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約束の時間に寸分違わずハデスはアリアドネを迎えに来た。
ハデスから贈られたドレスは、アリアドネの色白な肌を美しく引き立てていた。
浅いスクエアネックの襟元はぎりぎり肩のラインが見えるところで立ち上がる。鎖骨が露わになるも、襟ぐりが浅く生地に張りと光沢がある為に気品を損なわない。
肩で立ち上がる生地は肩を覆うほどではなかったから、腕が露わになるのをロンググローブを併せて露出を抑える。
襟元から胸元そしてウエストまで装飾は無く、ウエストは細く腰回りからボリュームを抑えて広がるデザインとなっている。
ウエストの右側と左の肩口に共布で作った花のコサージュが縫い留められている。生地の持つ深みのある光沢が美しく、王城のシャンデリアの光を受ければ繊細な照りと輝きを放つだろう。
ハデスから贈られるドレスは露出と抑えのバランスが絶妙で、若いアリアドネの仄かな色香と清純さを上手く見せてくれる。
アリアドネは、その気品あるドレスに真珠の首飾りを合わせた。
夢で見た小粒真珠とクリスタルガラスの、祖母から贈られたものではなくて、母が婚約した際に父から贈られた三連真珠の首飾りを借りた。
父は初見で母に恋をしたのだと云う。
美丈夫で名の知れた父から思いもよらず心を寄せられて、母は嬉しかったと頬を染めてアリアドネに聞かせた。
その思い出の首飾りは、小振りなバロックパールを三連重なる様に繋ぎ合わせたシンプルな形状であるが、それが父らしく清々しいチョイスの様に思えた。
粒を揃えたバロックパールの照りが美しい。
胸元まで垂れるのではなく、首元から鎖骨の上を飾るのが若々しく未婚の令嬢によく似合う。
耳飾りも揃いなのだが、こちらは大粒のバロックパールがひと粒揺れるデザインである。
鏡の前で顔を振ってみれば、耳元で揺れる様が可愛らしく思えた。
「とても素敵よ、アリアドネ。」
母はまるで父と出会った日を思い出す様に、頬を染めて目を細めている。
幸せな婚姻をしたなら、妻はいつまでも美しいのだな。母の表情に、アリアドネは自身が掴めそうにはない幸福な婚姻に、僅かに心が傷んだ。
ハデスは既に玄関ホールの長椅子に座って待っていたから、すっかり待たせてしまったとアリアドネは慌てた。
二階の自室からホールへ降りる大階段を早足で降りて行く。
その様子に気が付いたらしいハデスが振り返り立ち上がった。
「アリアドネ、危ない、ゆっくり降りて来るんだ。」
駆け降りる勢いのアリアドネに、ハデスが声を掛けた。
そんなハデスが珍しかったのか、家令も執事も侍女達も、目を見開いてハデスを見るのが分かった。
ハデスが無口であるのは、使用人達の間でも常識と受け止められていたらしい。
ハデスの声に引き止められる様に、アリアドネは速度を落として階段を降りた。
「すっかりお待たせしてしまって申し訳ございません。」
アリアドネがそう詫びると、それには返事を返さずに、
「走っては危ない。怪我をしたらどうする。」
ハデスは幼子を諌める様に眉を顰めた。
思わずアリアドネも眉が下がる。
情けない顔をしていたのだろう。
ハデスは、「いや、ちょっと心配しただけだ」と視線を逸らした。
それから手を差し伸べられて、アリアドネはハデスの手に手の平を重ねた。
馬車のステップを上がり車内に入る。後を追うようにハデスも入れば御者が扉を閉めた。ハデスの生家から侯爵の侍従が付き添うも、彼は御者の隣りに座る。
アリアドネがハデスに伴われる際には侍女も付き添いも付かない。
アリアドネはアンネマリーに侍るから、供を付ける事は無いのである。
馬車の中はハデスと二人きり。装いが違えば、朝の登校風景と同じである。
さあ、ハデス様。
貴方があれほど気にしておられたドレスです。
何処も彼処もゆとりがございましょう。
肥えてなどおりませんわ!
夢の衝撃が心に傷となって焼き付いた。
その衝撃を忘れられずにアリアドネは体調管理を徹底したから、贈られたドレスはフィットしている。腰回りなど緩くなったほどである。
ご覧下さいませ。貴方のお選びになったドレス、美しいドレスを損なわずに済みました。
どうよ!と言わんばかりに胸を張る。
えっへんと言わなかったのを許して欲しい。
ハデスはそんなアリアドネを少しの間見つめていた。
ピピピと全身チェックを受ける落ち着かない気持ちがするも、アリアドネはハデスのチェックを甘んじて受け止めた。
「似合っている」
ハデスはアリアドネの装いに合格点を与えたらしい。
そんな事、婚約以来初めての事であった。
目を見開くアリアドネに、ハデスは都合の悪そうな顔をして見せた。
はっは~ん。
アリアドネは思った。
これは誰かの入れ知恵ね。
ブライアン様辺りから、婚約者には褒め言葉を掛けるのだとか何とか言われたのでしょう。
残念でした、ハデス様。褒め言葉とは笑顔で言うものです。そんな居た堪れないと云う様なお顔では駄目なんです!
