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「あの方、とても有能な方よね。確かお家は宮廷貴族ではなかったかしら。」
「ええ、アベマール伯爵は王城にお勤めの文官でいらっしゃるわね。」
「では彼も将来は文官になられるのでしょうね。」
「多分。詳しい事は聞いたことが無いから分からないけれど。」
夢の中では学者を目指したロジャー。
白銀の髪を長く伸ばして背で結わえ、そこに眼鏡なんて掛けたならきっと良く似合うだろう。アリアドネは、夢から目覚めても同じことを思う。
「やっぱり似合いそうね。」
「え?」
「ああ、いえ、何でもないの。」
ついつい夢での出来事を思い出す思考を止めて、アリアドネは隣に座ったパトリシアに向き合った。
「アリアドネ。彼女、噂以上だったわね。」
「男子生徒に人気だというあの噂?」
「ええ。モンド子爵の庶子なのだとか。」
「あの令嬢が庶子?」
「それで、夏休みの少し前に編入してきたらしいわ。」
「夏休み前...」
ふわふわ髪の令嬢ファニー。彼女の情報は夢の中で知り得た事をなぞる様に一致する。
「そう。彼女、どこもかしこも怪しいとしか思えないわ。殿下に行き成りお声を掛けるだなんて、処罰されたいのかしら。ああ、多分今頃は教師に呼ばれているのではないかしら。近衛騎士様のお手を煩わせたのですもの。」
「本当に。一体何をしたいのかしらね。」
夢の中で、ファニーはアンネマリーを貶める行動を取った。それで一悶着起こしていた。
「ねえ、アリアドネ。あの令嬢、何だか気持ちが悪いわ。空恐ろしいと言うのかしら。」
「それは?」
「彼女の話す事って人を惑わす様だわ。正しい事も誤った事も判断が狂うと言うか。それで令息方を誑し込んでいるそうよ。」
「たらしこむ、」
「ええ。噂になっているのは聞いたでしょう?」
「お茶会の時にヴィクトリアが言っていた事ね?」
「そう。距離が近いのですって、男子生徒との。それがあどけない幼子の様で、それにあの見目でしょう?大概の殿方はイチコロなのですって。」
「イチコロ、」
パトリシアからぽんぽん発せられる蓮っ葉な言葉にアリアドネは圧倒された。
「パトリシア、貴女って凄いわ。あの朝の件からまだ一刻しか経っていないのに、どうしてそこまで情報を集められるの?貴女、さっき授業サボってたかしら。」
「いいえ、授業はきちんと出ていたわ。アリアドネ、これは侮っては危険だと思うのよ。噂はいつだって何処にでも転がっているけれど、噂の中には真実が紛れているものよ。現に下位貴族の間では婚約解消する家まで出たのだとか。」
「それは本当に彼女が原因なの?下位貴族にも優秀な方は沢山いらっしゃるのに。このクラスにだって。」
「ええ、本当に。それでねアリアドネ。私達も情報収集すべきだと思って。例えばお互いの婚約者と情報を集め合うのよ。それなら男女で分かれて集められるわ。」
パトリシアの言葉にアリアドネは絶望した。確か夢でも絶望したっけ。
「パトリシア、ごめんなさい。それは多分無理だわ。」
「何が?」
「その、婚約者との情報交換よ。」
「まあ。」
「分かるでしょう?私達には無理だと。」
「貴女ではなくて、彼でしょう?無理なのは。」
「分かってくれる?貴女だから言うのだけど、」
「分かったわ。アリアドネ。そこは私に任せてくれる?」
「え?」
そこでアリアドネは、ハデスとの婚約を解消したい気持ちを打ち明けようか迷っていたのを、すかさずパトリシアに重ねられてしまった。
「ええっと、申し訳ない、パトリシア嬢。そろそろ授業が始まるよ。」
「まあ、ごめんなさい、ロジャー様。ご迷惑をお掛けしました。じゃあ、アリアドネ、また後で。」
そう言うとパトリシアは、来た時と同じ様に席と席の間を泳ぐ様に優雅な所作で戻って行った。
その後ろ姿を見送りながら、何だかアリアドネは拍子抜けしてしまった。
「あ、ああ、ロジャー様、ぼおっとしてしまって申し訳ありません。もしかして、ずっと待っていらしたの?」
「いや、たった今来たところだよ。気にしないで。」
ロジャーは爽やかな笑みでアリアドネに答えた。
ふふ、やっぱりロジャー様だわ。心が解れるようなこの笑み。
去年に続き、学年が上がってからもロジャーとは同じクラスであった。そうして偶然に席も隣同士になっていた。
アリアドネには、夢の中でのロジャーがすっかり記憶として定着していたから、新学期初日に会う彼が、この後一緒に帝国留学に行く日まで過ごすように馴染んで思えた。
「情報収集、か。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」
授業中であるのに、つい先程のパトリシアとの会話を思い返していた。
どこをどうしたってハデスとは無理だろう。
一層の事、弟に協力を願おうか。ヘンドリックはまだ一年生だが彼は顔が広い。アリアドネと違うのだ。
「そうね、そうしましょう。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」
そうとなれば、早速今晩相談しましょうそうしましょう。
相談と言えば...。
アリアドネは思い返した。
夢の中で何度も父にはハデスとの婚約解消についてを相談した。けれども父は、その度にアリアドネの言葉に耳は傾けるも頷いてはくれなかった。
