アリアドネが見た長い夢

桃井すもも

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「私に何か御用でしょうか。セグレイブ男爵令息様、クリフォード男爵令息様、ダーズビー商会令息様。」

面識が無いからと言って、面が割れていないなどとどうして思えるのだろう。 

同じ学年であれば、アリアドネは全ての生徒の家と名、生家の爵位とその家業を把握している。何なら上級学年も把握済みで、下級学年もその殆どは頭に入っている。

アンネマリーに侍るのに、それは必須事項であった。だから食堂での騒ぎの際も、目視で人物特定が出来たのだ。そして、そんな自分が何故ファニーについて知らなかったのかを訝しく思ったのである。


三人の男子生徒達は、真逆、身分が知られているとは思わなかったらしい。しかし、どこかで勇気を取り戻したのか一人が前に出た。それに倣って残りの二人も前に出た。

体躯の大きな青年達に迫られるのは正直言って恐怖を感じた。夕暮れ時であるから向こうの空には薄闇が見えており、直に暗くなるだろう。
 
「君がファニーを虐げていると聞いた。醜い行いは辞めてもらおう。」

こんな馬鹿馬鹿しい事は、大体ふわふわ絡みなのだ。アリアドネは溜め息が出た。

「ファニー嬢がそう仰いましたの?」

「君が怖いと泣いていた。」

ああ、あの湖ね。確かにあの瞳は同情を誘う。

「君が真実の愛を邪魔していると。」
「見苦しいぞ、爵位を傘に罪のない令嬢を虐げるとは。」
「貴様、ハデス殿が殿下の側にいるからと自分まで偉くなったつもりか!」

真逆の貴様発言にアリアドネは驚いた。
驚いたと言えば、全ての発言が驚きなのだが。

「いい加減、ハデス殿を解放するんだ。」
「そうだ、貴様がハデス殿との婚約に縋り付くなど醜悪も甚だしい。」
「ファニーに謝罪するんだ。いつかの様に食堂で。皆の前で跪いて詫びることだ!」

「それは誰の為に?」

「貴様、馬鹿なのか!ファニーとハデス殿の為だろう!」
「真実の愛の邪魔をするな!ただでは済まさぬぞ!」

「門番様、お聴きになりましたか。ただでは済まさぬおつもりの様です。」
「はい、確かに。ルーズベリー侯爵令嬢。」

「ロジャー様、有難うございました。ご心配をお掛けしてしまいました。」

三人の男子生徒は激昂が過ぎてうっかりしていた。自由平等を謳う学園であっても、爵位が消えて無くなる訳ではない。

侯爵令嬢に男子生徒が三人、寄って集って怒鳴つける様は暴力行為と同等である。
そうして彼等は、ただでは済まさぬと暴力行為を匂わせた。
昼間ならまだしも、夕闇迫る放課後の人気ひとけの無い敷地内。

話の内容は市井の恋愛小説さながらで、そこに大きな体躯で令嬢一人を取り囲む勢いであったから、遠目でロジャーは異変に気付き、駆け出すと同時に校門近くにいた門番に叫んだ。
先にロジャーが駆け寄って直ぐさま間に入ろうとしていたところを、アリアドネがそれを手で制したのに興奮する三人は気が付かなかった。

男子生徒達が冷静に話しが出来たなら、そのうちの一人くらい見張りをする知恵でもあったなら、何よりファニーの話しを鵜呑みにせずに真偽を確かめる常識を持ち合わせていたのなら、彼等にも未来は残されただろう。


薄暗がりでの、下位貴族令息と平民による侯爵令嬢への暴挙は、その内容と共に貴族達へも直ぐ様知れ渡る事となった。


ルーズベリー侯爵家は貴族二家と商会を相手取り被害届けを提出したからである。
その結果、アリアドネの証言に加えてロジャーと門番の証言が認められ、三人の有罪が確定したのであった。

あのまま誰も周りにいなければ、アリアドネに対して確実に暴力行為が為されたであろう。それは令嬢を辱める意味での暴力であったかもしれない。疵者にする事を目的としたのであれば処罰は当然と思われた。

学園はこれを重く見て事実確認を急いだ。そこでモンド子爵令嬢を取り巻く男子生徒等との、恐ろしい程の関係性に驚く事となる。
まるで教祖と信者の様な有り様に、アリアドネの一件が無ければ被害はどれ程まで、魅了じみた怪しく不可解な関係がどこまで広がったのかと、学園は恐れ慄いた。そして再発防止の為にこれを記録として残した。
モンド子爵令嬢及び件の三人の男子学生は学園を退学となった。


この事件のあと、アリアドネとハデスの婚約は破棄された。解消ではなくハデス有責による破棄である。
父は、男子学生達がハデスの名を出しファニーとハデスの恋愛関係を示唆した事を突いた。
ハデスがあの朝、一言でもファニーの行いを咎めたなら、二人の関係が疑われる事は無かったかも知れない。
王城での夜会で踊った二人が、実はそれ以前からの恋仲だったのではないかと、噂は既に貴族の間で出回っていた。


これを機に、アリアドネは帝国への留学を決めた。ハデスと同じ学び舎で学ぶのは無理だろう。婚約も破棄となったのだからアンネマリーにも仕える事は出来なくなった。
はっきり言うならアリアドネには居場所が無い!


「ねえ、アリアドネ嬢。僕は将来学者を目指しているんだ。それで帝国の学園への留学を希望しているんだけれど、君、一緒に学ばないか?」

ロジャーは、いつかの夜会の様に気軽に軽やかにアリアドネを誘った。まるでダンスに誘う様に。

「それってなんだか楽しそうね。それに私、貴方は絶対学者が似合うと思っていたのよ。」

「じゃあ決まりだね。」

水曜日の放課後。図書室の奥、窓際の角席で、同じ鮮やかな青い瞳の二人は、その瞳に互いを映して笑みを深めた。



ここまでがアリアドネが見た長い夢の話しであった。

そうしてこの夢には少しだけ続きがある。

帝国へは王都にある港から船で渡る。
ロジャーと共に乗船するアリアドネの背に、その名を呼ぶ声が聴こえた。
振り返るべきかアリアドネは悩んだが、もしかしたらこれが最後になるのかもと心を決めて振り返った。

直ぐに分かった。ハデスだった。
人ごみに揉まれる様にハデスがいた。
制服姿であるから、学園を抜け出て来たのか。
彼は、アリアドネに手を振った。そうして笑って見せた。まるで今にも泣き出しそうな、それはそれは下手くそな、不器用な笑顔であった。



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