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「大丈夫?何だか凄い令嬢だったね。」
少し余裕をもって医務室から教室に戻れば、アンネマリー達はまだ戻っていなかった。
単独行動するのは滅多に無かったから、なんだか新鮮な気持ちで席に着く。
隣には既にロジャーが戻っており、うつ伏せでうたた寝などと云う呑気な姿勢でいたから、起こさないようにそおっと席に着いたのだが、どうやら起きていたらしい。
「有難うございます。ほんのちょっと濡れただけだったのに、なんだか大袈裟になってしまって。」
「ああ、あれには驚いた。真逆殿下がお声掛けするとはね。」
「本当に。あのご令嬢、最近急に目立つ様になった気がするのだけれど。」
「彼女は編入生だからね。」
「夏休みの直前に編入したのでしょう?なぜそんな中途半端な時期に編入したのかしら。」
ロジャー相手なら気構える事なく会話が出来る。
アリアドネは王族の側近候補であるハデスの婚約者であるばかりに、生徒たちから何処となく遠巻きにされている。
肝心の婚約者ハデスとはまともな会話が出来なかったから、話し相手は側近候補の婚約者達に限定されていた。
人好きのするロジャーは話しの切っ掛けを作るのが上手い。そうして何より聞き上手であった。
「どうやら彼女は庶子であるらしい。」
「そのようね。モンド子爵の。」
「うん。市井に愛人を持つ貴族は案外多いからね。」
「そうかも知れないわね。」
ふわふわファニーの情報は、驚く程、夢で見た内容と一致する。そうしてアリアドネが思うことも、夢と現実でも大差は無かった。
契約事の婚姻に縛られて愛を覚えられずに生きるのは、それなりに寂しいものだろう。
愛の無い夫婦だとして、夫ばかりが愛を得る。妻も誰かと愛し合いたいのだとどうして思わないのだろう。
「愛し合うって奇跡なのかしら。」
「何故?」
「だって婚姻は契約よ。婚約中から愛し合える方もいるのでしょうけど、皆が皆そうとは言えないでしょう。王国にいる貴族の中で、愛し合える相手と爵位やら後継やら派閥やらの条件をクリアして、その上愛し合えるだなんて。それってまるで奇跡の様だわ。」
「でも、君は心配いらないんじゃない?」
「え?」
「ハデス殿、凄い顔だったよ。」
「え?」
「美丈夫の怒る顔って、やっぱり美しいんだな。気を付けた方が良いよ、彼、人気者だから。」
「えっと、何を、」
「益々人気が上がるって事。凄く格好良かったもの。君を庇って立ち去るだなんて。」
「庇われたのかしら。」
「...えーっと、アリアドネ嬢、君、鈍いって言われない?」
「まあ!私、こう見えて運動神経は良いのよ。ダンスで鍛えているから。それよりロジャー様。貴方様もダンスを習ってみては?苦手なのではなくて?」
「え!なんで解ったの?僕はダンスが超絶苦手だ。」
「ふふふ。お鈍さんはロジャー様の方ね。」
「お鈍さんって..。言ったな、アリアドネ嬢。分かった。君を驚かせて見せよう。」
「ふふっ、それは楽しみにしております。」
話の論点はファニーからハデスへ移ったのが、終いにはロジャーのダンス能力へと取って代わった。
つらつら話題が変わるのは女子あるあるなのだが、ロジャーはそんなアリアドネの気まぐれにきっちり付いて来てくれる。
流石はロジャー様。
アリアドネのロジャー評価がワンランクアップした。
「アリアドネ、大丈夫だった?」
いつの間にか教室に戻ったらしいパトリシアに声を掛けられて、アリアドネははっとして教室を見渡した。
フランシス殿下もアンネマリーも、常と同じ様に席に戻っていた。後ろにはブライアンとハデスも着席している。
「パトリシア、有難う。全くもって大丈夫よ。髪なら直ぐに乾いてしまったもの。それより、」
そこでアリアドネが小声になる。
パトリシアはアリアドネと隣で並ぶロジャーの前にいたのだが、小声に誘われる様に前屈みになった。
「あれから大丈夫だったかしら。食堂は。」
「ええ。給仕が飛ぶ勢いでやって来て、あの令嬢を席まで連れて行ったわ。それからはいつも通りに。」
こしょこしょ話す二人をロジャーが見守る。
「それは良かったわ。騒ぎにならなくて安心したわ。」
「騒ぎにはなった筈よ。」
「え?」
「だってハデス様が、」
そこでパトリシアはロジャーに向かって、ねえと言う風に目配せした。
「ハデス様が颯爽と貴女を庇って連れて行ったのだもの。女子達が色めき立っていたわ。」
「え、」
「鈍い貴女に教えて上げるわね。ハデス様はとても人気があるのよ。中性的な魅力が堪らないんですって。それが婚約者を庇って、こう、ジャケットを掛けて抱き寄せたのだから、そりゃあ素敵にも見えるでしょう?」
「君って、やっぱり鈍いんだ。」
アリアドネは、ロジャーの突っ込みに反応出来なかった。
パトリシアが身振り手振りでハデスがアリアドネにジャケットを被せるシーンを再現するのを、呆然と見つめままた固まってしまったから。