今、相談したとして、結果は夢とは違わない様に思えた。
「ええ、アベマール伯爵は王城にお勤めの文官でいらっしゃるわね。」
「では彼も将来は文官になられるのでしょうね。」
「多分。詳しい事は聞いたことが無いから分からないけれど。」
夢の中では学者を目指したロジャー。
白銀の髪を長く伸ばして背で結わえ、そこに眼鏡なんて掛けたならきっと良く似合うだろう。アリアドネは、夢から目覚めても同じことを思う。
「やっぱり似合いそうね。」
「え?」
「ああ、いえ、何でもないの。」
ついつい夢での出来事を思い出す思考を止めて、アリアドネは隣に座ったパトリシアに向き合った。
「アリアドネ。彼女、噂以上だったわね。」
「男子生徒に人気だというあの噂?」
「ええ。モンド子爵の庶子なのだとか。」
「あの令嬢が庶子?」
「それで、夏休みの少し前に編入してきたらしいわ。」
「夏休み前...」
ふわふわ髪の令嬢ファニー。彼女の情報は夢の中で知り得た事をなぞる様に一致する。
「そう。彼女、どこもかしこも怪しいとしか思えないわ。殿下に行き成りお声を掛けるだなんて、処罰されたいのかしら。ああ、多分今頃は教師に呼ばれているのではないかしら。近衛騎士様のお手を煩わせたのですもの。」
「本当に。一体何をしたいのかしらね。」
夢の中で、ファニーはアンネマリーを貶める行動を取った。それで一悶着起こしていた。
「ねえ、アリアドネ。あの令嬢、何だか気持ちが悪いわ。空恐ろしいと言うのかしら。」
「それは?」
「彼女の話す事って人を惑わす様だわ。正しい事も誤った事も判断が狂うと言うか。それで令息方を誑し込んでいるそうよ。」
「たらしこむ、」
「ええ。噂になっているのは聞いたでしょう?」
「お茶会の時にヴィクトリアが言っていた事ね?」
「そう。距離が近いのですって、男子生徒との。それがあどけない幼子の様で、それにあの見目でしょう?大概の殿方はイチコロなのですって。」
「イチコロ、」
パトリシアからぽんぽん発せられる蓮っ葉な言葉にアリアドネは圧倒された。
「パトリシア、貴女って凄いわ。あの朝の件からまだ一刻しか経っていないのに、どうしてそこまで情報を集められるの?貴女、さっき授業サボってたかしら。」
「いいえ、授業はきちんと出ていたわ。アリアドネ、これは侮っては危険だと思うのよ。噂はいつだって何処にでも転がっているけれど、噂の中には真実が紛れているものよ。現に下位貴族の間では婚約解消する家まで出たのだとか。」
「それは本当に彼女が原因なの?下位貴族にも優秀な方は沢山いらっしゃるのに。このクラスにだって。」
「ええ、本当に。それでねアリアドネ。私達も情報収集すべきだと思って。例えばお互いの婚約者と情報を集め合うのよ。それなら男女で分かれて集められるわ。」
パトリシアの言葉にアリアドネは絶望した。確か夢でも絶望したっけ。
「パトリシア、ごめんなさい。それは多分無理だわ。」
「何が?」
「その、婚約者との情報交換よ。」
「まあ。」
「分かるでしょう?私達には無理だと。」
「貴女ではなくて、彼でしょう?無理なのは。」
「分かってくれる?貴女だから言うのだけど、」
「分かったわ。アリアドネ。そこは私に任せてくれる?」
「え?」
そこでアリアドネは、ハデスとの婚約を解消したい気持ちを打ち明けようか迷っていたのを、すかさずパトリシアに重ねられてしまった。
「ええっと、申し訳ない、パトリシア嬢。そろそろ授業が始まるよ。」
「まあ、ごめんなさい、ロジャー様。ご迷惑をお掛けしました。じゃあ、アリアドネ、また後で。」
そう言うとパトリシアは、来た時と同じ様に席と席の間を泳ぐ様に優雅な所作で戻って行った。
その後ろ姿を見送りながら、何だかアリアドネは拍子抜けしてしまった。
「あ、ああ、ロジャー様、ぼおっとしてしまって申し訳ありません。もしかして、ずっと待っていらしたの?」
「いや、たった今来たところだよ。気にしないで。」
ロジャーは爽やかな笑みでアリアドネに答えた。
ふふ、やっぱりロジャー様だわ。心が解れるようなこの笑み。
去年に続き、学年が上がってからもロジャーとは同じクラスであった。そうして偶然に席も隣同士になっていた。
アリアドネには、夢の中でのロジャーがすっかり記憶として定着していたから、新学期初日に会う彼が、この後一緒に帝国留学に行く日まで過ごすように馴染んで思えた。
「情報収集、か。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」
授業中であるのに、つい先程のパトリシアとの会話を思い返していた。
どこをどうしたってハデスとは無理だろう。
一層の事、弟に協力を願おうか。ヘンドリックはまだ一年生だが彼は顔が広い。アリアドネと違うのだ。
「そうね、そうしましょう。」
「え?何が?」
「ああ、いえ、独り言なの。」
そうとなれば、早速今晩相談しましょうそうしましょう。
相談と言えば...。
アリアドネは思い返した。
夢の中で何度も父にはハデスとの婚約解消についてを相談した。けれども父は、その度にアリアドネの言葉に耳は傾けるも頷いてはくれなかった。
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