31 / 65
【31】
しおりを挟む
校門前の馬車止まりでハデスに手を借り馬車を降りた。それから学園の門を入る。
「お早う御座います、ハデス様、アリアドネ。」
こちらに気付いたパトリシアが振り返り、それから美しい所作で向き直った。
パトリシアの隣には婚約者のブライアンがいる。
「お早う、ハデス、アリアドネ嬢。」
「お早う御座います。ブライアン様、パトリシア。」
直ぐ先にはヴィクトリアとギルバートの姿が見えて、いつもと変わらぬ朝の風景に何故だかアリアドネは安堵した。
皆が揃ってフランシス殿下とアンネマリーが登校するのを待つ。
程無くして高貴な馬車が校門の前に着くのが見えた。
御者の隣にいた近衛騎士が馬車を飛び降り扉に向かって小さく一声掛ける。それから扉を開くと、その奥に麗しい金色がちらりと見えた。
フランシス殿下が馬車を降りる。
朝の陽の光に金の髪が燦いて眩しい。濃い青の瞳が遠目にもはっきり分かる。
ステップを降りたフランシス殿下がくるりと背を翻し手を差し出せば、馬車の中から白くほっそりとした手が伸ばされた。制服を着ていても分かる靭やかな細い腕、白魚の手。
アンネマリーが降りて来る。
フランシス殿下に片手の指先をキュッと握り込まれて、ちょっと悪戯を仕掛けられたのが分かったらしく、アンネマリーがめっと言うようにフランシス殿下を小さく睨んだ。
殿下がそれに笑いを漏らしたのが纏う空気で見て取れた。
何処までも常と変わらぬ朝の風景。
「「「お早う御座います。殿下。アンネマリー嬢」」」
「お早う、皆。」
側近候補とその婚約者、そして周りを囲む多くの生徒達が頭を垂れる。
そこでアリアドネは、皆より僅かに早く面を上げた。
「騎士様!」
アリアドネの声に護衛の近衛騎士がアリアドネの視線の方向へ振り返る。
「きゃあ!」
鈴の音が鳴った。
「え?え?私、遅くなってしまって、」
「ご令嬢、怪我は無いか。無ければ立たれよ。殿下の御前であるぞ。」
朝日にミルクティーブラウンの髪が淡い金色に見えている。ふわふわの煌めく髪が風に靡いて揺れている。
「あの、あの、で、殿下?」
「お一人で立てぬなら手をお貸しするが。ご令嬢、殿下への無闇なお声掛けはお辞め頂こう。」
大きな翠色の瞳が見開かれて、あっという間に潤んで行く。美しい湖の様にきらきら燦いて見える。
アリアドネは衝撃を受けた。
虫の知らせか、それともアリアドネが夢の事を気にし過ぎていた為か。常よりほんの僅かに早く面を上げれば、校門から見えたゆるゆるふわふわミルクティーブラウン。長い髪を朝日に輝かせ風に靡かせて、少し短めのスカートが捲れる勢いで駆けて来る。
真逆真逆のファニー嬢。
そのまま近衛騎士の脇を通り抜けそうな勢いに、アリアドネは近衛騎士に声を掛けた。
近衛騎士の反応は早かった。
脇を通り抜けるつもりが振り返った騎士と真正面でぶつかったファニーは、勢い余ってそのまま後ろに転倒して尻餅を搗いた。
度重なる忠告が耳に入らないのか、ファニーは全然秘密じゃない秘密兵器の瞳を潤ませる。しかし、ファニーの潤ませた瞳の威力も、百戦錬磨の近衛騎士には届かなかったらしい。
「殿下、参りましょう。」
騒動を横にして、ハデスがフランシス殿下を促す。もう何処から見たって「君子危うきに近寄らず」である。殿下、近寄っちゃ駄目です。
「ああ、そうだね。マリー、行こうか。」
フランシス殿下がアンネマリーの右手を取った。それにアンネマリーが頷いて二人は校舎へ向かって歩き出す。
それに倣う様に側近候補と婚約者が続く。
「すみません!私ったらうっかり遅くなってしまったの!」
まだ言うか!