バレバレのハデスの表情に、すっかり興醒めしてしまったアリアドネは、ハデスから視線を離して窓の外を見つめるのだった。
ハデスから贈られたドレスは、アリアドネの色白な肌を美しく引き立てていた。
浅いスクエアネックの襟元はぎりぎり肩のラインが見えるところで立ち上がる。鎖骨が露わになるも、襟ぐりが浅く生地に張りと光沢がある為に気品を損なわない。
肩で立ち上がる生地は肩を覆うほどではなかったから、腕が露わになるのをロンググローブを併せて露出を抑える。
襟元から胸元そしてウエストまで装飾は無く、ウエストは細く腰回りからボリュームを抑えて広がるデザインとなっている。
ウエストの右側と左の肩口に共布で作った花のコサージュが縫い留められている。生地の持つ深みのある光沢が美しく、王城のシャンデリアの光を受ければ繊細な照りと輝きを放つだろう。
ハデスから贈られるドレスは露出と抑えのバランスが絶妙で、若いアリアドネの仄かな色香と清純さを上手く見せてくれる。
アリアドネは、その気品あるドレスに真珠の首飾りを合わせた。
夢で見た小粒真珠とクリスタルガラスの、祖母から贈られたものではなくて、母が婚約した際に父から贈られた三連真珠の首飾りを借りた。
父は初見で母に恋をしたのだと云う。
美丈夫で名の知れた父から思いもよらず心を寄せられて、母は嬉しかったと頬を染めてアリアドネに聞かせた。
その思い出の首飾りは、小振りなバロックパールを三連重なる様に繋ぎ合わせたシンプルな形状であるが、それが父らしく清々しいチョイスの様に思えた。
粒を揃えたバロックパールの照りが美しい。
胸元まで垂れるのではなく、首元から鎖骨の上を飾るのが若々しく未婚の令嬢によく似合う。
耳飾りも揃いなのだが、こちらは大粒のバロックパールがひと粒揺れるデザインである。
鏡の前で顔を振ってみれば、耳元で揺れる様が可愛らしく思えた。
「とても素敵よ、アリアドネ。」
母はまるで父と出会った日を思い出す様に、頬を染めて目を細めている。
幸せな婚姻をしたなら、妻はいつまでも美しいのだな。母の表情に、アリアドネは自身が掴めそうにはない幸福な婚姻に、僅かに心が傷んだ。
ハデスは既に玄関ホールの長椅子に座って待っていたから、すっかり待たせてしまったとアリアドネは慌てた。
二階の自室からホールへ降りる大階段を早足で降りて行く。
その様子に気が付いたらしいハデスが振り返り立ち上がった。
「アリアドネ、危ない、ゆっくり降りて来るんだ。」
駆け降りる勢いのアリアドネに、ハデスが声を掛けた。
そんなハデスが珍しかったのか、家令も執事も侍女達も、目を見開いてハデスを見るのが分かった。
ハデスが無口であるのは、使用人達の間でも常識と受け止められていたらしい。
ハデスの声に引き止められる様に、アリアドネは速度を落として階段を降りた。
「すっかりお待たせしてしまって申し訳ございません。」
アリアドネがそう詫びると、それには返事を返さずに、
「走っては危ない。怪我をしたらどうする。」
ハデスは幼子を諌める様に眉を顰めた。
思わずアリアドネも眉が下がる。
情けない顔をしていたのだろう。
ハデスは、「いや、ちょっと心配しただけだ」と視線を逸らした。
それから手を差し伸べられて、アリアドネはハデスの手に手の平を重ねた。
馬車のステップを上がり車内に入る。後を追うようにハデスも入れば御者が扉を閉めた。ハデスの生家から侯爵の侍従が付き添うも、彼は御者の隣りに座る。
アリアドネがハデスに伴われる際には侍女も付き添いも付かない。
アリアドネはアンネマリーに侍るから、供を付ける事は無いのである。
馬車の中はハデスと二人きり。装いが違えば、朝の登校風景と同じである。
さあ、ハデス様。
貴方があれほど気にしておられたドレスです。
何処も彼処もゆとりがございましょう。
肥えてなどおりませんわ!
夢の衝撃が心に傷となって焼き付いた。
その衝撃を忘れられずにアリアドネは体調管理を徹底したから、贈られたドレスはフィットしている。腰回りなど緩くなったほどである。
ご覧下さいませ。貴方のお選びになったドレス、美しいドレスを損なわずに済みました。
どうよ!と言わんばかりに胸を張る。
えっへんと言わなかったのを許して欲しい。
ハデスはそんなアリアドネを少しの間見つめていた。
ピピピと全身チェックを受ける落ち着かない気持ちがするも、アリアドネはハデスのチェックを甘んじて受け止めた。
「似合っている」
ハデスはアリアドネの装いに合格点を与えたらしい。
そんな事、婚約以来初めての事であった。
目を見開くアリアドネに、ハデスは都合の悪そうな顔をして見せた。
はっは~ん。
アリアドネは思った。
これは誰かの入れ知恵ね。
ブライアン様辺りから、婚約者には褒め言葉を掛けるのだとか何とか言われたのでしょう。
残念でした、ハデス様。褒め言葉とは笑顔で言うものです。そんな居た堪れないと云う様なお顔では駄目なんです!
バレバレのハデスの表情に、すっかり興醒めしてしまったアリアドネは、ハデスから視線を離して窓の外を見つめるのだった。
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