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「ハデス様、やっぱりお忙しかったんだわ。」
帰りの馬車でアリアドネは思った。
あれからハデスとは校門で別れた。
ハデスはあの後王城へ向かうのだという。
アリアドネを見送る為に校門まで送ってくれたハデスは、迎えの馬車が到着するのを確認すると、「また来週の水曜日」と言った。
ハデスとの「水曜日の報告会」が成立してしまった。いや、それは喜ばねばならない事であるのだが、今だ夢に引き摺られているアリアドネは腐が落ちずにいる。
「お忙しい合間を縫って態々時間を作るだなんて。」
ハデスも今頃は王城へ向かっているのだろう。
王城での側近教育もあるし殿下の執務の補佐もある。本来ハデスは多忙である。
「きっとアンネマリー様の為ね。」
フランシス殿下がふわふわファニーに警戒を示した。その心配を払拭する為にハデスは動いたのだろう。
「なら問題無いわね。これも彼にとってはお仕事なのだわ。」
アリアドネはそこで納得したのだった。
「ヘンドリック、少し良い?」
「ああ、姉上お帰り。見たよ、今朝の。」
「ああ、あれね。そう、それも含めて。ヘンドリック、ちょっと聞いて欲しいの。」
ヘンドリックを私室に呼べばアメリアがお茶を淹れてくれた。病み上がりのアリアドネには熱々のホットミルクである。
「何から話そうかしら。まずは彼女ね。ねえ、ヘンドリック。貴方、あのご令嬢を知っていたの?」
「今更だよ、姉上。彼女は今や時の人だよ。良い意味でも悪い意味でも。」
「良い意味なんてあるかしら。」
「まあ、姉上の目線では無しかな。けれど、僕ら男子生徒の中では相当人気がある。」
「真逆、貴方も?」
「そんな怖い顔しないでよ。そんな訳無いから安心して。僕は理由の分からない人物には近寄らないよ。」
「貴方を信じるわ。であればヘンドリック、貴方は彼女をどう思っているの?」
「怪しい人物、かなぁ。」
「やっぱりそう思う?」
「今のところはね。」
「それで、先入観を持たずに今朝の光景を見たとしたら、何と思うかしら。」
「まあ、教育の足りない令嬢だとは思うかな。中には助けてあげたくなる子女も確かにいるんだろうけど、やっぱりアレは無いな。
姉上、僕らが通うのは王立の貴族学園だよ。
あの光景を見て彼女に肩入れする子女は脇が甘いと思うね。どう見ても不穏な令嬢だよ、アレは。あの程度見分けられないのだとすれば、他の事も大体そんなものだろう。二子や三子ならまだしも、長子や嫡子で見抜けないのだとすればアウトだよ。」
「何だかとっても解りやすい。目の前の霧が晴れた様な気分よ。有難う、ヘンドリック。
それでね、どうしようかと思って。お父様にお伝えした方が良いと思うのだけれど。」
「姉上、あれには関わらないのが一番だと思う。けれど姉上はそうも言えない立場だろう?学園にはアンネマリー嬢が通っているんだから。父上への報告は僕がするよ。姉上の目の速さが面白かったし。絶妙なタイミングで近衛騎士に声を掛けてたじゃない。」
「貴方、アレを見てたの?私、大概早く面を上げたつもりよ。」
「傍観者はいちいち深く頭を垂れないよ。」
「傍観者って...。まあ良いわ。えっとそれから、フェイラーズ侯爵家なのだけれど。耳に入るかしら。」
「ああ、フェイラーズ侯爵家はファニー嬢の生家の寄り家だったか。そうだよね、今朝の事を聞いたなら子息は侯爵へ報告するんじゃないかな。彼は嫡男だしね。」
まだ一年生であるのに、理路整然と情報を整理出来るヘンドリックは流石は次期当主である。我が家の未来は明るいとアリアドネは心強く思った。
そこでアリアドネはもう一つ、今日の出来事を話すことにした。
「ねえ、ヘンドリック。私、ハデス様と情報共有する事になったの。」
そこでアリアドネは、パトリシアから始まった話しを聞かせた。
「へえ、あのハデス殿が?」
「そう、あのハデス様が。」
「まあ、殿下絡みであれば当然かもね。」
「やっぱりそうよね。あの方にとっては大事な任務の一環なのだわ。」
「けれど、良かったじゃない。これでハデス殿との交流が図れるのだし。姉上いつも数えていたじゃない。ハデス殿が発する言葉が何文字か。」
アリアドネは、それくらいの事しか話せなかった。
ハデスが予想以上の多弁を披露しただなんて。それから、図書室までハデスに手を引かれただなんて。
「あれ?姉上、顔が赤いよ?無理をして熱がぶり返したんじゃない?」
「ああ、こ、これは、何ともないのよ、大丈夫よ。」
「そう?無理はしないでね。じゃあ僕は早速父上に話してみるよ。」
部屋を出るヘンドリックの背中を見送って、それから窓の外を見る。
空は茜色に染まっていた。夕日が燃えるように美しい。
あの夕日が頬に差したのだわ。
火照る頬を両手で抑えて、アリアドネはそう自分に言い聞かせた。