後ろから声が聴こえるも、アリアドネは振り返らなかった。
何度も言うが、遅刻を詫びるなら殿下へではなく教師であるし、第一まだ遅刻の刻限ではない。
そこまで思って、あれ?これって確か前にも思ったわよね。アリアドネは夢の出来事を思い返した。
「アリアドネ、どう思う?」
次の授業が始めるまでの僅かな空き時間であった。
机の間を泳ぐ様にするするとパトリシアがこちらに向かって来た。
何かを察したらしい隣の席の生徒が、さっと席を立った。
「お気遣い有難うございます、ロジャー様。」
「いや、気にしないで。」
今朝の出来事が学園の中で噂になっているのだろう。パトリシアがその為にアリアドネと話しをするのを先回って隣の席のロジャーが席を外したのに、アリアドネは礼を言った。
アリアドネは、席を立った彼の背を何となく懐かしい気持ちで見送った。
「お早う御座います、ハデス様、アリアドネ。」
こちらに気付いたパトリシアが振り返り、それから美しい所作で向き直った。
パトリシアの隣には婚約者のブライアンがいる。
「お早う、ハデス、アリアドネ嬢。」
「お早う御座います。ブライアン様、パトリシア。」
直ぐ先にはヴィクトリアとギルバートの姿が見えて、いつもと変わらぬ朝の風景に何故だかアリアドネは安堵した。
皆が揃ってフランシス殿下とアンネマリーが登校するのを待つ。
程無くして高貴な馬車が校門の前に着くのが見えた。
御者の隣にいた近衛騎士が馬車を飛び降り扉に向かって小さく一声掛ける。それから扉を開くと、その奥に麗しい金色がちらりと見えた。
フランシス殿下が馬車を降りる。
朝の陽の光に金の髪が燦いて眩しい。濃い青の瞳が遠目にもはっきり分かる。
ステップを降りたフランシス殿下がくるりと背を翻し手を差し出せば、馬車の中から白くほっそりとした手が伸ばされた。制服を着ていても分かる靭やかな細い腕、白魚の手。
アンネマリーが降りて来る。
フランシス殿下に片手の指先をキュッと握り込まれて、ちょっと悪戯を仕掛けられたのが分かったらしく、アンネマリーがめっと言うようにフランシス殿下を小さく睨んだ。
殿下がそれに笑いを漏らしたのが纏う空気で見て取れた。
何処までも常と変わらぬ朝の風景。
「「「お早う御座います。殿下。アンネマリー嬢」」」
「お早う、皆。」
側近候補とその婚約者、そして周りを囲む多くの生徒達が頭を垂れる。
そこでアリアドネは、皆より僅かに早く面を上げた。
「騎士様!」
アリアドネの声に護衛の近衛騎士がアリアドネの視線の方向へ振り返る。
「きゃあ!」
鈴の音が鳴った。
「え?え?私、遅くなってしまって、」
「ご令嬢、怪我は無いか。無ければ立たれよ。殿下の御前であるぞ。」
朝日にミルクティーブラウンの髪が淡い金色に見えている。ふわふわの煌めく髪が風に靡いて揺れている。
「あの、あの、で、殿下?」
「お一人で立てぬなら手をお貸しするが。ご令嬢、殿下への無闇なお声掛けはお辞め頂こう。」
大きな翠色の瞳が見開かれて、あっという間に潤んで行く。美しい湖の様にきらきら燦いて見える。
アリアドネは衝撃を受けた。
虫の知らせか、それともアリアドネが夢の事を気にし過ぎていた為か。常よりほんの僅かに早く面を上げれば、校門から見えたゆるゆるふわふわミルクティーブラウン。長い髪を朝日に輝かせ風に靡かせて、少し短めのスカートが捲れる勢いで駆けて来る。
真逆真逆のファニー嬢。
そのまま近衛騎士の脇を通り抜けそうな勢いに、アリアドネは近衛騎士に声を掛けた。
近衛騎士の反応は早かった。
脇を通り抜けるつもりが振り返った騎士と真正面でぶつかったファニーは、勢い余ってそのまま後ろに転倒して尻餅を搗いた。
度重なる忠告が耳に入らないのか、ファニーは全然秘密じゃない秘密兵器の瞳を潤ませる。しかし、ファニーの潤ませた瞳の威力も、百戦錬磨の近衛騎士には届かなかったらしい。
「殿下、参りましょう。」
騒動を横にして、ハデスがフランシス殿下を促す。もう何処から見たって「君子危うきに近寄らず」である。殿下、近寄っちゃ駄目です。
「ああ、そうだね。マリー、行こうか。」
フランシス殿下がアンネマリーの右手を取った。それにアンネマリーが頷いて二人は校舎へ向かって歩き出す。
それに倣う様に側近候補と婚約者が続く。
「すみません!私ったらうっかり遅くなってしまったの!」
まだ言うか!
後ろから声が聴こえるも、アリアドネは振り返らなかった。
何度も言うが、遅刻を詫びるなら殿下へではなく教師であるし、第一まだ遅刻の刻限ではない。
そこまで思って、あれ?これって確か前にも思ったわよね。アリアドネは夢の出来事を思い返した。
「アリアドネ、どう思う?」
次の授業が始めるまでの僅かな空き時間であった。
机の間を泳ぐ様にするするとパトリシアがこちらに向かって来た。
何かを察したらしい隣の席の生徒が、さっと席を立った。
「お気遣い有難うございます、ロジャー様。」
「いや、気にしないで。」
今朝の出来事が学園の中で噂になっているのだろう。パトリシアがその為にアリアドネと話しをするのを先回って隣の席のロジャーが席を外したのに、アリアドネは礼を言った。
アリアドネは、席を立った彼の背を何となく懐かしい気持ちで見送った。
2,511
お気に入りに追加
2,832
あなたにおすすめの小説
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
身代わりーダイヤモンドのように
Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。
恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。
お互い好きあっていたが破れた恋の話。
一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる