホールに進み出る。
向かい合えば、ハデスがエスコートの手を静かに持ちかえた。それを合図にアリアドネは右手をハデスの手と組み合わせる。左手は親指と人差し指をそっとハデスの右腕に添えた。
どこまでも夢の世界と同じ。
背筋を伸ばしてホールドの姿勢が整ったところで、アリアドネはハデスを見上げた。ハデスもアリアドネを見つめている。
「アリアドネ。」
何故なのだろう。これからダンスを披露する。曲の流れるその瞬間に、ハデスはアリアドネの名を呟いた。呟く様な囁く様な密やかな声音で、アリアドネの名を呼んだ。
初めて会った日に、アリアドネはハデスの瞳をとても美しいと思った。
深い森の奥にある湖。その深淵を覗き込んだらこんな色に見えるのだろうか。
薄い翠色の中心に榛が混じって、それが奥深く神秘的に見える。
その美しい翠の瞳がアリアドネを映している。瞳の中に驚くアリアドネが映っている。
ワルツの伴奏が始まった。
ハデスが一歩踏み込むのに合わせてアリアドネが半歩下がれば、そこから滑らかにターンへ移る。
ハデスと踊るステップは身体がすっかり憶えている。彼の微かなリードにもアリアドネは迷うことなく身を委ねる。
リバースターンからの流れで、ハデスが支える手に背を預けて大きく反らす。
ハデスに誘われるままアリアドネが、まるで水面を滑る様に流れるラインを生み出す。
初々しいカップルのダンスに観衆の目が惹き付けられている。
シャッセ、クイック、スローアウェイからゆったりと滑らかなオーバースウェイ。
ハデスはまるでアリアドネが最も美しく見えるシーンを切り取る様に、観衆の面前にアリアドネを披露する。
黒髪の令嬢アリアドネ。
開花する直前の匂い立つ美しさ。
ダンスの名手と名高い令嬢と彼女の美しい婚約者は、今宵も人々の憧憬と歓心を引いていた。
ハデスの肩越しに高貴な二人の姿が見えた。
フランシス殿下とアンネマリーが笑みを浮かべて何かを囁き合っている。
丁度ターンをする際に、思わず見惚れていたらしい。
するとハデスが常に無いステップを踏んだ。男性が女性の半身に身を乗せて、そこから二人身体を添わせて合って小さなターンを繰り返す。
リズミカルなステップをハデスがアリアドネに仕掛けてきた。
ハデス様?
アリアドネは少しばかり戸惑うも、無類のダンス好きであるから堪らない。
男女の駆け引きの様に、ハデスが上へ被さったかと思えばくるりと次の瞬間にはアリアドネが上になる。
優美でコミカル。番の蝶が戯れる様にくるくると舞う姿に小さなどよめきが起こった。
どうしましょう。楽しい!楽しい!
ハデス様と踊って楽しいだなんて!
あっと言う間のことだった。
常であれば一曲終わるのが長く感じるハデスとのダンス。それが一瞬ここが王城である事を忘れてしまう程に、心も身体も弾んでいた。
礼を取れば拍手が起こって、面を上げて思わずハデスと目が合った。
はぁはぁと荒い息を整える。
それから、
「ハデス様、有難ございます。とても、とても楽しかった。」
思わずアリアドネは笑みを漏らした。
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