帰りの馬車でアリアドネは思った。
あれからハデスとは校門で別れた。
ハデスはあの後王城へ向かうのだという。
アリアドネを見送る為に校門まで送ってくれたハデスは、迎えの馬車が到着するのを確認すると、「また来週の水曜日」と言った。
ハデスとの「水曜日の報告会」が成立してしまった。いや、それは喜ばねばならない事であるのだが、今だ夢に引き摺られているアリアドネは腐が落ちずにいる。
「お忙しい合間を縫って態々時間を作るだなんて。」
ハデスも今頃は王城へ向かっているのだろう。
王城での側近教育もあるし殿下の執務の補佐もある。本来ハデスは多忙である。
「きっとアンネマリー様の為ね。」
フランシス殿下がふわふわファニーに警戒を示した。その心配を払拭する為にハデスは動いたのだろう。
「なら問題無いわね。これも彼にとってはお仕事なのだわ。」
アリアドネはそこで納得したのだった。
「ヘンドリック、少し良い?」
「ああ、姉上お帰り。見たよ、今朝の。」
「ああ、あれね。そう、それも含めて。ヘンドリック、ちょっと聞いて欲しいの。」
ヘンドリックを私室に呼べばアメリアがお茶を淹れてくれた。病み上がりのアリアドネには熱々のホットミルクである。
「何から話そうかしら。まずは彼女ね。ねえ、ヘンドリック。貴方、あのご令嬢を知っていたの?」
「今更だよ、姉上。彼女は今や時の人だよ。良い意味でも悪い意味でも。」
「良い意味なんてあるかしら。」
「まあ、姉上の目線では無しかな。けれど、僕ら男子生徒の中では相当人気がある。」
「真逆、貴方も?」
「そんな怖い顔しないでよ。そんな訳無いから安心して。僕は理由の分からない人物には近寄らないよ。」
「貴方を信じるわ。であればヘンドリック、貴方は彼女をどう思っているの?」
「怪しい人物、かなぁ。」
「やっぱりそう思う?」
「今のところはね。」
「それで、先入観を持たずに今朝の光景を見たとしたら、何と思うかしら。」
「まあ、教育の足りない令嬢だとは思うかな。中には助けてあげたくなる子女も確かにいるんだろうけど、やっぱりアレは無いな。
姉上、僕らが通うのは王立の貴族学園だよ。
あの光景を見て彼女に肩入れする子女は脇が甘いと思うね。どう見ても不穏な令嬢だよ、アレは。あの程度見分けられないのだとすれば、他の事も大体そんなものだろう。二子や三子ならまだしも、長子や嫡子で見抜けないのだとすればアウトだよ。」
「何だかとっても解りやすい。目の前の霧が晴れた様な気分よ。有難う、ヘンドリック。
それでね、どうしようかと思って。お父様にお伝えした方が良いと思うのだけれど。」
「姉上、あれには関わらないのが一番だと思う。けれど姉上はそうも言えない立場だろう?学園にはアンネマリー嬢が通っているんだから。父上への報告は僕がするよ。姉上の目の速さが面白かったし。絶妙なタイミングで近衛騎士に声を掛けてたじゃない。」
「貴方、アレを見てたの?私、大概早く面を上げたつもりよ。」
「傍観者はいちいち深く頭を垂れないよ。」
「傍観者って...。まあ良いわ。えっとそれから、フェイラーズ侯爵家なのだけれど。耳に入るかしら。」
「ああ、フェイラーズ侯爵家はファニー嬢の生家の寄り家だったか。そうだよね、今朝の事を聞いたなら子息は侯爵へ報告するんじゃないかな。彼は嫡男だしね。」
まだ一年生であるのに、理路整然と情報を整理出来るヘンドリックは流石は次期当主である。我が家の未来は明るいとアリアドネは心強く思った。
そこでアリアドネはもう一つ、今日の出来事を話すことにした。
「ねえ、ヘンドリック。私、ハデス様と情報共有する事になったの。」
そこでアリアドネは、パトリシアから始まった話しを聞かせた。
「へえ、あのハデス殿が?」
「そう、あのハデス様が。」
「まあ、殿下絡みであれば当然かもね。」
「やっぱりそうよね。あの方にとっては大事な任務の一環なのだわ。」
「けれど、良かったじゃない。これでハデス殿との交流が図れるのだし。姉上いつも数えていたじゃない。ハデス殿が発する言葉が何文字か。」
アリアドネは、それくらいの事しか話せなかった。
ハデスが予想以上の多弁を披露しただなんて。それから、図書室までハデスに手を引かれただなんて。
「あれ?姉上、顔が赤いよ?無理をして熱がぶり返したんじゃない?」
「ああ、こ、これは、何ともないのよ、大丈夫よ。」
「そう?無理はしないでね。じゃあ僕は早速父上に話してみるよ。」
部屋を出るヘンドリックの背中を見送って、それから窓の外を見る。
空は茜色に染まっていた。夕日が燃えるように美しい。
あの夕日が頬に差したのだわ。
火照る頬を両手で抑えて、アリアドネはそう自分に言い聞かせた。
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