少し余裕をもって医務室から教室に戻れば、アンネマリー達はまだ戻っていなかった。
単独行動するのは滅多に無かったから、なんだか新鮮な気持ちで席に着く。
隣には既にロジャーが戻っており、うつ伏せでうたた寝などと云う呑気な姿勢でいたから、起こさないようにそおっと席に着いたのだが、どうやら起きていたらしい。
「有難うございます。ほんのちょっと濡れただけだったのに、なんだか大袈裟になってしまって。」
「ああ、あれには驚いた。真逆殿下がお声掛けするとはね。」
「本当に。あのご令嬢、最近急に目立つ様になった気がするのだけれど。」
「彼女は編入生だからね。」
「夏休みの直前に編入したのでしょう?なぜそんな中途半端な時期に編入したのかしら。」
ロジャー相手なら気構える事なく会話が出来る。
アリアドネは王族の側近候補であるハデスの婚約者であるばかりに、生徒たちから何処となく遠巻きにされている。
肝心の婚約者ハデスとはまともな会話が出来なかったから、話し相手は側近候補の婚約者達に限定されていた。
人好きのするロジャーは話しの切っ掛けを作るのが上手い。そうして何より聞き上手であった。
「どうやら彼女は庶子であるらしい。」
「そのようね。モンド子爵の。」
「うん。市井に愛人を持つ貴族は案外多いからね。」
「そうかも知れないわね。」
ふわふわファニーの情報は、驚く程、夢で見た内容と一致する。そうしてアリアドネが思うことも、夢と現実でも大差は無かった。
契約事の婚姻に縛られて愛を覚えられずに生きるのは、それなりに寂しいものだろう。
愛の無い夫婦だとして、夫ばかりが愛を得る。妻も誰かと愛し合いたいのだとどうして思わないのだろう。
「愛し合うって奇跡なのかしら。」
「何故?」
「だって婚姻は契約よ。婚約中から愛し合える方もいるのでしょうけど、皆が皆そうとは言えないでしょう。王国にいる貴族の中で、愛し合える相手と爵位やら後継やら派閥やらの条件をクリアして、その上愛し合えるだなんて。それってまるで奇跡の様だわ。」
「でも、君は心配いらないんじゃない?」
「え?」
「ハデス殿、凄い顔だったよ。」
「え?」
「美丈夫の怒る顔って、やっぱり美しいんだな。気を付けた方が良いよ、彼、人気者だから。」
「えっと、何を、」
「益々人気が上がるって事。凄く格好良かったもの。君を庇って立ち去るだなんて。」
「庇われたのかしら。」
「...えーっと、アリアドネ嬢、君、鈍いって言われない?」
「まあ!私、こう見えて運動神経は良いのよ。ダンスで鍛えているから。それよりロジャー様。貴方様もダンスを習ってみては?苦手なのではなくて?」
「え!なんで解ったの?僕はダンスが超絶苦手だ。」
「ふふふ。お鈍さんはロジャー様の方ね。」
「お鈍さんって..。言ったな、アリアドネ嬢。分かった。君を驚かせて見せよう。」
「ふふっ、それは楽しみにしております。」
話の論点はファニーからハデスへ移ったのが、終いにはロジャーのダンス能力へと取って代わった。
つらつら話題が変わるのは女子あるあるなのだが、ロジャーはそんなアリアドネの気まぐれにきっちり付いて来てくれる。
流石はロジャー様。
アリアドネのロジャー評価がワンランクアップした。
「アリアドネ、大丈夫だった?」
いつの間にか教室に戻ったらしいパトリシアに声を掛けられて、アリアドネははっとして教室を見渡した。
フランシス殿下もアンネマリーも、常と同じ様に席に戻っていた。後ろにはブライアンとハデスも着席している。
「パトリシア、有難う。全くもって大丈夫よ。髪なら直ぐに乾いてしまったもの。それより、」
そこでアリアドネが小声になる。
パトリシアはアリアドネと隣で並ぶロジャーの前にいたのだが、小声に誘われる様に前屈みになった。
「あれから大丈夫だったかしら。食堂は。」
「ええ。給仕が飛ぶ勢いでやって来て、あの令嬢を席まで連れて行ったわ。それからはいつも通りに。」
こしょこしょ話す二人をロジャーが見守る。
「それは良かったわ。騒ぎにならなくて安心したわ。」
「騒ぎにはなった筈よ。」
「え?」
「だってハデス様が、」
そこでパトリシアはロジャーに向かって、ねえと言う風に目配せした。
「ハデス様が颯爽と貴女を庇って連れて行ったのだもの。女子達が色めき立っていたわ。」
「え、」
「鈍い貴女に教えて上げるわね。ハデス様はとても人気があるのよ。中性的な魅力が堪らないんですって。それが婚約者を庇って、こう、ジャケットを掛けて抱き寄せたのだから、そりゃあ素敵にも見えるでしょう?」
「君って、やっぱり鈍いんだ。」
アリアドネは、ロジャーの突っ込みに反応出来なかった。
パトリシアが身振り手振りでハデスがアリアドネにジャケットを被せるシーンを再現するのを、呆然と見つめままた固まってしまったから。
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