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「はあ。」
「悩み事?」
「ああ、御免なさい。ええ、まあ、そうね。」
「相談なら僕にも乗れる事があるかも知れないよ。」

「え?」

夢をなぞる様な展開にアリアドネは思わず腑抜けた声を出してしまった。

「無理にとは言わないよ。ただ相談して気が楽になるならと思ってね。」

アリアドネは考えた。今は授業中なのだが、思いっ切り考えてみた。

ロジャーとは学園へ入学以来、同じクラスで学んで来た。以前にも隣同士の席になった事もあったから、彼の人柄はよく知っている。
ロジャーは文官職にある父伯爵に似たのか、物事を把握したり取り纏めるのに長けている。そうして何よりこの通り。とても話しやすい。

侯爵令嬢のアリアドネは生徒からは遠巻きに見られる事が多い。けれどもロジャーはそんな素振りも見せずに、学友として親しく接してくれる。その上、踏み込みすぎない気遣いも出来る。

「有難うございます、ロジャー様。」

アリアドネがそう礼を言えば、

「気が向いたらいつでも声を掛けてよ。」

「ふふ、そうさせて頂きます。」

ロジャーとは結局そこで話しが終わった。
何故なら、教師がこちらを睨んでいる。お前等、授業中だぞと目が怒っている。

夢の中ではここで協力を頼んだ。それで「水曜日の報告会」が決まったのだっけ。


結局、現実では何も起こらずその日の授業を終えた。
それでもアリアドネは十分だった。情報集めなら弟を頼もう。ヘンドリックは一年生だが、彼はアリアドネと違って人脈が広い。侯爵家の嫡男でありながら人好きのする性格から友人も多い。

それに、とアリアドネは思う。
本当に困った時にはロジャーはきっとアリアドネに力を貸してくれる。
長い夢の中でロジャーは幾度もアリアドネを助けてくれた。それは夢の中のロジャーであって現実ではないのに、何故かアリアドネは彼に対して絶対的な安心感を抱いていた。


「アリアドネ。」

水曜日の報告会が発足してもしなくても、アリアドネは元々水曜日の放課後を図書室で過ごしていた。

毎週火曜日は令嬢方に人気の雑誌「週刊貴婦人」の発売日で、翌日の水曜日には図書室の新刊棚に並ぶのをアリアドネは楽しみにしていた。

今日は水曜日。新学期の初日から「週刊貴婦人」が読めるだなんてラッキーである。「週刊貴婦人」は人気の週刊誌であるから、誰かに取られる前に図書室に行かなくちゃ。自然と歩みも早くなる。


そこで思いも掛けない人物に呼び止められた。

アリアドネは急停止とばかりに立ち止まり、それから一度息を整えゆっくり後ろを振り返った。

「ハデス様、」

何故彼がここにいるのだろう。彼はいつも今頃は王城にいる筈だ。

「どこへ。」
「え?」
「どこへ行く。」
「え、あ、あの図書室へ。」
「図書室?」

ハデスは、学園にそんなものがあるのかとでも云う風な顔をする。あるんです!今日は週刊貴婦人が並ぶんです!

「何故。」
「え?」
「何をしに図書室へ。」

週刊貴婦人を読む為とは言えない。

「えっと、その、小説を読みに。」
「小説?君は小説を読むのか?」

読みますよ、読んで悪いか、とは言えない。

「何を。」
「へ?」
「ジャンルは何を」
「れ、」
「れ?」
「恋愛小説、です..」

しまった、つい言ってしまった。

アリアドネは実は大変な乙女脳である。恋愛小説は大好物なのだ。

気鋭の平民作家が生み出す恋愛小説。
彼女の生み出す作品はどれも秀逸である。何でそんなに上手いところをつつくのか。お陰でちょいちょい涙腺を刺激されて、思わずポロリと涙が落ちる。そんなだからこの前も、お嬢様如何なさいました!とアメリアがすっ飛んで来たのだ。

そうして、アリアドネお気に入り作家の連載小説が掲載されているのが「週刊貴婦人」なのである。

「君は恋愛小説が好きなのか?」
「...好きです。(大好物です)」

好きなんだから仕方が無い。悪い?読んで悪い?とは言えない。
心の中は半ばヤケクソ。ハデスに悪態をつく。

「なら行こう。」

!!!!!!

なんでこんなに驚くのか。
私達、いま会話してない?これって会話のキャッチボールではなくて?

いやいやいや、今はそんな事はどうでも良い。
それより何より、

「は、ハデス様、」
「図書室、行くんだろう?」


行きます、行きます、一人で行けます。
なぜに、なぜに、手を繋がれている?

もたもたとはっきりしないアリアドネに業を煮やしたのか、ハデスはアリアドネの手を引いた。丁度二人の後ろを通ろうとする生徒の妨げになっていたようで、ハデスはアリアドネを引き寄せ道を開け、そのまま図書室へと向かって歩き始めた。


果たしてハデスは学園に図書室があるのをちゃんと知っていた。
アリアドネの手を取り、握り締めたまま歩いてゆく。

てっ、てっ、手!手を繋がれている!

アリアドネの頭の中は大勢の!が犇めいてパンク寸前となった。

そうしてやっぱり、「ハデス様。どうしちゃったの!」とは言えなかった。





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